第3話 長い一日

 昨日はあんなことがあったのにも関わらず、今日になったら、鈍い体の痛みだけを残して、いつものけだるい日常が返ってきた。

 ………そんな風に言いたかった。

 あたりに漂うタバコの香りと、鼻をつつく微かな加齢臭。

 俺は交番で、警官のおじさんとともに朝日を見ることになっていた。

「なんで私まで帰れないんだよ。」

 何度目かの怒号が隣から聞こえた。隣のパイプ椅子に俺と同じように座っている、少女は二枚の七のトランプを、机の上に投げ捨てながら、警官のおじさんに向かって叫んだ。

「知らねえよ。上から事情を確認し終えるまで帰すなって言われてんだからしょうがねえだろ。」

 もう中年に入り、もうすぐ初老が視野に入っていきそうなおじさん警官が面倒くさそうにそう答える。彼は、彼女から最後の一枚トランプを抜き取る。しかし、同じ数字ではなかったのだろう、机の上にカードが捨てられることはない。

 俺だって帰りてぇよ、とつぶやきながら手にしている二枚のトランプをシャッフルさせる彼の髪の毛には、ところどころに白髪が混じり、その眼はしっかりと死んだ社畜の目をしていた。

「でもなんで、たかが禁止区域に入っただけで、こんな大ごとになるんですかね?」

 中年警官の持つ二枚のトランプを、よく吟味しながら、彼の隣に座る若そうな警官がそう聞く。

「俺が知るわけねえだろ。どうせ見られたくないもんでも見られてないか確認したいんだよ。」

 そんなもんですか、と答え、幾らか逡巡した末に彼が取ったトランプは、手持ちと同じだったらしく、机にハートとクロバーのエースを捨てる。

 中年警官がちっと軽く舌打ちする。

 俺は、彼の手に残った一枚のカードを引き、案の定な絵柄を見る。

 中年警官が俺を見る。俺の手の中には二枚のカードが握られており、彼はそれを吟味し始めた。

 俺は右側にあるジョーカーを取れと、ぼんやりと心の中で思いながら、どうしてこうなったのかを思い出そうとしていた。

 中年警官は、俺の願いもむなしく、左側にあったスペードの2を取っていく。俺は一枚残ったジョーカーを机に捨てながら、眠くてぼやける思考の中で、今までのことを振り返る。

 俺が捕まっている理由、それは約3時間前までさかのぼる。


 

 俺はPHCVに乗ったまま、オートマトンが飛んで行った方に向かっていた。

 よくアニメなどであるような、倒していたと思っていたが、実は倒せていませんでしたパターンになったらシャレにならないからだ。

 しかし、それは杞憂に終わりそうだった。遠目に見る奴の体でさえボロボロで、近づくにつれ、さらに隅々まで壊れていることがうかがえる。

 もうやつの体から赤い光は漏れておらず、その赤い目は完全に光を失っていた。先ほどまでの戦闘が嘘のように、静かにその体は月が照らす荒野の中に横たわっている。

 心配を完全に消したいのならここでこいつを壊してしまうのが最善なのだろう。

 でも、なぜだか俺はそんな気分にはなれなかった。そして同時に心に居座っていた臆病な俺が姿を消すのを感じていた。もう少しもこのオートマトンが襲ってくるようには思えなかった。

 不思議とPHCVを降り外に出たくなる。

 しかし、先ほどの戦闘のことを考えると今すぐに外に出るのは危険なのだろう。

 椅子も安全ベルトも妙に苦しく感じるが、これが俺を守ってくれたのだと思うと煩わしく感じることはなかった。

 そして俺は深く礼をした。

 ……そうするのが自然であった。

 そして、俺はこの場から離れようとPHCVを操作しようとレバーを握るが、ちかっと何かが光るのを感じた。

 驚き、緊張感と共に目を向けると、オートマトンの目が少しだけ光っていることが分かる。

 彼の首の部分が、たどたどしく動き始めた。まだ動けるのかと思い、冷や汗が俺の背中を伝うが、やつの目は俺をとらえていなかった。

 ………人?

 彼の目の先を追うと、淡く光る大きな月が中学校の後ろに見え、その淡い光を背後に人影のようなものが見える。

 ……こいつの仲間なのだろうか?

