#11 狩人たちの恐れ

「聞きました? あの人形遣いの話」


 連合王国ハンターギルド。魔獣狩りを生業とするハンターたちによる寄り合い組織だ。そのゾロアート支部の待合所のテーブルで、一人の男が話題に上がっていた。ハンターの間で話題になっている人形遣いといえば、あの男しかいない。


「ああ、たしかキミヒコとかいう魔獣使いか。奴がどうしたって?」


「なんでも、あの自動人形の女の子を働かせて得た金で風俗三昧なんだとか。宿の食堂で金を受け取って、その金で娼館に行くとか堂々と公言してたらしいですよ」


 人形遣いの男と自動人形の少女。キミヒコとホワイトの存在はギルドでは有名だった。魔獣を調教して仕事に使う魔獣使いはそれほど珍しい存在ではない。だが自動人形、マリオネットやパペットとも呼ばれる人形の魔獣は、人間に懐くことはないため調教は不可能とされている。


 そんな自動人形を使役し、魔獣狩りに使う男。しかも仕事の選定から報酬の受け取りまで人形任せで、ギルドにも滅多に顔を出さない。型破りなハンターとしてキミヒコは有名だった。


「ふーん。まあ、稼いだ金をどう使おうが奴の勝手なんじゃねえの。公共の場で風俗通いを公言するのはいただけないけどよ」


「あいつが稼いだ金って、あのホワイトって子が全部稼いだ金じゃないですか。自動人形っていったって不憫ですよ」


 テーブルについているのは三人。いかにもベテランといった雰囲気を醸し出す筋骨隆々の大男、先程からの会話を黙って聞いている細身のローブの男、そして三人の中では年若い、いかにも駆け出しといった風情の少年がいた。


 少年はホワイトに対して同情的であるらしい。だが、大男のハンターは少年の同情心を切って捨てた。


「お前馬鹿か? 美人に見えてもあれは自動人形。魔獣なんだよ」


「まったくだ」


 今まで黙って聞いていたローブの男も大男の意見に同調する。


「見た目に惑わされるな。あれは魔獣。それもいっそうタチが悪いタイプ、化生のたぐいだ。できれば関わり合いにはならない方がいい」


「えぇ、でも……」


 少年は先達二人の言葉に納得がいかない様子である。受付のお姉さんとこの話題で盛り上がったのだ。先程話した醜聞もこのとき聞いた。なんでも人形遣いの宿の従業員に知り合いがいるとかで、女の敵だなんだと相当な嫌われぶりであった。ホワイトちゃんはあんなクズに従わされて本当に不憫ね。なんて話を散々聞かされたのだ。


 少年自身も憤りの感情はある。あの自動人形を初めて見たとき、その美貌に目を奪われたものだ。そしてその人形は下衆な男にいいように使われている。キミヒコには好感など抱きようがないし、ホワイトには同情していた。


 だが一方で、ギルドでは強者とされる者たち、目の前のベテラン二人のようなハンターたちからの評価は、また違うことも以前から感じてはいた。人形遣いを肝の据わった男だと一目置き、自動人形に対してはなぜか警戒感を滲ませていた。特に魔力の扱いに長けたハンター、目の前のローブの男のような魔術の使い手たちは、あの自動人形をことさら恐れているように見えた。


 人形遣いを評価するといえば、この支部の筆頭ハンターもそうだった。


「……そういえば、人形遣いはクリスさんのあと押しでここに入ったんでしたっけ?」


 人形遣いはクリスが辺境の田舎村からスカウトしてきたというのは有名な話だ。当のクリスはまた別の場所で仕事があるとかで、最近はこの支部には顔を出していない。

 この支部に入れておいて、自身はどこかに行ってしまうのだから勝手なものである。大男のハンターもそう思っているらしく、苦々しく口を開いた。


「クリスか……。あいつもいったいなに考えてんだかね。あんなのをギルドに入れるとかさ」


 少年からすると意外なことに、目の前のベテランは人形遣いをこのギルドに入れるのは反対のようだった。てっきり高く評価しているものと思っていたので、歓迎しているものと少年は勘違いしていた。


「……お二人は、あの人形遣いのことを評価してるわけじゃないんですか?」


「ある意味、評価はしている。あの化け物を手懐けてるんだからよ。一緒に仕事をしたいとは思わんがね」


 大男と同意見だ言わんばかりに、ローブの男も鼻を鳴らした。


「とにかく、だ。お前はそんなザマじゃいかんぞ。魔力の使い方は教えてやったろうが。しっかりとできていれば、あの人形が可哀想なんてトンチンカンな発言はできんはずだ。見えるもんが見えてないんだ、お前は」


 また始まった、と少年はげんなりする。このベテランハンターは面倒見はいいのだが、説教くさすぎるのが難点だ。


 少年の様子など意に介さず、大男のハンターの方は説教とも助言ともつかないような講釈を続けていた。


「お前もこの先、ハンターでやってこうってんなら目を養え。ヤバイ奴を見分ける力がねえと命がいくつあっても……っておい、どうした?」


 ローブの男が顔色を悪くして、俯いている。


「……。糸が……な。相変わらず気色悪い」


「フン。噂をすればってか」


 入り口のドアが開き、白い人影が待合所に入ってきた。白いドレス、白い髪、白い肌。件の自動人形、ホワイトだ。


 白い装いの中にあって色彩を放つ金色の瞳は虚空を捉え、なにも写していない。薄紅色の唇は閉じられ、言葉が紡がれることはない。当然だ、人形なのだから。瞳は感覚器官としての意味をなしていないし、その口も食事や発声に関与しない。ただの装飾だ。

 瞳は誰かを捉えることはなく、挨拶の言葉もないまま。白い人形はそんな調子で、受付の方まで歩みを進めた。

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