第13話 紅音さん、ちょっといいかな?視点.宮辻紅音
お父様にバレたら怒られる。けど、エリーネの身が危ないのですからそんなこと構いません。私は野崎さんたちに先に行ってほしいと連絡をした後、急いで寝巻きから着替えました。自室の扉をそーっと開け、玄関までの通路を見渡しました。……お父様はもう寝ているようで、これなら大丈夫そうです。そう、玄関のドアノブに手を掛けた瞬間……。
「紅音、こんな夜更けにどこへ行くつもりだ」
「お、お父様どうしてここに」
「どうして? まぁいい、ついて来なさい」
お父様はそういって、リビングへ行きました。お父様にバレた。でも、エリーネの方が心配です。
「紅音! いい加減にしなさい」
ドアノブを捻ると、お父様は鋭く刺すような声色で私の動きを止めました。
「……はい」
エリーネ、ごめんなさい。
__数分後。
リビングに行くと、使用人の方がお父様の隣にいました。私に悪いと思っているのか、視線を逸らしました。あの方は、私が野崎さんのポストにトランシーバーを置きに行った時に運転手をしていたのです。あぁ、ということは……。
「夜中に何をしているのかと最近思っていたが、まさか男と話していたとはな」
お父様、もうそこまで調べていたのですね。ということは、どのような言い訳をしても無駄。
「宮辻家に泥を塗るな。今後、あの男とのやりとりは禁止だ。それと、別の部屋を使いなさい」
習い事や許嫁、私の私生活は全て宮辻家の、ひいてはお父様に支配されています。唯一私に与えられた時間は学校と寝る前の少しの間だけ。今までずっと、寝る前の時間が果てしなく虚無に感じました。ぼーっとベッドで天井を眺めているだけ。でも望遠鏡を覗いたあの日、嫌なことを忘れるほど楽しい時間が始まりました。でも……。
「……お父様、ごめんなさい」
私はこの人に逆らえない。小学生の頃、一度だけこの生活が辛くて家出したことがありました。初めは自由になれたと喜びましたが、すぐに気づきました。自由とは怖さを伴うということを。私は住む家もお金も自らの手で手に入れることはできませんでした。警察に助けられなければ、優しく接してきた男の人の目的にも気づかなかった。もちろんあの時と今では私も違いますが、それでもこの家の呪縛から自由になることは怖い。たまらなく怖い。
「今夜はここで寝なさい。それでは、明日の貞樹君との食事会は粗相のないようにな」
「……」
この人には逆らえない。私はリビングのソファに横になり、トランシーバーを眺めました。でも、これさえあればまだ私は大丈夫です。
「野崎さん、私行けそうになくてすみません。エリーネは……」
喋り掛けても反応はありませんでした。エリーネ、助けに行けない私でごめんなさい。もし許してくれるなら、また学校で話したいです。
__翌日。
貞樹さんとの食事会が始まりました。ビル群を一望できるレストランの窓側の席、私はそんな景色をただ眺めていました。
「いやぁ遅れてすみません。親父の補佐で忙しかったもので」
斎藤貞樹(さいとうさだき)さん、財務大臣の息子で、大臣である父親の秘書官をしているお方です。いつも七三分けの髪型で、真面目な感じではあります。しかし、この方とはあまりお話をする気にはなりません。
「いえいえ、国のために奔走する仕事です。この程度の遅刻、誰も咎めないですよ」
「いや謝らせてください。民草のためとはいえ、遅刻は社会人としてあってはなりません。以後、遅れなよう気をつけます」
民草って、国民で言えばいいのにわざわざその言い方するところも好きじゃありません。
「さぁ、紅音も挨拶しなさい」
「はいお父様。貞樹さん、お久しぶりです。お変わりないようで、安心しました」
「あぁ紅音さん! いやぁ、また一段とお美しくなられましたね」
この上辺で話す会話、本当につまらないです。何から何まで、本音じゃなくて汚い利害のために結びついている関係。私はそんな2人の、アクセサリーにされるために生きなければならない。でも、この生活こそが私の現実です。
「貞樹さん、お父様、すみません。少しお手洗いに」
私はトイレへ行き、鏡の前でため息を付きました。……はぁ、耐えられない。けど、耐えなければいけないのです。
「紅音さん、ちょっといいかな?」
「……貞樹さん!?」
トイレから出ると、貞樹さんがいました。壁にもたれかかっていた彼は、席へ戻る道を塞いでいるように見えます。
「あ~、貞樹さんもお手洗いですか。それでいたら、私は先に戻らせて......きゃっ!」
いたっ。彼は突然、私の通ろうとした通路の壁を強く叩きました。この人、何をする気なの。怯える私を、彼は冷たい目で見下ろしている。
「ははっ。君のお父様から聞いたよ。男と夜中に喋っていたんだって?」
お父様、なんでそのことを喋ったの。
「君のお父様は娘を不倫しないよう教育したことをアピールしたかったようだが、俺はそれでも許せないんだ。家柄を飾る装飾品の分際でふざけたことをした君をね」
「許さないって……いやっ」
私はなす術もなく貞樹さんに顎を掴まれ、鋭い目を向けられました。
「教育というのは2度同じ過ちを犯さないよう、見せしめが必要なんだよ」
「私に何かする気ですか?」
「いや、君じゃない。君が話していたというその男が、どういう目に合うかよく見ているといい」
「やめて……ください。あの人に酷いことしないでください。もう2度と、あんなことしませんから」
「だ〜めっ。じゃあ、先に席に戻ってるよ」
野崎さんに早くこのことを伝えないと……でも、これ以上関わればもっと酷いことをされる可能性もあります。
……私はどうしたら。
望遠鏡で眺める関係 たかひろ @niitodayo
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