 タイミングと、こいつの動きでそう考えてしまうが、それにしては、あまりにその影は、人間に似たそして、少女のような体つきをしていた。

 その現実味のない光景に俺の時間は一瞬止められてしまう。

 そしてふと我に返ったときにそこに彼女の姿はなかった。

 慌てて、オートマトンの様子を確認する。

 しかし、何も慌てることはなった。

 もうその赤い瞳に少しも光はない。ゆっくり、優しく彼は覚めない眠りについていた。


 視線を再び校舎のほうに向けるが、そこに少女らしき人の姿はもうすでになかった。

 ……気のせいだったのだろうか。

 そう思ってしまうほどに、今の光景のほうが自然で、先ほどの光景は現実感がなかった。

 ……まあ、気にしてもしょうがねえか。

 そう思って、オートマトンへと視線を向ける。

 こいつの体が風化していくのを見ているのも忍びないこともあり、俺は、赤い瞳のオートマトンの体に砂をかけ埋葬することにした。

 戦っていた場所が、中学校の校庭という事もあって、砂に困ることなくものの数分で彼の体を埋葬することが出来る。

「ゆっくり眠れよ。」

 そういって、手を合わせて少しのあいだ、黙祷する。

 瞳を開けて、もう一度やつの墓を見る。

 ……じゃあな

 心の中でそう呟いて、踵を返そうと、俺はPHCVのレバーを俺は力強く握った。

 敵だった俺たちに、それ以上かわす言葉など必要ないのだから。

 そしてそこで、やつの胸部にあった、赤いコアが外に転がって埋められてないことに、俺は気が付いた。

 ……………まじかよぉ、しまらねえよぉぉ。てか、また掘って埋めるのはめんどいかもぉぉぉ。

 変な汗でレバーを握る手が落ち着かない。

「………これは、戦果としてもらい受けるぞ。」

 そう強めにいって、それとなくコアを拾い、レーザー刀が入っていたところにそれとなく押し込む。

 そして、もう一度やつの墓をなんか真剣に見てみる。

 ………よし、これでごまかせたはずだぁ。

 ……じゃあな。

 心の中でそう呟いて、踵を返す。

 敵だった、俺たちにそれ以上かわす言葉なんて必要ないのだから。

 ………決まったよな?



 不意にポケットの中が震える。

 ………てか、今何時だ?

 振動の正体である、折りたたまれた携帯をポケットから取り出しその電源をつける。白く光る画面にはいくつかのメール受信の知らせが表示されており、最新のものを開く。

{ごめんなさい。今日も仕事が忙しくて帰りが遅くなりそうなので、夕食を自分で食べててください}

 という母からの連絡が届いていた。

 {了解です!}

 とだけ返信を返す。

 ……夕食どうすっかなぁ

 うちの両親は、共働きで、姉は数年前に一人暮らしを始めている。

 最近はさらに、仕事が忙しくなることが多いらしく、一人で夕食を食べることも多い。

 今の時代、共働きなんてのは当たり前で、そうしないと、社会も家庭も回らないのだからしょうがない。

 ただ、いつのまにか、夕食を楽しむことは少なくなってしまっていた。

 携帯画面の左上に表示される、時刻を確認すると、もう七時半を過ぎている。

 夕食のことを考えると、非現実感に浮きだっていた疲れが、現実味を帯びて重くのしかかってきた。

 PHCVを操作するのも億劫に感じ、安堵とともに現れた眠気に身を任せこのまま朝まで眠ってしまいたい衝動に駆られる。

 ただそうするわけにもいかない。

 ……行きつけのラーメン屋さんでも行くかぁ。

 そう意識を切り替える。

 疲れた体と頭で、地図を横目に見ながらPHCVを操作して、俺は帰路を走りだした。

 そうすると不思議と、だんだんと疲れや、心のしこりのようなものも遠くのものに感じ始める。

 少しずつ街に近づいてきているのだろう、しばらくすると周りに積み重なった瓦礫が目に付くようになる。周りを走るPHCVはもちろんなく、なんだかある特別感が心地よかった。

 そこでふとモニターの端に、何か人型のロボットのようなものが写った気がした。そして同時に、何か歌のようなものが聞こえた気がする。

 背中をサッと悪寒が走る。

 ………オートマトン?

