第12話 これどうやって戻るのよ!視点.野崎太一

「河見さん、白黒付けるって......スマトラじゃないか!」


 彼女は玄関から飛び出したかと思えば、慌ただしく戻ってきてスマッシュトラブル略してスマトラを持ってきた。白黒つけるというのはつまり、このゲームでの勝敗でということだろう。俺は構わないが、宮辻さんと同じお嬢様のエリーネさんが受けるとは......。


「は? ゲームなんてナンセンスね」


 やっぱり、無理だ。


「おや、おやおやおや白黒付けたいのではないですかな?」」


 河見さんはニヤニヤとして、エリーネさんに近づいていた。彼女が距離を詰めると、エリーネさんは舌打ちをして睨みで返す。


「大体、私とこのニート野郎じゃニート野郎に分がありすぎでしょ。フェアな勝負とは言えないわ!」


 ごもっともな指摘だ。自慢ではないが、ゲームに触りもしなかった人が勝てる見込みはない。


「ほうほう。フェアならお受けするのでござるな。では野崎氏、ちょっといいですかな?」

「えっ......!?」


 河見さんは今度は俺の方へと近づいてきて、耳元であることを囁きだした。ギャルモードではないとはいえ、彼女の温かい吐息と囁き声はビクっと身体を震わせる。


__数分後。


「ふん。その条件ならまぁ、やってやるわよ。でもわかってる? 一度でも当たったらその時点で、あなたの負けよ」


 エリーネさんはそういってコントローラーを握り、首を傾げながらボタンを弄り出した。俺はというと、河見さんの囁きに翻弄されて話半分で同意してしまって今更ながら後悔していた。というのも、彼女が出したフェアな戦いというのが......俺がノーダメージで10戦勝利するというとんでも勝負だ!今度は俺の方が分が悪いと言いたいが、同意したのとエリーネさんが乗り気になったのもあり戦わずは得ない状況である。


「これで負けたら......」


 エリーネさんはピンクの風船のようなキャラをピックし、俺を見て鼻で笑った。


「もちろん、紅音からは手を引いてもらうわよ。学校から逃げたわけではない、プロになるポテンシャルとやら見せてもらおうじゃない」

「くっわかったよ!」


 スマトラは最近触ってなかったけど、一番使ったあのキャラならいけるはずだ。


「それではお二人とも準備はよろしいかな? ステージはシンプルに終点、道具なしの残機10勝負でござる」

「「......問題ない」」

「それでは......始め!」


 河見さんのどこか面白がっているような合図と共に、画面で3カウントが始まる。このカウントが0になれば、試合開始だ。彼女がゲームの操作に慣れる前に、勝負を付けなければならない。


......3、2、1、先手必勝!


 俺は開始と同時に自キャラのバズーカ砲攻撃により、エリーネさんのキャラをフィールド外へ吹っ飛ばした。このゲームに慣れていれば簡単に復帰できる攻撃ではあるが、彼女は恐らく......。


「ワッツ!? あなた、卑怯よそれ! こ、これどうやって戻るのよ!」


 エリーネさんがカチャカチャと手当たり次第にボタンを押しまくっている間に、放物線を描いて彼女の操作するキャラは画面下に消えていった。よし、これならノーダメージで10連勝も全然できそうだ。


「エリーネ氏、十字キーの上ボタンを押すでござるよ」


 河見さんはエリーネさんの操作キャラが再び召喚され、数秒の無敵時間の間にコントローラーのボタンを指差して教える。


「十字キー? あぁ、これね。ははっ、これで私の勝ちが決まったわね!」

「ちょっ、河見さんどっちの味方なのさ!」

「あっ、すまんでござる」


 俺が再びバズーカ砲をぶっ放すと、エリーネさんはジャンプで攻撃を避けた。クソ、理解が早いな。だが、このゲームで不用意に地面を離れるのはアウトだ。すかさず接近し、俺は彼女のキャラにコンボ攻撃を叩き込んだ。


「はぁ!? 何よこれ、動かない!」


 横からガチャガチャとコントローラーを弄る音が聞こえるが、それでもコンボ攻撃を受けている彼女のキャラは何も出来ない。ダメージが蓄積し、最後の強攻撃を喰らうと彼女のキャラは画面端に飛んでいく。


