チューしてみた。
貴重な週末休みは、数年ぶりに再会した従妹の相談に使い果たしてしまった。
けれど、思っていたよりは満足度が高い。私でも誰かの役に立てると分かったから、だろうか。プチ家出に怒った彼女の両親を電話越しになだめたり、お風呂上がりの従妹の頭を乾かしたり、三人でゲームをしたり。
意外と楽しい週末だった。
「何も解決してないけどね」
「そうですかね。私、頑張りますよ?」
「その八方美人なところが直ってない、ってことよ」
頬を膨らませた従妹の頭をわしわしと撫でる。彼女は、猫のように鳴いた。
この週末を利用して色々と話をしたけれど、結局はロゼの心の持ちようで変わることだ。仕事がどれだけキツくても私が仕事をやめなかったように、彼女にも学校に通い続けるだけの理由があればいい。それが積極的なものでも、消極的なものでも構わない。惰性でも継続できるならすればいいし、学校に自分の居場所がないのだと気付いたなら、新しい道を探して飛び出せばいい。
「他の誰のものでもない、あなたの人生なのよ」
自分で自分を好きになること。
そのためには、他人への遠慮を捨てる必要だってあるのだ。
「お姉様、厳しいこと言いますね」
「そうかしら?」
「反論が難しい正論ばかり言っていると、友達減っちゃいますよ」
「構わないわ。元々、減るほどの友達がいないもの」
自分で言ってて悲しくなるな、嘘だけど。どこが嘘なのかは聞いた人の判断に任せよう。
あなたの人生だから、と耳障りのよい正論を矛と盾の代わりにして、私はロゼの質問の答えとした。彼女は悩みを聞いてほしいだけで、問題を解決する方法など探していないのかもしれない。友達とのやり取りがしんどいから、親戚のお姉ちゃんに愚痴を吐いてスッキリしたいだけってことかもしれない。
ロゼは、すべてを語らない。
それでも私は構わなかった。
「まぁ、辛くなったなら、また遊びに来なさい」
「はい! へへ、お姉様は優しいですね」
「……そうでもないわよ。面倒ごとを片しているだけだもの」
「わ、私は面倒ごとですかぁ!?」
頬を膨らませたロゼが、頭から突っ込んで抗議してくる。やはり非力な彼女は御しやすく、私は片手で彼女を取り押さえてあどけない頬をこねまわした。
ちらりとユリシス、もうひとりの私へと視線を向ける。彼女はロゼのように困っている相手を放っておけない。だから、難色を示していた私とは異なり、すぐにロゼを家に招き入れようとした。けれど彼女は他人への寄り添い方が分からないのか、ロゼとの交流は私がメインになっていた。
いまも、私とロゼが戯れているのを眺めているだけだ。
同じ小町夢佳でも、やはり、私達は何かが異なっている。
「ねぇお姉様、どうして名前を変えたんですか」
「同じ顔で同じ名前だと、区別がつかないでしょう?」
「そう……ですかね? ところで命名理由とか聞きたいんですけど!」
すっかり元気になったロゼと雑談をする。単純に、楽しかった。
従妹は、青春の真っただ中にいる。私達のように、社会の荒波に溺れないよう懸命に泳ぎ続ける必要もない。子供は守られるべきで、健やかな成長のためにもちゃんと休みを取るべきだ。
高校での人間関係に悩む。ありきたりな悩みに向き合っていた時間が、数年後に彼女の財産になっていることを祈った。せめて、私のように捻くれずに真っ直ぐ育ってほしいものだ。
家に帰るというロゼを見送りに、玄関前に集合した。少ない荷物をまとめた彼女は、ウチに来た時よりは正直な表情をしているように見える。眩しいだけの笑顔が、穏やかで温かい笑みになっていた。
「ありがとうございました、お姉様!」
「ん。さっきも言ったけど、いつ遊びに来てもいいからね」
「その代わり、ちゃんとアポを取るんだぞ」
「はい!」
ロゼは元気よく返事をして、私達に深く頭を下げた。それから、何かを思い出したように私達を手招きする。何だろうと上体を屈めると、彼女は私達の隙だらけの頬にキスをした。ぷちゅ、むちゅ、とへたっぴなキスだった。むふふと照れるように微笑んで、彼女は玄関を開け放つ。
