第4話 変わり始める日常


 ……まったく、昨日は散々な目に合った。

 目が覚めて、置き時計を確認すると、時刻はもう十三時を回っていった。家に帰ってきて、飯を食べたり、風呂に入ったりしてから、最終的に寝たのが、朝の五時ぐらいだったので、たっぷり八時間寝ていることになる。

 締め切っていた雨戸を持ち上げ、西側から差し込んでくる光に体をさらす。

 結果から言って、今日一日、俺は学校を休んでいた。頭を冷やせという意味や、家に帰ってきた時間が朝方だったことが理由だった。

 しかし、もちろん昨日は両親にかつてないほどにこっぴどく叱られ、PHCVも没収されてしまった。加えて罰として、しばらくの間あらゆる家事を俺が行わなければならない。

 両親はもう仕事に出てしまっているので、朝ご飯兼昼ご飯を作りに一階に降りる。

 しかし作るといっても、火を使った料理は面倒だし、もし家を燃やしたらお前を燃やすと父親から言われているので、あまり行いたくない。

 となると必然的に調理の必要がないシリアル食品へと手が伸びるわけで………俺は、少し深めの皿を用意して適当な量のグラノーラを流し込む。そこに冷蔵庫から取り出したばかりの冷たい牛乳を注ぎこみ、銀のスプーンでほおばった。

 穀物のほのかな風味と、乾燥した果物の甘い味が口の中一杯に広がり、胃に流れ込んで行く。

 二口目を口に運んでから、いただきます、を言っていなかったことを思い出し、慌てて手を合わせる。

 食卓の上に無造作に置いてあったテレビのリモコンを、手を伸ばして取ってテレビの電源を入れる。

 毎日昼にやっているバラエティー番組が画面に映る。

 あまり普段見る機会はないが、たまに見ると面白くて見てしまう番組だったが、なぜか今日はそれを見る気にならなかった。

しばらく適当にチャンネルを切り替えてみるが、なかなかピンとくる番組はなく、結局テレビの電源を切った。再びテレビは黒い画面に戻り、沈黙が俺を取り巻く。

 窓の外に目を向けると、昨日と同じように晴れ渡った空が広がっている。

 ………出かけたいな。

 そう思ってから、昨日痛い目にあったばかりなのにな、と苦笑してしまう。

グラノーラを食べ終えると、牛乳で汚れた、深皿を水で洗い流し、そのまま水につけたまま置く。両親も朝はあまり量を食べてなかったようで、流し場に置いてある皿は少しだった。これなら、今洗ってしまったほうがいいだろう。

