第4話 エピローグ――友達
高校に進学したのは、将来的にそれなりの企業に入ってガンガン稼ぎたかったから。
夢とか、学びたいこととか、青春だとか、そういうものはちっとも求めちゃいない。うちは貧乏だから、少しでも立派に自立して母親を楽にさせてやりたいんだ。
ああ、断っておくが別にマザコンなんかじゃないぞ。でもさ、父さんが死んでからずっと、母さんは俺の為にたくさん我慢してきた。
たまには服とか化粧品とか、美味いものを食ったりとか。
そういう贅沢をしたって罰は当たらないのに、我慢して幼い俺におもちゃとかお菓子を買ってくれるような人だ。
そんな人が無理が祟って倒れたのなら、支えてやりたい。
母の全てをおんぶできるほど大人じゃないけど、肩を貸せるくらいには手足は伸びてるしさ。
そんなわけで進級の為に必要な単位を計算して、それ以外の時間を全部、バイトに費やした。当然、クラスの行事とか委員会とかには参加しなくて同級生たちからは煙たがられた。
家庭の事情を説明して、教師の理解を得ての特別扱いだからなおさら。
別に構わない。
友達を作りたくて、学校に通っているわけじゃないし。
俺はそう思い続けていた。
けれど、本当はどうだったんだろう。
ただ、居場所がないことの言い訳にしていたんじゃないのか?
自分のことなのに、分からない。
昼休みになって、クラスメイトに囲まれている結夢を横目に教室を出る。いつもなら学食で飯を食うところだが、今日は気分が乗らず、購買で買ったパンとジュースを手に特別棟にある外階段の一番下に移動した。
日差しは強く、影の輪郭は鋭く、なのに風はもう秋の寂しさを孕み始めていて。
買ったばかりのパンをジュースで流し込んでいると、わざとらしい声が頭上から降ってきた。
「あれ? あれれ? 学食のご飯が安くて美味しいんじゃなかったんですか?」
「その通りだ。飯を食うなら、そっちに行け」
「そんな邪険にしなくてもいいでしょ。もー」
しっしっと手を振って追い払おうとするも、声の主――結夢は俺からちっとも離れようとしない。
むしろ、階段を下りながらこちらに近付いてくるばかりで。
「潜木さんが一緒に食べてくれるなら、行ってもいいですけど」
「今日はもう、購買で買ったんだよ」
「じゃあ、わたしも今日は学食を我慢します。別に、明日とかでもいいですからね」
「明日はバイトがあるから、昼は学校にいないぞ」
「みんなが言ってるみたいに、本当に不良生徒なんだ。わたしといい勝負」
なんだかご機嫌な雰囲気のまま、結夢が俺の隣に腰を下ろす。
俺たちは揃って影の中にいた。
視線の先、ギラギラと輝くステージのような日の下で、結夢がかつて言ったような『リア充』たちが、せっかくの休憩時間なのにバスケとかサッカーに興じていた。
「学校、来たんだな」
「ええ、来ちゃいました」
「なんでだ?」
「潜木さんにどうしても言いたいことがあって」
クレームなら事務所に言ってくれ、と俺はパンの最後の一かけらを口の中へ。だって、俺にあの仕事を押しつけたのは所長なんだし。
「あれ? 反応、そんな感じなんです?」
「自分だって友達なんていないくせに、金をもらって友達やってたことへのクレームだろ?」
「ちっがいますよ。卑屈だなぁ。わたしは潜木さんがバイトを頑張ってる理由を聞いてましたしね。なにより、仕事はすっごく真面目にこなしてたでしょう? 実は、ちょっと優越感があるんです。ああ、クラスメイトの皆さんは潜木さんの素敵なところを知らないんだなぁって」
「じゃあ、俺に言いたいことってなんだよ」
若干、じれったくなって続きを促す。
すると、九月の風に結夢はその言の葉をそっと乗せて浮かべた。
「――わたしと友達になってくれますか?」
それは、俺たちの関係を作った言葉で。そして、一度は形を成し、やり遂げ、消えてしまったはずのもので。
「友達が欲しいなら、教室にたくさん候補がいただろ。出羽ならよりどりみどりじゃないか」
「はい。だから、わたしは潜木さんを選びます」
「どうして?」
「あなたの何が、こんなにもわたしを強く惹きつけるのか、実は学校に来るまで分かっていませんでした。でも、ようやく分かった。わたしは孤独で、潜木さんもひとりぼっちで。あの雷の日、孤独なわたしを一人にしておけなかったのはきっと、お仕事だからじゃないでしょう? 孤独であることの寂しさや痛みを、あなたが知っていたからでしょう?」
否定することは、できなかった。
だって、その通りだから。