「よし、後8機か」


 まだまだ余裕だが、手汗がやばい。それに、一回もダメージを受けてはいけない緊張感からか瞬きが怖い。


「くっ、絶対に負けないから!」


__さらに数分後。


「……くっ。何でよ、何で1発もヒットしないの!」


 エリーネさんは怒りのあまり、コントローラーを壊そうとした。寸前で河見さんが止めて免れたが、彼女の怒りは止まりそうに無い。ここまで9戦9勝、次が最後の試合だ。彼女が素人だから余裕という訳でもなく、最後の試合も緊張が走る。というのも、瞬きをあまりせず戦い続けたせいで瞼に涙が溜まって視界がぼやけてきてる。


「くっ、死ね死ね死ね死ね!」


 エリーネさんの攻撃は適当だが、こちらが反撃する間はない。視界がぼやけてるのあって、迂闊に踏み込んだらミスってしまうかもしれない。あぁ宮辻さん、俺はやっぱりここまでしてでも話したいって思うのはやはり君に恋をしてるからだ。こんな俺が君の隣に立てるとは考えていないけど、もっと話していたいよ。


「テステス、聞こえますか!」

「「……!?」」


 宮辻さんの話をした矢先、彼女の声が無線越しに響いた。エリーネさんに投げられたトランシーバー、今それは河見さんの手にある。カーテンも開けられ、こちらを見つめる彼女の姿があった。


「いやぁ、お2人が試合に熱中している間に宮辻氏に事情を話しておこうと思いましてな」


 河見さんがそう照れながらいうと、エリーネさんは彼女を再び睨みつける。


「エリーネ、河見さんから話は聞きました。私のためなのかもしれませんが、野崎さんに迷惑をかけるのはやめてください!」

「紅音、何で……何で!」


 彼女は宮辻さんに諭されるも、コントローラーを握り直して攻撃を再開した。俺も攻撃が始まる直前、瞼についた涙を拭き取った。


「エリーネ……野崎さん、頑張って!」

「紅音!」


 勝負は一瞬だった。エリーネさんが宮辻さんの名前を叫んだ瞬間、彼女の操作キャラは画面外に消滅する。……勝った。


「っしゃあ!!!」


 呆然とするエリーネさんをよそに、俺は感極まって喜びを発した。やった。やったやったやったぞ!これで俺は、また宮辻さんと話せる。ベランダ越しに宮辻さんを見ると、どこかホッとしているようだった。


「……私じゃなく、ニート野郎を応援するなんて……もう嫌!」

「あっエリーネ氏、もう23時ですぞ!」


 エリーネさんは河見さんの制止を振り切り、玄関の扉を勢いよく閉めた。俺はその扉が閉まる大きな音で、彼女が去ったことにようやく気づいた。


「河見さん、ありがとう」

「えっあぁ……私は何もしていないでござるよ」

「いや、河見さんが提案してくれなきゃ俺多分……」


 河見さんは、「あはは」と笑いながら照れていた。


「野崎さん、エリーネが迷惑をかけてすみません。エリーネには、野崎さんに聞いて欲しいことがあってお願いしていたんですけど。まさかあんなことするとは思わなくて……」

「聞いて欲しいこと? 何か聞きたいことがあれば答えますよ」

「えっいや、それはもう……大丈夫です」


 宮辻さん、なんか急に動揺しているような反応だけどどうしたんだろうか。


「あはは。宮辻氏のお悩みは、私が勘違いであることを説明してあるので心配なく!」


 河見さんが俺の代わりに説明した。って、俺に聞きたいことを河見さんは答えられたというのは、どういうことなのだろうか。そう疑問が拭えないのだが、でも、一先ずは安心した。


「宮辻さん、こんな俺だけどまた明日も……」

「野崎さん、大変です!」


 宮辻さんの声色は、今までに聞いたことがないほど緊迫していた。


「えっ?」

「望遠鏡で今、エリーネが帰るのを見届けていたのですが……後ろに怪しい男が迫っていて危ないかも知れません!」


 怪しい男、痴漢か暴漢か……確かにこんな深夜に美少女が1人で歩いていたら襲われるのも無理はない。


「わ、わかったよ。俺が様子見に行く」


 俺は急いで服を着替え、武器になるかわからないが傘を手に持った。河見さんも真剣な表情になり、行こうとアイコンタクトをとる。


「いつでも警察を呼べるよう、スマホを構えて行きましょうぞ!」

「うん!」

「野崎さん、私も合流するのでエリーネのことお願いします!」

「わかりました!」


 こうして、俺と河見さんはマンシャンのエレベーターに乗り込んだ。ゴウンゴウンと降る音を聞きながら、俺はふとあることに気づく。あれ、合流するって言っていたよな?てことはもしかして、生宮辻さんとついに会ってしまうのか俺!

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