 流し場近くに置いてあったスポンジに洗剤を少したらし、皿を洗っていく。親がいないのもあって、歌詞を口ずさむように歌いながら作業を続ける。

俺は普段から皿を洗うのはゆっくり方だが、皿が少なったからか、ものの数分で皿を洗い終わった。

手をふき、食卓の椅子に座って一息つく。

リビングの窓から見える、空の青色がすがすがしい。

席を立って外に出るために、財布をポケットに入れる。財布の中にはICカードも入ってるので、電車を使ってどこかに行くのもいいかもしれない。

まあ、行くところといっても、古本屋かゲームセンターぐらいしかないわけだが。

戸締りがしっかりしてあるかを確認してから、玄関へ向かう。紐靴の紐を解かずにそのまま、足を入れ手で整える。

体を上げ、重く手ごたえのある玄関の扉を思いっ切り開く。

ひさしが作る影を抜け出し、光のもとに足を踏み出す。俺が出た後で、閉まった扉を財布につけている家の鍵で閉める。

隣を見ると、PHCVを隠すカバーが見え、その本体は見えない。

 昨日の一件で俺は親にPHCVに乗ることを禁止されていた。多大な迷惑と心配をかけたのだから当たり前だ。

 そして、違反点数が四点になってしまっていた。何とか免許停止にはならなかったが、これから少しでも違反をしてしまうと、免停になってしまう可能性がある。

 しかしそれでも、中年警官によると、年齢と、故意的ではないことなどによって、少し原点が低くなってくれたらしい。

 もしかしたら、彼がいいように解釈してくれていたのかもしれない。

 カバーの上から感じる機体の無骨さに、昨日こっぴどく怒られたのを思い出し苦い後悔が思い出される。

でもそれも思ってしまう。

 ……7GIに乗りてえな。

 しかし、乗るわけにもいかないので、心の中で、行ってきます、と家と7GIに言い、俺は視線を前に向けて歩き出した。



 ……まったく、昨日はろくな目に合わなかった。

 昨日警察に逮捕されたことを思い出しながら、私は街を歩いていた。

 昼過ぎまで寝たのにもかかわらず、頭は少しもやがかかったように重い。空を見上げると、高い位置にある太陽がイラつくほどにまぶしい。

 私は昨日なくなってしまったPHCVのガソリンを買いにホームセンターに向かっていた。

 ……いつもなら、PHCVを走らせて一瞬なのにな。

 そう、どこもかしこも似たような形をした高層住宅を眺めながら思う。昨日の疲れもあって、どうも歩くのが億劫になる。

 私は、その味気ない町並みから目を離して、歩きながら、煙草に火をつけた。

 肺が煙草の煙で満たされ、幾分か頭がすっきりする。

 ……しかし、昨日は不本意ながらいろいろなことがあった。

 ガス欠なんてものはまだ小さい問題で、オートマトンの変容、そいつを倒したあの男、様子の変わった事情聴取。気になることはたくさんある。

 なにしろ警察もたいがいだ、あんな調査までして何か隠しているに違いない。

それに一番気になるのは、戦闘が終わった後、なぜか彼らは校舎の屋上を見ていたことだ。

その目線が何を見ていたのかは、私が目を向けた時にはもうわからなかったが、もし、もしも、やつが現れたというのなら。

……私にここで止まっている時間はない。



 ……昨日といい俺はついてないのかもしれないのかもしれない。

「おい、その手に持っているもん、俺の財布だろ!」

 俺は、すれ違ったまま、通り過ぎようとした金髪の男の手をつかんでいた。

 その手には俺のスポーツメーカーのロゴが入った財布が見える。

「ハハハ。おいお前。なに気づかれてんだよ。」

 隣のピアスが光る黒髪が、真ん中の金髪と黒色が混じった髪の毛の男をどつきながら笑う。

「やべえ。気づかれちまったか。ハハ、まあいいか。」

 金髪のほうも、それに対して、笑い交じりにこたえる。それが、俺の神経を逆なでした。

「返せよ。」

 さっきより、強い口調で声が出る。自然に相手の手をつかむ手に力がこもる。

それが痛かったのか、金髪のほうが表情から笑顔を消した。

「お前さ、誰に口きいてると思ってんだよ。」

 そうほざくので、俺もあきれた笑いも混ぜながらその答える。

「は。誰って。くず野郎だろ。」

 手が振りほどかれ、左ほほに拳が飛んでくる。顔全体に衝撃が走り、体が吹っ飛ばされる。

「俺らは、サンライトの一員だぞ。」

 俺は、口から垂れてくる血をぬぐいながら、疑問を口にする。

「は、サンライト?知らねえな。」

 足に力を入れて、立ち上がる。口の中にたまった血を、地面に吐き捨てる。

 俺は再び財布を取り返そうと、金髪に手を伸ばす。

「じゃあ、教えてやるよ。」

 彼は、ボクサーのように拳を構える。どうやら、財布を返してくれる気はないらしい。

 ……ぼこしてやるよ。

 俺も、同じように拳を上げて構えをとった。



 ……普通に負けたんですけど。

 全身に鈍い痛みを感じる。口の中が切れて、血の味が口の中に広がる。

 だがそれでも、視線を下に向けるのは負けた気がするので、必死に相手をにらみつける。

 金髪は、俺を見下すように笑みを浮かべながら、俺の財布を物色する。

「こんなもんかよ。」

 そうして、数枚の千円札やICカードを抜き去って財布を投げ捨てる。

「うわ、しけてやがんな。」

 その様子を隣の黒髪も覗き込みながらつぶやく。

「しょうもねえ時間使っちまったな。」

 そう言って金髪は壁にもたれかかって立てない俺を見る。

 俺は、負け惜しみみたいだが、見下してくる奴らに対して、思いっきり中指を立ててやる。

 彼らはそれが面白いのか、笑いながら背を向けて歩いて去っていた。


 しばらくして、少し痛みが和らいでから、地面を這うようにして、まず奴らが投げ捨てた財布を拾う。もちろん、中身はすっかり抜き取られてしまっていたが、この財布には愛着があるのだ。