俺たちは同じ痛みを抱えていた。だから、俺といる結夢は何をするにも楽しそうに見えた。本当は誰かと一緒にいたいんじゃないのか? なんて感じた。
結夢を通して、きっと俺は自分自身を見ていたんだ。
「わたしは友達にするなら、そういう
だから、と結夢が再び、俺に手を伸ばす。
「わたしと今度は本物の友達になりましょう」
その契約の呪文を耳にしたのは実に数週間ぶりで、思わず笑ってしまう。
すると、結夢の顔がまたもぱあっと輝いて。
「その顔は、OKってことですよね」
「嫌だけど」
「嫌なんですかぁ⁉ またこの展開⁉」
いつかと同じように、すぐにしゅんと萎んだ。
「な、ななな、なんでですか。どーしてですか」
慌てて縋ってくるし。
「だって――」
けど、今日はここからが違う。
俺は、結夢の手を取り過去とは違う言葉を紡いだ。
「出羽が教えてくれたことじゃないか。『Friendship isn't about who you've known the longest.It's about who came,stayed by your side,and never left you when you needed someone the most.』なんだろ?」
俺が本当に必要としている時に来てくれて、傍にいてくれて、そして去らなかった人のことを『友達』というのなら、今、この手の中にある温もりを俺はそう呼ぶから。
改めて、そんな契約を交わす必要はないんだ。
「んもー、潜木さんは素直じゃないですね」
「うっさい」
そしていつものように『出羽』と言いかけた俺は、少しだけ彼女の呼び方を変えてみることにした。
そうさ。ほんのちょっとだけ、これまでよりも友達寄りの呼び方だ。
「うっさいぞ。結夢」
すると、結夢にも意図が伝わったみたいで、
「まぁ、わたしも朋夜くんのことは言えないんですけど。ちょっと日和っちゃったしな」
プライベートなのに俺のことを『潜木さん』とは呼ばなかった。
「どういうことだよ」
「今は秘密です。一応聞いておきますけど、朋夜くんはまだ恋人とか欲しくないでしょう?」
「ああ、いらないな。そういうのに使う時間も金も余裕もないから」
「うっわ、思ったよりズバッといったぁぁぁ。むぅ、だったら結果オーライなのかな」
「いや、意味分かんないんだけど。どう話が繋がるんだよ」
すると、なぜか結夢は繋いだ手をぶんぶんと振って「鈍感、鈍感」なんて妙な節をつけて歌い始めた。本当に意味が分からん。
すぐに、「あ、思い出しました」と不機嫌になるのもやっぱり分からん。
「そういえば、先日、映画館で女の子とデートしてた朋夜くんを見かけましたけどあれは? 可愛い女の子に腕を組まれてデレデレしてましたよね?」
「あん? そんなことしてないって」
「してました。してた。してただろぅ。認めろー」
「バイトじゃないのか? なんか映画の特典が欲しいから、一緒に見てくれって依頼があってさ。一日で三回くらい同じアニメを見せられたんだ」
それで納得したのか、「なーんだ」と結夢は立ち上がり、俺の手をぐいぐい引っ張った。
仕方なく、隣に並び立つ。
「じゃあ、次はわたしとデートですね。映画、見に行きましょう」
「そんな金はない」
「わたしが払いますよ」
「友達とそういう金銭のやり取りはしないから。そんで、悪いけどバイトを優先するからな」
「え? じゃあ、わたしとはいつ遊んでくれるんです?」
絶望で顔と声を染めて、結夢は呟いた。
「だから、時間が空いた時とかに」
「嘘吐き。そんな暇ないじゃないですか。ひと月くらい先までずっと予約入ってんでしょ」
「なんで、そんなこと知ってんだ」
「もういいです。これからの朋夜くんの予定を全部わたしが押さえますから」
「馬鹿っ。やめろ」
「ヤーです。朋夜くんを独り占めするんだい」
怒って、叫んで、喧嘩して。
でも本当は怒ってなんていなくて。
二人とも、笑っていて。
俺たちは多分、とても不器用だ。あの、太陽の下ではしゃいでいる奴らみたいにはきっとなれない。けど、陰に咲いた友情だって悪くない。そうだろ?
たった一人でも手を繋ぐ人がいれば、そこが俺にとっての居場所になるから。
おわり
クラスメイトの残念美少女、金を払ってでも俺と友達になりたい。 葉月文/ファンタジア文庫 @fantasia
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