大阪漂流記

まち子

1日目 タバコとライター


淀川氾濫、大阪湾異常増水、その他近年起きた天災色々、諸々の影響による異例的な水没が原因で我がマンションも住宅設備の崩壊が予見されていた。

ライフライン確保の度に9階から階段を使って、水面まで降りては登ってを繰り返す生活も癪になってきた頃、私は資源豊富な新天地に憧れて未だローン残りしこの住宅を離れることとした。

どうやら先日の台風による飛来物が電柱やら電線やらにズッコンバッコン被害を与えたらしく、その上連日の大雨により引き起こされた電波妨害が私のスマホポチポチ隠居生活に大打撃を加えたのは言うまでもない。

ああさよなら愛すべき住宅、ああさようならさようなら…



ゴミ部屋とローン返済から実質的に解放され、はてさて清々しい面持ちで久しい地上に降り立った私はこの時3つのことに気がついた。


1つ、我が過去のマンションは1階が通常の家の3階辺りにあるような、イメージで言えばその他が平面な土地に台座を乗っけて、更にその上にマンションが建っているような作りになっていた。そして最大は15階である。


2つ、インドア派の私はボートどころかブーツも持っていなかった。この水没社会、車や自転車が光を浴びる訳もなく、仕方なく押し入れの隅で埃をかぶっていた浮き輪を軸に探索を開始することとした。うわあズボンも靴下も全部びちょびちょうわあ、、


3つ、住宅街の中心に存在した近所のコンビニは既に荒らされに荒らされまくられており、食料は疎か物資と言える物資が残っておらず、使えそうなものとして見つけたのは湿気たタバコの箱と中古のライターだけであった。

しかし私はタバコが吸えない!ひとまずこの2つはリュックサックの中に入れ、今日は探索を終える事にした。なんてったってもう時刻も12時を回っている。

昼の12時

優雅に家を飛び出してから虚しい帰宅まで、浮き輪捜索時間を含めて2時間は経っていた。そして半分以上は浮き輪捜索時間である。


兎にも角にも、私のはじめてのぼうけんが失敗に終わったことについてはこれ以上説明する術もない。びしょびしょになった衣服をベランダで干しながら、ここで見えうる限りの水没都市を覗いた。

大阪でも一応は都会の内であるこの街も、こうぴたぴた水に浸るようになれば簡単に文明や社会からはぐれて、すぐさま孤立する。


日本という国から、

我らが大阪は漂流したのだ。


リュックサックに詰めたはずの非常用缶詰を平らげながら、珍しくフローリングへ横になる。今の私は、きっとこの非日常が心から幸せなんだ。

ああ、明日は何しよう。慣れない酒やタバコに最大限チャレンジするのも良いな。ちゃんと冒険に出て、見慣れた街の変わり果てた姿を巡るのもいい、行きたかった場所に行って、食べたいものを食べて、

なんてことを考えているうちに、私はコクコク眠りについた。

なので今宵はここでおしまい、

ああ、明日は久しぶりに、誰か人間と話したい。

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大阪漂流記 まち子 @ma_chi_ko

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