 背中を道路に隣接する建物に預ける。

 夏も近づいているというのに、コンクリートの壁は冷たく、次第に頭が冷え冷静になる。それにつれて、殴られた箇所の痛みを強く感じるようになり、人を殴り返してしまったという後悔と罪悪感が心に雲をかける。

 ………いい気分じゃないな。

 ビルの隙間から縦長に見える狭い青空を見上げながら、そう思う。

 胸座をつかんだ時に見えた彼の体に、紫色に劣化したあざがあるのが見えたのも、俺をいやな気分にさせる。今の時代、生活に問題を抱えてないやつのほうが少ないのだ。

 そう思うと、俺は中学のころから恵まれているほうだった。高校だって問題なく通っているわけだしな。

 壁を支えにしながら体を起こした。

 幸いなことに、財布には免許証などは入れていなかったので、取られたのは、お金とICカードだけだ。しかし、それがないと帰ることができない。

 ……警察に言ってお金借りるか。

 警察に、金をなくしたことや、取られたことを言えば、お金を貸してもらえる制度があることを、俺はなんとなく知っていた。たしか、「公衆接遇弁消費」とか何とか言ったはずだ。

 俺はカーゴパンツの膝あたりにあるポケットに入れていたおかげで、壊れされなかった携帯を開き、地図機能で交番を探した。

 駅近くということもあって、そう遠くないところに交番が見つかった。

 とりあえず歩き出そうとしたところで、俺はビルの窓ガラスに映った自分の顔を見る。そのほほには痛々しいあざがあり、完全に喧嘩した人の姿であった。

 冷静に考えてみたら、俺も殴り返してしまったせいで、俺も罪を指摘される可能性があるのだ。

 ……なんなら、俺も攻撃しちゃったしなあ

「はあ。」

 ため息がこぼれる。何馬鹿なことやってんだ俺は。なんだか、急に倦怠感が押し寄せてきて、あらゆることが面倒になってくる。

 しかし、簡単に家まで歩いて帰れる距離ではない。

 憂鬱だが、何とかごまかしながら、交番でお金を貸してもらうしかないだろう。最近は借りたまま返さない人が多いせいで、なかなか貸してくれないとも聞くので、いろいろ聞かれるのは想像できる。そうしたら、当然この怪我についても根掘り葉掘り聞かれることだろう。

 偶然に知り合いに会ったりしたら、お金を貸してもらうのになぁ。そう思って歩いているときだった。俺の目にそいつは飛び込んできた。

 時代錯誤な、古めかしい制服にその長すぎるスカート。その、アイシャドウをした、強気な表情、なぜかよくわからんがその右手に持っているポリエチレンかん。

 俺は無意識のうちに彼女の左手をつかんでいった。

「はあ?」

 嫌悪感を隠そうともしないで、彼女がこちらを見る。

 俺も意識してなかったので、驚いてしまうが、変なテンションになっている俺は、かつてないほどスムーズに、土下座へと体制を移動させた。

「お金を貸してください。」

「はあ?」

 顔色を覗くようにチラリと見上げた彼女の驚いた顔は、少しだけ年相応に見えた。



 ……これは想定と違うんだけど。

 そんなことを俺は、前を歩く彼女の背中についていきながら思った。

 俺は今、PHCVの格闘フィールドに来ていた。

 正確には少し違うのだが、PHCVが普及するにつれ、そのPHCVを用いたスポーツの様なものがいろいろ出来上がっている。

 この会場で行われることもその一種で、PCFと略される、一定のフィールド内で行われるPHCV同士の格闘試合だった。いわゆる、昔からあるサバイバルゲームのようなものだ。

 ちなみにPCFは人気の競技で、学校のPHCVの授業で取り上げられることもあった。この競技が強いと、一目置かれることが多く、中学の頃にも、熱心に取り組んでいる生徒が多かったのを覚えている。

 しかし、そうはいっても素人に毛が生えた程度なので、ちゃんとしたフィールドで試合をしたことある生徒などはいなかった。

 だから、俺は前を歩くやつに声をかける。

「本当に入って大丈夫なのかよ?」

 気後れし様子もなく、前を歩く少女は振り返りもしないで答えを返す。

「ああ。大丈夫。」

 その足取りに迷いはなく、フィールドまでの道を進む。

 先に見えるフィールドは、正式な試合を行うものではなく、練習を行うためのものではあるようだが、それでも思わず委縮してしまう。

 だからもう一度訪ねてしまう。

「本当に大丈夫なんすか?」

「大丈夫って言ってんだろ。金貸さねえぞ。」

 俺が、しつこく聞くのにむかついたのだろう、彼女の振り返った顔は、般若のように怖い。

 思わず、小さくすまんと謝ってしまう。

 しかし、昨日立ち入り禁止区域に入って痛い目を見ただけに、不安になってしまう。

 正直「そのソースは?」とか聞きたい。

 しかし、ここに向かう前に、どこかに電話をしていたようなので、もしかしたら、個々の管理をしている人と知り合いだったりするのだろうか?