 先ほどまでの戦闘が思い出せれ、俺はPHCVを素早く振り返らせた。

 自然に神経が鋭く研がれ、緊張が体中にいきわたる。気持ちの悪いほどに頭が冷静になる。どんな攻撃が来てもいいようにレバーを程よく力を抜きながら握りなおす。

 しかし、振り返ったPHCVのモニターに映った景色は、静かで、オートマトンに見えたのは一台のPHCVだった。

 そしてその隣に静かに月を見上げる少女がいた。彼女が来ているセーラー服の白色が月光を淡く反射させ、下半身の黒色は冷たく光を吸い込む。無駄に長いスカート、フィクションじみた不良の格好だった。

 月を見ている彼女の口元から煙草の白い煙が空に昇っていく。それは薄く月を隠し、そしてどこかへ流れて消えっていった

 彼女は振り返る。

 殺気が俺を動かなくする。その線の細い体が放つ殺気は、冷たく、痛みを感じさせないほどに鋭く研ぎすまされていた。

 その殺気はすぐに消えたのに、俺はしばらく時間が止まったように感じた。それほどまでに彼女は世界に冷たく、美しかった。

 どれぐらいそうしていたのだろう。長かったような、短かったような気もする。もうすでに、歌は聞こえない。

「……おい…お前。お前ってば。」

 声が聞こえた。

 夢かとも思ったが不良少女の顔がモニターに映っている。彼女は7GIの装甲をコンコン叩きながら、こちらに応答を求める。

 そこにはもう、先ほどの殺気は少しも感じられなかった。

 冷静になってみれば、動かないPHCV、動けないでいる人、これだけでなんとなく状況は察せられた。

 十中八九PHCVのエネルギー切れで動けなくなってしまったのだろう。

 俺は、とりあえずPHCVを下りて、外に出た。タバコの独特な香りが鼻をつつく。

 俺が下りていく気配を察したのだろう、先ほどより少しだけ、離れたところに彼女はいた。

 正直、近づきたくない気持ちもあるが、しょうがないので彼女のほうに向かう。

 改めて彼女の服装を見てみると、そのセーラー服にもうすぐで地面につきそうなほど長い黒い紺のスカートが目に映る。それは、今の時代見ることさえ奇跡に思う典型的なスケバンのカッコだった。

 ……てか、これで木刀持ってたら完璧だよ。ある意味感動だよ。

「ガス欠っすか?」

 俺は、彼女の前に立つとそう切り出した。

 改めてみると、その美しい顔立ちに少し驚く。切れ長の目、筋のきれいな鼻、透けてしまいそうな白い肌、そして光を飲み込むさらりとした髪の毛。

 彼女は俺を見ると、なぜか品定めをするように目を細めた。

 その視線は、鋭利な刃のように俺を緊張させるが、すぐにその鋭い空気はなくなり、彼女のきれいな形をした口が動いた。

「ああ、そうなんだ。悪いな、牽引してくれないか?」

「……了解っす。」

 俺は、確実に怒ったら怖い彼女から逃れるように、素直にうなずき、PHCVを移動させるために、再び、7GIの座席に戻った。

 PHCVには牽引のための連結機能があり、動かなくなったPHCVを運ぶことができるのだ。

 ちなみに俺は使ったことはないので、何とかなるのか不安だ。

 ……使ったことがないのはあれだぞ、別に友達がいなかったからじゃないぞ。ほんとだぞ

 そんなことを考えながら7GIを彼女のPHCVの前に移動させた。

 戦闘の時に見ていた説明書を取り出して、操縦席の上側のボタンを押して連結用のフックを出す。どうやらこれを、牽引ロープのように相手のPHCVにつなぐことで牽引することができるらしい。

 俺は再び7GIを降りて外に出ると、7GIの腰部分から連結用のフックがしっぽみたいに出ていた。

 説明書によると、後方への移動にも使うことができると書いてあり、さっきの戦闘で使えばよかったとか考えながら、スケバンさんのPHCVにあるフックの取り付け場所を探す。

 しかし、場所がわからず手間取ってると、隣で様子を見ていたらしいスケバンさんが俺のフックを取り上げた。

 そして、PHCVの取っ手のようになっているところに軽々とフックをかけてしまう。

「………」

 変な空気が流れる。

「……へえ。やるやん。」

 思わず、自分もわかってましたけど感を出すと、彼女はイラつきを隠さずに振り返る。

「あ?」

「………いや、なんでもないです。」

 いや怖えよぉ。スケバンの怖い部分まで完全再現されてるよぉぉ。

「じ、じゃあ、も、もう出発しますね。」

 強引に話を切り上げて、俺は再度彼女の鋭い視線から逃れるように7GIに乗り込む。

 

