異形の愛と悦び

marica

第1話

 私はスライムの女として、人間の男と結ばれている。とても可愛らしい人だ。

 所詮不定形である私だけれど、彼に愛の実感を与えるために、人型を保っていることが多い。

 人同士がするような交わりをしてみたり、手を繋いで語り合ってみたりすることに、彼は喜びを覚えるようなのだ。

 壊れ物を扱うように抱かれたり、私の手をそっと握ってきたり、私を守るべきものとして扱っているのが面白い。


 どちらのほうが強いかなんて、はっきりと分かりきっているのに。彼が百人いたところで、私の足元にすら及ばないのに。

 本当に可愛らしいことだ。目の前にいるのが化け物だと、本当の意味で理解できているのだろうか。


 そんな私達は一軒家で暮らしており、いつも私が食事の用意をしている。

 彼が手伝おうかと言ってくる時もあるけれど、私はいつも断る。私の手料理を食べてほしいし、隠し味は知られたくないからだ。

 大切なあなたに愛情を込めた料理を食べてほしいと言えば、彼は簡単に引き下がってくれる。

 もちろん本音ではあるのだけれど、秘密の心も抱えているのだ。


 私の手料理を食べてもらって、私を食べてもらって、毎日家ではとても満たされている。

 彼は別の種族ではあるけれど、心から私を愛してくれているという実感を得られるから。


 私達は毎日話して、キスをして、手を繋いで。とても満たされる日々だ。

 彼は私の愛の言葉をいつも受け止めてくれるし、必ず似たような言葉を返してくれる。

 似てはいるけれど、毎回工夫をこらした言葉で、だからこそ心が温かい。


 明らかに異形でしかない私に、やさしいキスをしてくれる。スライムとしての姿の私も、人に近づく時の私も、どちらの姿のときにも真摯に。

 見た目なんて関係ないんだという想いが伝わってきて、もっと愛おしさが強くなっていく。


 暖かさなど欠片もないであろう私の手を、しっかりと包み込んでくれる。心の熱が体に移るんじゃないかという錯覚をするほどに、気分が高まる。

 ときおり、スライムが水であることを活かして私が逆に彼の体を包み込むこともある。全身を体に取り込んでも、彼は抵抗など全くしない。

 ゆっくりと彼の全身に触れていても。彼の味すら感じたいけれど、感触だけで必死に我慢しながら。

 何もかもが受け入れられているのだと分かって、信頼されていると思えて、だからこそ幸福を返したくなる。


 彼は死がふたりを分かつまでずっと愛してくれると誓ってくれた。その言葉通り、これまで愛の不足を感じたことは一度もない。

 暇さえあれば隣にいてくれるし、私の想いを全部受け止めてくれるし、寂しさを感じたら抱きしめてくれる。濡れることも気にせずに。

 彼との物理的な距離も、心の距離も、何もかもが近いと感じられる日々を味わえる。彼には感謝しかない。


 きっと、どんな女が現れようが、何が起ころうが、彼は私を愛し続けてくれる。そう疑うつもりはない。

 どれほど歳を重ねても、変わらずに同じ気持ちでいてくれる人だと、何よりも行動が示してくれた。


 そんな、心から大好きな彼だからこそ、私は彼のすべてを手に入れたい。簡単に言えば、私の中に溶かし尽くしてしまいたい。

 私の栄養分として、私の一部として、彼の身も心も全て奪い尽くすのだ。

 人を食べられる化け物だと知って受け入れてくれた彼を裏切る発想であることは分かっている。それでも、欲望は常に浮かび上がってくる。


 私の一部となった彼を感じる時間は、とても甘美なのだろう。想像するたびに、彼の味がどんなものか知りたくなってしまう。

 スライムとして触れている限り、その気になればいつだって彼の味を知ることができる。

 ただ、いま味覚として彼を味わってしまうと、本気で食べてしまう自分が容易に想像できたから、我慢するのだ。


 彼を食べることはいつだってできる。彼の魂ごと全部溶かし尽くすことは。

 だけど、彼の体温を感じる時間も、彼の感触を感じる時間も、彼の声を聞く時間も、食べてしまえば失われてしまう。

 それを考えれば、ギリギリまで彼を食べないことが大切だなんて、言うまでもないことだ。


 いつ彼が死ぬかなんて、私には簡単に分かる。私の一部を常に食べさせているから、彼の体の大部分に私が浸透しているのだ。

 彼の食べるすべての料理には、私の一部が水分として混ざっているから。


 私と彼はいつでも繋がっている。お互いがどこにいても、何をしていても、すべてが伝わるほどに。彼の中にある私の端末が、どんなことでも教えてくれる。

 甘美なものだ。たとえ体が離れていても、私はいつでも彼を感じられるのだから。

 本当の意味で離れる瞬間なんてない。彼が生きている限り、私はずっと彼と繋がっているのだ。


 だからかもしれない。いま彼を食べてひとつになるという欲求が抑えられているのは。

 彼の味がどんなものか気になる。彼を私の中でひとつにする感覚も。

 だからといって、今だけしか味わうことのできない幸福を手放すつもりなどない。


 彼と結ばれる形でひとつになって、彼を私で構成させてひとつになって、やがて彼が死ぬ直前に、魂すら取り込んでひとつになる。

 想像でしかないが、きっととんでもない悦びが味わえるのだろう。

 その瞬間まで、彼の隣にいる喜びを、ずっとずっと味わっていよう。


 どんな未来が待っていても、ずっと一緒だからね。

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