 彼女の謎は深まるばかりだった。

しばらく、歩くと彼女は大きな車庫のような場所の前でその歩みを止めた。

 そして、彼女がシャッター近くのボタンを押すと、シャッターが上がり、中かにずらりとPHCVが並んでいるのが見えた。

「好きなのを使っていいらしいから。」

 彼女はそう言い残して、無造作に手前に近くの機体に乗り込みフィールドへと移動させていく。

 その様子にはこだわりを感じることはできず、どれに乗っても乗りこなせるという自信と感じることもできた。

 俺も、どれも操縦したことがないので、適当に彼女が乗った機体の隣のPHCVに乗り込む。しかし、乗り込んでみると、その操作法の大部分が俺の乗っている7GIと大体同じようだった。

 モニターを操作して、マニュアル操作に変えてから、彼女の後を追ってフィールドへ向かう。

 その間に詳しい操作方法と、武器を確認して、なんとなく動かしてみる。不思議なことに、こちらの方が最新式のはずだが、7GIより反応が少し遅いような気がする。

 まあ、それでも俺は家へ帰るために、彼女と戦わなければいけないのだ。軽くルール説明を受けて、それぞれの初期位置につく。

 試合開始に向けて俺は、フィールドに入り、レーザー刀を構えた。




 とらえた、そう思った時だった、一瞬の浮遊感を感じたその後、俺の体を振動が襲った。

 その振動で、後頭部をぶつけ、衝撃で視界に火花が散る。

 一瞬のことで、何が起こったのかを理解できない。

 お金を貸してもらえないのではないかという、焦りがフラッシュバックされる。それに呼応するようにモニターが損害を知らせるために赤く点滅する。

 しかし、冷静になった俺はその痛みが少しひいていくのを感じながら、何が起こったのかを理解し始めていた。

 俺は、俺のPHCVは、今の一瞬で投げ飛ばされたのだ。

 しかし、それがわかったところで、どんな仕組みが見当もつかない。何とかわかるのは、振り返りざまに、俺の攻撃の勢いを利用して、その腕をつかんで投げ飛ばした事実だけだった。

