第3話


 宇都山愛海は、学校一の人気者にして絶対的な女王でいたい理梨にとって目の上のたんこぶだった。


 愛海の情けない正体を知った今、その秘密を周囲にバラ撒けば、愛海の支持率は急落し、校内で他に並ぶもののいない圧倒的な人気者になれる。

 だというのに。


「ふひひ、榁姫さんとお昼休みを過ごせるなんて夢みたいだ」


(どうしてあたしはお昼休みをこんなヤツと一緒に過ごしているんだろう?)


 屋上前の踊り場の階段に腰掛ける理梨は、隣に座るデカい女に向けて言う。


「どうでもいいけど、まずはその気持ち悪い笑い方やめなさい」

「で、でも、榁姫さんと一緒だから、こうなるのは仕方ないよ」


 理梨は別に愛海と友達になったわけでもなければ、昼休みを一緒に過ごす約束をしたわけでもない。

 尾行がバレてしまったあの一件以降、愛海がやたらと懐いてきて、気づけば昼休み

を一緒に過ごすことが恒例になってしまっていた。


「……あたし、あんたには嫌われてるものとばかり思ってたわ」

「えっ、どうして……?」

「この前の体育の時、あたしに当てつけるようなダンク決めたでしょ?」

「あっ、あれはそういう意味じゃなくて!」


 焦る愛海は、首と両手を左右にぶんぶん振って慌てて否定する。


「あの時、榁姫さんと目が合ったから。ぼくのこと見てくれてるのかもって思って……それならダンクでもすれば、榁姫さんにいいところ見せられるって思ったんだ!」

「は? あたしにいいところなんか見せて、どうしたかったの?」

「憧れの……人に見てもらいたくて」

「憧れ……?」

「うん。ぼく、いつも堂々としてる榁姫さんみたいになりたいってずっと思ってたんだ」

「ふーん、あたしみたいにねぇ」


 理梨は、ふふん、と鼻を鳴らして得意になった。


「ほら、ぼくは本当はこんな感じで、クラスメイトとも上手く話せないから……」

「だから休み時間は教室にいないでウロウロしてたんでしょ? 教室にぼっちでいることが恥ずかしかったとかなんとか」


 愛海に懐かれてからというもの、ある程度のことは教えてもらっていた……というより、向こうから勝手に話してきたのだけれど。


「お、覚えててくれたんだね!」


 愛海が身を乗り出してくる。


「……そりゃ、あんたが聞いてもいないのにいっぱい話してきて、鬱陶しかったから」


 理梨の声は、感激して大興奮の愛海には届いていないようだ。


「榁姫さんが友達になってくれて嬉しかったから、ついいっぱい話しちゃったんだ」

「いや別に、あたしあんたの友達なんかじゃないけど?」

「えっ……」

「……そんな顔しないで」


 流石の理梨も、しょげかえった愛海を前にすると気の毒に感じて、あまり邪険にできなくなった。


「まあ、あんたには危ないところを助けられてるし、少しくらいなら仲良くしてあげても……」

「ほ、ほんと!? じゃ、じゃあ今度の週末、ぼくと一緒にお出かけしてくれる?」


 もじもじしながら、愛海が言う。


「街をぶらついて、ウインドーショッピングして、『あれ可愛い!』とか、『榁姫さんに似合いそう!』とか言って楽しく過ごしたくて」


 鼻息荒い愛海の顔がグイッと近づいてきて、理梨はついのけぞってしまうのだが、愛海は気にしていないようだった。


「ぼく、高校生になったら友達とお出かけして、そういうことをしてみたいってずっと思ってたから」


 理梨だって、クラスメイトと仲良く一緒にお出かけをした経験はない。

 けれど、周囲から褒められ、圧倒的な存在として敬われていれば別にいいと割り切っている理梨と比べて、愛海は友達がいないことを本当に気にしているようだった。


「……わかったわよ。一回くらいなら付き合ってあげる」

「よかった! ありがとう!」


 普段の仏頂面なイメージが消えるほど、愛海は表情を明るくした。

 その横でため息を漏らし、理梨は首を傾げる。


(こうして宇都山と話すようになったけど、一度もあたしの弱々な体のことには触れ

てこない。あんなにみっともない姿を晒しているところを見てるはずなのに……)


 もちろん触れてこないに越したことはないけれど、理梨にとって一番の秘密に全くのノータッチだと、それはそれで気になってしまう。


「楽しみだなぁ……あっ、浮かれすぎて事故に遭わないように気をつけないと……!」


 それでも、すぐ隣でアホ面をしている元クール女子を見ていると、秘密を言いふらしそうには思えないのだった。

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