「今度会う時は、もっと素敵なレディになって、お姉様を惚れさせてみせます! 夢佳……じゃなくて、アゲハお姉様も、ユリシスお姉様も、ふたりともですよ!」
言いたいだけ言って、ロゼは部屋を出ていった。名前も知らない少女から仲良しだった従妹へと名称を変えたロゼは、私へとマジっぽいプロポーズをした女の子へとジョブチェンジを果たす。
ぱたん、と扉が閉まる音が響いて、私達は呆然と立ち尽くしていた。冗談半分で口にしていた結婚の約束に現実的な意味を持たせてしまったようだ。ちらりともうひとりの自分に視線を向けると、なんか嬉しそうな顔をしていた。
「プロポーズされちゃったな、アゲハ。ふへへ」
「……そうね。最初は冗談だったのに」
「いやぁ、イイ女はつらいね」
初心っぽいくせに、従妹からのキスには余裕綽々だ。
ニヤついていて、なんかムカついた。
「上書きしてやる」
「うわ、おい、やめろって!」
嫌がるユリシスを取り押さえて、彼女に顔を近づける。
ぶちゅー、っと頬にキスをした。これまでの人生において、色恋沙汰を経験したことのない私にとって初の体験だった。私と同じ顔にキスをするなんて、鏡にキスをするようなものだ。何も感じないと思っていたのに、意外と柔らかい感触に少しだけドキドキする。ユリシスはユリシスで、頬を一生懸命に拭っていた。それがムカついて、もう一回キスを重ねる。このまま吸い付いて、彼女の頬にキスマークを残してやろうかとも思った。
私の思惑に気付いたのか、ユリシスはべちべちと私を叩いて距離を取る。なんだか、いつもの雰囲気に戻ってしまった。
構えを解いた私は、一足先に寝室へ戻る。
「部屋、片付けましょうか」
「えっ、おまっ、今のスルー?」
「ユリシスも早く戻って。まだ片付け終わってないのよ」
「おまえ……、本当、どういう心臓してるんだ」
ぶつくさ文句を言いながら、ユリシスも玄関を離れた。
従妹の痕跡が色濃く残る部屋を片付けていく。残るのは私がここで暮らしていた証だ。ゴミを片付け、布団をしまい、そこでようやく私以外の存在に気が付く。
もう一人の私、ユリシス。睡眠不足と片頭痛に悩む私の前に現れた、救世主とでも呼ぶべき存在。ふたりで仕事を分担し、日々の雑事を乗り越えていく。彼女の呼吸が聞こえ、文句を言いながらも懸命に生きる姿を眺めながら、本当は私が”もうひとりの私”じゃないかと考える。
苦しみは半分に。
楽しさは倍に。
それは、いったい、誰のため?
考えるほどに沈んでく思考の海は暗くて寒い。溺れる前に、私は救いを求めて手を伸ばした。
「私達は同じ”小町夢佳”のはずなのに、今や他人のような気もするわ」
「そうか? まぁ、鏡写しなのは外見だけだしな」
「……どっちが本物なんだと思う?」
「どっちも本物だろ。アゲハ、疲れてるのか?」
掃除をする手を止めず、私にお尻を向けながらユリシスが答えた。それもそうねと返しながら、いつかどちらかが偽物に”なる”のかもしれないと思った。
日々の微かな積み上げ方の違いで、私達には差異が生まれていく。小町夢佳に相応しい女として、どちらか一方だけが選ばれる未来もあるのかもしれない。そう、かもしれない、憶測と推測を並べて、私は色んな事を考えた。
たとえ、私が偽物だったとして――。
「よしっ、終わった!」
思考の海に溺れかけた私を救い上げたのは、もうひとりの私だった。
部屋の掃除を終えたユリシスが満足そうに背伸びをした。
「んじゃ、今日は何する?」
なんてことないように笑う彼女の目元には、今日も薄っすらとクマが残っている。それでも前向きに楽しもうとしてくれる彼女に、私は何も言えず、目を細めて返した。私には、これ以上求めることなんてない。だって、私はこんなにも救われているのだから。
「……ユリシスとなら、何でも」
私が私を好きになるために。
まずは、もうひとりの私を好きになろうと思った。
私を好きになってみよう。マジで? 倉石ティア @KamQ
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