 操縦席に戻ると不思議な安心を感じる。ああ、一生ここにいたいかも。このままだとどこぞのパイロットみたいにここで生活するようになっちまいそうだ。

 チンピラさんがPHCVに乗り込んだことを確認して、ゆっくりと出発し、徐々にスピードを上げていく。

 そして、30キロくらいを維持するように道を走っていく。

 ちらりと、後ろを確認しても特に異常はなさそうだ。てか、戦闘してもまだ燃料あるとか、俺のPHCVめっちゃ燃費いいんだなとか考える。

 そして見覚えのある街が道の先の先に見え始め、自然と俺はスピードを少し上げた。

 夕食を食って、家に帰ったら、風呂に入って、ゆっくりと寝ようと。そしてそんなことを考えると気持ちが楽になる。

 知っている町に帰れることが、今は純粋にうれしい。

 走る。走る。無心で町を走り抜けていく。

 そして………立ち入り禁止の看板を過ぎたところで、大量の照明による光を浴びる。その暴力的なほどの明るさに面食らって、俺たちは待ち構えていた警察に捕まった。




「……寝みいな。」

 思わずそう口からこぼれる。

 すでにババ抜きが終わってから、六時間ほどが経っていた。

 その間に、よくわからんスーツの人と白衣の人たちに、チンピラさんと俺はそれぞれ事情聴取をされていた。

 とりあえず俺は、あったことを嘘なく話しており、今は、その後の処遇についての最終決定を待っている状態だった。

「うっせえ。そう言われると俺まで眠くなるだろ。お前は寝てもいいかもしれねえけど、俺たちは眠るわけにはいかないんだよ。」

 寝ていないせいで、ストレスが溜まっているのか、俺の小声のボヤキに対して、中年警察は容赦なくキレた。

「すんません。」

 彼は恨めしそうにいつの間にか隣で寝息をたてる若い警察官を横目でにらむが、起こさないところを見ると、不愛想な彼の気遣いなのだろう。

 灰皿に積もるタバコの吸い殻がこんもりと山を作っている。

 俺が眠りに落ちていこうとしたとき、

 プルルルル、

 交番の奥の部屋から、テンプレートな固定電話の呼び出し音が鳴った。

 プルルル、プルルル、と繰り返し催促するその音に、机に伏して寝落ちしていた若い警察官がもぞもぞと反応を示した。

 中年警官は彼の肩をゆすり、顔を上げさせると、奥の部屋にそそくさと消えっていった。

「もう朝ですか?」

 若い警官が目をこすりながら、力のない声で、俺に聞く。

「ほぼ、そうっすね。」

「まじか。寝ちゃってましたか俺。」

 とかなんとか話していると、奥から、中年の警官が帰ってきて、

「おいお前ら。二人とももう帰っていいぞ。長くなって悪かったな。」

 そう言った。

 投げ渡されたカギで何とか手錠を外して、自由になった手を上に伸ばし体を伸ばす。

 外に目を向けると、もう日は上がっていた。

 がらりと扉が開かれて、いち早く手錠を外していた少女が振り返ることなく外の世界に歩を進めていく。

 短気な奴だなと眠い頭で思う。

 そしてなぜだろうか。彼女の姿には、なぜか自由を感じなかった。

 結局彼女は一度も振り返ることなくその淡く白ばんだ世界へと消えていった。

「挨拶もなしか。……親が親なら、子も子というわけか。」

 彼は、結局彼女の親が彼女両親が彼女のことを迎えに来なかったことを言っているのだろう。中年警察の小さなつぶやきは、彼女にはもちろん届かない。

 俺は振り返って、二人の警官に頭を下げた。

「ご迷惑かけました。」

 二人は苦笑して。

「ああ、本当だよ。眠くて仕方ない。親が待ってるんだろう?早く帰って、こっぴどく叱られろよ。」

 そういう中年警察の隣で、若い警官も少し笑って見送ってくれる。

 そうだ、まだ俺には親に土下座で謝るという、イベントが待っていたのだ。

「そうします。」

 最後にもう一度だけ頭を下げてから、交番を出る。

 朝焼けの白い光に包まれて、俺は迎えに来てくれた、親たちを見据え、土下座への覚悟を決めたのであった。

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