 その舞うように滑らかなその動きの底を俺は感じることができなかった。

 それでも俺は何とか、PHCVを操作して、立ち上がりながら、起き上がるのを待っていたのであろう、相手に向きなおる。

 奴はとどめを刺そうともせず、こちらを見って突っ立ている。

 ……負けた。

 その言葉が浮かんだ瞬間、俺は心のうちから敗北を認めてしまった。

 それほどまでに底の見えない彼女の実力の前に、俺はPHCVを操作して、再び彼女に土下座をした。

 内線をオンにして、声を発する。

「負けました。……けど、お金貸してください。」



 彼女は実は天使かもしれない。

 俺は、彼女の手から受け取った千円札を見ながらそう思った。

「まじで、ありがとう。」

 彼女の顔を見返して礼を言う。その言葉は、驚くほどすんなりと俺の口から出ていた。

「……ああ。いいよ。」

 彼女は少し驚いたように生返事を返す。

 彼女はそこで、少し何かを逡巡する様子を見せたような気がした。

 しかし、その表情の変化は微々たるものだったので、俺は最後に礼をして、意気揚々と帰り道を歩き始めた。

 不思議と、空も広く感じて視界も広く広がっていく。

 俺はその開けた視界の中に、一台のキッチンカーを見止めた。

 スケバンさんが言っていたが、今日の夕方から小さな試合が行われるらしい。おそらくそのために準備をしているのだろう、クレープ生地の焼けるいい香りが鼻をつつく。

 その香りで、俺は自分がとても腹が減っていることに気が付いた。

 俺は、えも言わぬ達成感に動かされるように、自然にそのキッチンカーに近づいていった。

「すみません。この、君も一瞬で糖尿病クレープってやつを一つください。」

 ちょうど生地が焼けたところだったのか、時間を待たずして、お兄さんはクレープを渡してくれる。

 早速一口食べてみると、気持ち悪くなるほどの糖分が、疲れた体に染みわたる。

 そのとき、

「お前、なにしてるん?」

 頭を、巨大な暴力を秘めた何かがつかんだ。その気配は、昨日戦ったオートマトンなど比べ物にならないように感じるほどであった。

「……………いや。」

 背中を、今までに掻いたことがないような量の汗が流れ落ちる。

「エンンコ詰めさすぞごら。」

 耳元でそうささやかれると同時に、俺の頭をつかむ手に力を籠められて、俺に頭蓋骨がミシミシときしむ音が聞こえてくる。

「………まじですみません。俺がばかでした。」

「おい謝って済むと思っとんのか?あ?」

 頭をつかむ力がさらに強くなる。

「…………いや、思ってないです。……あの痛いです。まじでこのままだと、頭の形変わっちゃいます。」

 少し彼女の力が弱まったと感じると、俺はすぐさま土下座に態勢を移動させる。

 ……一体俺はここ最近何回土下座をしているんだろう。

 人としての威厳が摩耗していくのを感じながらただ許しを請う。

「すみません。まじですみません。」

「あぁ?」

 しかし、彼女のそのオーラは収まる様子はない。

「もうしないので、もう一回金を貸してください。」

「貸すわけがないだろ。」

 彼女の声には、相当な怒りが感じられる。

なので、俺は土下座状態のまま顔だけを上げて、最大限さわやかに微笑む。

「ほら、クレープ半分あげるから。ね?」

 バゴン

 はい、普通に顔面蹴られました。

 結局四時間かけて歩いて帰りました。てへぺろ。



 俺たち二人は、集会の会場である、地下の広場に向かっていた。

 歩きながら先ほどスリして得た4000円をポケットの財布にしまいこむ。

 少しずつ西に傾き始めた太陽は、橙色の光を放つ。そして、隣で歩く彼の金髪はそよ風にそよぐ。不思議とその様子に心地いい安心と、少しだけの苦しさを覚える。

 その俺の視線に気づいたのだろう、彼は「なんだよ、顔になんかついてるか?」そう言ってはにかむ。

 俺はそれに首を振って「なんでもねえよ」と笑い返す。

 しばらく歩いて、たどりついた会場に入るために、コンクリートでできた先に進むほど薄暗くなっていく階段を下りていく。

 地下にある会場に入ると、西日の優しい光ももう入ってくることはできない。自然と自分の表情筋もこわばるのを感じる。

 足並みを少しもそろえずに周りをたたずむ人、人、人。そのすべてが、堅気じゃない気配を放ち、同じ方向を見て開始の時間を待っていた。正確な人数はわからないが百人は優に超える不良が集まっているのだろう。

 俺たちは、何とかしてその中を真ん中あたりまで進んで時間を待つ。

 ライブ会場のような熱気があたりに充満していて、むせかえるようなその暑さにいら立つ。そこは人が密集していて、肩がぶつかったり、後ろから足を踏まれることで、さらにストレスがたまる。途中で絡んだガキに殴られたところが痛むことも良くなかった。

 その時、前に進もうとする大柄な男の肩が、俺の肩にぶつかった。

「おいてめえ。」

 暑さとストレスで、本能的に相手の肩を強くつかむ。

 相手が振り返る。

「ああ?なんだてめえ。」

 あとから考えてみれば、彼もこの状況にストレスがたまっていたのだろう。その大きな手で、俺の胸ぐらをつかんでくる。

 俺も負けじと、相手の胸ぐらをつかみ返す。そして、お互いが拳を振り上げようとした時だった。

 カツン

 そうかすかな音が響いた。その微かなのによくとおる音で、会場にいる全ての人間が静まり返った。

 いつの間にか、ステージ上に十人ばかりの人影が立っていた。

 静寂の中その中心に立っていた、男が一歩前に出る。

 照明に照らされたその端正な顔をした青年は、言葉を発した。

「それでは第二十六回目、サンライト集会を始める。」

 その時俺は……何かが、確かに何かが動き出したことを本能で知った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

帰宅部な彼ら ゆきひら @yukihira4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