第11話 白黒付けるってワード知らないの? 視点.野崎太一

「……粗茶ですが」


 テーブルの上に置いた麦茶は、全く手をつけられることはなかった。俺と河見さんの対面には、ブロンドヘアの華奢な美少女がいる。この平凡な部屋には似つかわしく無い風貌で、彼女の睨む顔は怖いと感じつつも絵になった。しかし……。


__バン!


「つまり、あなたたちは紅音に似たキャラクターが登場するえっ如何わしいゲームをしてエンジョイしていたってことぉ!」


 宮辻さんの親友と名乗るエリーネという女性は、突然堰を切ったように怒鳴った。コップの麦茶が少し溢れてしまうほどの力強い台パンで、絶望しかない。だが、それでも言い訳だけはさせていただく!


「それはですね、俺は進んでした訳じゃ決してないんです。こちらの河見ゆゆさんという方が、面白いゲームがあるからと薦めてきまして。俺もまさかエロゲーだとは……」

「なっ。野崎氏、1人だけ逃れるのはずるいでござるよ! 野崎氏だって、宮辻氏に似ているからと、食い入るようにテレビ画面を凝視していたではありませぬか!」


 チクショウ!河見さんはやはり苦手だ!


「だからそれは違うって……!?」


__バン!


 必死に新たな言い訳を考えていると、再びエリーネさんはテーブルを叩いた。


「ツァオニマッ!」

「「はい、すみません!」」


 俺と河見さんは、同時に綺麗な姿勢で頭を下げる。あぁ、完全に終わった。このことが彼女から宮辻さんに知られれば、せっかく芽生えたかもしれない脈が無くなる。てか、ツァオニマって何語?


「やはり、私の考えはビンゴだったようね。おいニート野郎、耳をかっぽじってよく聞けぇ!」

「はい!」


 エリーネさんは椅子の上に仁王立ちし、俺を見下して人差し指を刺してきた。


「なんであなたみたいな人と紅音が仲良くなったか知らないけどね、金輪際彼女にはノータッチよ!」

「ノータッチって、関わらなってこと? えぇ、何でそんなこと」

「そうでござる。野崎氏も宮辻氏も、別に嫌でしてる訳じゃないのでござるよ」

「シャーラップ! 芋女はお黙り!」

「いもっ!? うぅ」


 すごい。あの河見さんを1発で沈黙させたこの人!いや、感心してる場合じゃなかった。


「あぁ、テステス。野崎さん、もしかしてエリーネがそちらにお邪魔していますか? あの子、何かご迷惑になるようなこと……」


 エリーネさんはトランシーバーの通話をオフにし、素早くカーテンを閉めた。


「ふん、こんな物を買ってまで忙しい紅音にアプローチしようだなんて」

「それは宮辻さんがくれた物だから返してよ!」


 彼女は取りに向かった俺の身体を機敏な動きで避け、後頭部の数ミリ近くでかかとを停止させた。


「私、カラテをしているので襲いかかっても無駄だから」

「襲ってない! トランシーバーを返して欲しいだけだ!」


 そういうと、彼女は俺を鼻で笑った。


「ふん。ニートさん、よく考えなさい。あなたみたいなダメ人間がもし紅音と付き合ったら、彼女が可哀想だと思わない?」

「……」


 彼女のその言葉、胸の奥底に深く突き刺さった。何か反論しようとかいう気が微塵も起きない、正論というやつである。


「エリーネ氏、流石にその言葉は聞き捨てなりませんぞ。確かに野崎氏は引きこもりではありますが、ゲームの腕はプロ並みなんですぞ! そんじょそこらにいるニートとは、格が違うのでござる!」


 うぅ、河見さんのフォローが逆に苦しくなる。


「ワッツ? プロ並みって、じゃあそのゲームとやらでマネーは稼げてるの?」


 エリーネさんは小馬鹿にした声色で、わかっていながら聞いてくる。彼女のいう通り、俺の腕前は地元じゃ負けなしという程度の浅いものだ。


「……」

「黙るってことは無いわけね。で、マネーも稼げてないお遊びをして、毎日学校にも行かず引きこもっていると。ねぇ中途半端ニートくん、これでわかったでしょ? 紅音にあんたみたいな中途半端な人間は、迷惑以外の何者でも無いの! 2度と関わらないでね」

「……」

「の、野崎氏ここまで言われて何も言い返さないのでござるか?」


 エリーネさんの言う通り、俺は宮辻さんと関わらべき人間では無いのかもしれない。俺は引きこもる前、実はサッカー部に入部していた。器用貧乏で、入部した直後はあまりは覚えの早い天才とまで褒めてくれた。しかし、入部してから1ヶ月後……成長が止まった。どれだけ練習しても、それ以上上手くなることはなかった。いつもそうだ。中途半端に出来て、周りに追い越される。そらがたまらなく嫌で、ゲームでプロになると言い訳して逃げた。そんな人間が、絡んでいい身分の相手じゃ無いのは十分わかっている。


……けど。


「わかった。宮辻さんと付き合いたいなんておこがましいことは考えないよ。けど、俺の生活で唯一楽しいと思えるのがベランダで彼女と話すことなんだ。その時間だけは、許してくれないだろうか?」


 俺は頭を下げ、そのまま静止した。ありのままの気持ちであり、最大限譲歩できる条件だ。


「だから、それが中途半端だって言ってんの! あなた、白黒付けるってワード知らない?」

「白黒? ……はっ! 野崎氏、エリーネ氏、まさに白黒付けるに打ってつけの物があるでござるよ!」


 河見さんはまた割って入り、コントローラーを片手に目を輝かせていた。ま、まさかとは思うが打ってつけの物って……。

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