第2話 ハロー ニュー ワールド Ⅱ
あたしは
「ミア、大丈夫か!?」
ミアは激しく咳き込みながらも小さく頷き、潤んだ瞳であたしを見た。
___あーしより、あの子の元に行ってあげて
ミアの瞳が出せない声の代わりにそう言っているようで、あたしはミアを信じて傷ついた少女の元へ戻る。その時、黒衣の少年と一瞬だけ目が合った。
「『死神』、また我らの邪魔をするか。ジェイソンのコアを破壊したのも、貴様なのだろう?」
「ジェイソン?あぁ、アイツか。本当はセントラルに送りつけてやるつもりだったんだけどな。アイツはあの後どうなった?」
白銀の仮面を付けた大男の表情は読み取れないが、今だけは笑っていることは分かった。
「ジェイソンは始末した。『アルマコア』を砕かれ、戦えなくなったやつに価値はないからな」
黒衣の少年の表情が険しくなる。
「お前ら、本当に変わっちまったんだな。アウターの裏社会の連中だったが、血生臭いやり方とは無縁だったろ?何がお前たちを変えたんだ?」
「答える必要はない、と言いたいが、あえて言うのならば.....この世界の秘密を知った、と言うべきだろうな」
あたしには、目の前の男二人の会話が何一つ理解できなかった。そもそもこの状況があまりに現実離れしすぎている。まだ理性を保てているのは、ミアと後ろで意識を失っている少女が生きているからだろう。
「世界の秘密.....。俺が倒したそのジェイソンってヤツも言ってたな。それはなんだ?」
「悪いが、それには答えられない。そろそろ死んでもらうぞ、『死神』」
大男が両方の拳を打ち付け合うと、それまでの空気が一変した。ぞわりとした、殺意の空気があたしの背中を撫でる。
それでも、少年は顔色一つ変えずに刀を構えた。夜の暗闇の中で、白銀の刀身が月と街灯の光を反射する。
一瞬の静寂の後、両者が構えを取った。
「アルマ___
その言葉と同時に、少年と大男の姿は一瞬の残像を残して消えた。
「.....っ!?」
激しい金属音と火花があちこちで散り、目でその姿が追えないまま、気がつけば少年はあたしのすぐそばに立っていた。
「なるほど。ジェイソンが負けるわけだ。『死神』の異名は誇張ではないようだな」
大男の分厚いコートの両袖はズタズタに裂け、その中には仮面と少年が持つ刀と同じ白銀に輝くグローブ___
「アンタもな。まだ全然本気じゃないだろ?」
「貴様が全力を出さないからな。見せてみろ、『死神』」
少年は、全身を包み込む黒いローブの襟を掴む。
「
そう言って少年___アヤトはローブを脱ぎ捨てる。
「え.....?」
その姿に、あたしは声を失った。
黒いローブの中から現れたのは___
半袖の黒いセーラー服と、同じく黒のスカートだった。
「お、女の子.....!?」
思わずあたしは叫んでしまった。
「違う!俺は男だっ!」
アヤトは少し頬を染めてあたしを睨んだ。それまでの張り詰めていた空気が、一気に別の方向へ逸れていく。
「だって、その格好.....」
いや、セーラー服は男も着るんだっけ?それでも、そのスカートは.....。
「なんだその姿は。まさか、それで動揺を誘うつもりか?」
大男ですら、さっきまでの殺気が薄れているような気がする。
「違うッ!これは俺の『師匠』が作った戦闘服で...っ、これがなきゃバウンダリィの結界とセントラルのセキュリティを掻い潜れないから、仕方なく着てるだけなんだよッ!」
そう言ってアヤトはごほん、と小さく咳をした。
「とにかくっ、これからが本番だ。悪いけど、あの時のジェイソンと同じく倒させてもらうぞ」
アヤトは刀の切先を大男に向ける。
「そうか。それならこちらも少し本気になるとしよう」
大男がボロボロになったコートの袖を破り捨てる。剥き出しになった白銀の
「こちらも名乗ろう。俺の名はガドベル。『イーヴィル』のメンバーにして『憤怒の悪鬼』。ジェイソンとは特別したいし仲でもなく、貴様に恨みもないが、我が組織の敵である以上、ここで死んでもらうぞ」
ガドベルは再び両拳を激しく打ち付けながら構えを取る。薄れていた闘争の空気が、再び重くこの場に漂う。
しかし、ガドベルはすぐに構えを解いた。
「ふん...命拾いをしたな?」
「どういう意味だ?」
アヤトは構えたままガドベルを睨む。
「指令だ。ここは引かせてもらおう」
「逃すわけないだろ」
「いいのか?そこの無関係の小娘三人、特に俺が殴り飛ばした娘は急がなければ死ぬぞ?」
ガドベルの言葉に、アヤトも刀を下ろした。
「...次に会った時は逃がさない」
「こちらの台詞だ。貴様だけではない。この場にいた全員、必ず我らが消す。『イーヴィル』の存在を知った者は必ず排除する。覚えておくのだな」
______え?
ガドベルは地面を蹴って夜闇に消えていった。同時に、最初に感じていた奇妙な感覚も薄れ始めている。
だけど、あたしと恐らくミアも、同じことを考えてるハズ。
これ、かなりヤバい状況なんじゃ___?
「.....おい、おーいって!」
ハッとして顔を上げると、申し訳なさそうな顔であたしを覗き込むアヤトがいた。
ちょっと顔近いぞ。
「ゴメンな。ちょっと...いや、かなりヤバい事に巻き込んじゃって.....」
アヤトはあたしの後ろで気を失っている少女を抱き上げる。
「とりあえず、ついてきてくれ。この場にいるのは危ないから」
「ついてきてって、どこに行くんだよ?」
「『アウター』だ。俺のいるチームもそこにいる」
あたしとミアは互いに目を合わせ、半ば諦めたようにアヤトの後を追う。
時刻は深夜2時前。時間にすれば一時間も経たない内に、あたしとミアの世界はがらり変わってしまった。
* * *
「ミア、喉は大丈夫か?」
「うん。ちょっとアザできちゃったけど、これくらいならすぐ治ると思う」
少しホッとした。もし喉が潰れていたら、なんて考えたくもない。ミアの歌が聴けなくなるのはイヤだ。
「ところで、アウターに行くって言ってもどうやって?セントラルの正式な許可が降りないとバウンダリィから外には出られないんだぞ?」
「俺もさっきのデカいヤツも、元々はアウターからここへ来たんだ。アイツはコート、俺はこのローブを使ってな」
アヤトが足を止めた場所は、あたし達も見知った場所だった。アウターとバウンダリィを区切る境界線。アルマで構成された半透明の、いわば『結界』だ。この先に進もうとすれば、一度目は警告、二度目からは即座にセントラルのセキュリティに連絡が入る仕組みになっている。
「二人とも、俺のローブに触れてくれ。俺が言うまでローブから手を離すなよ?」
あたしとミアは言われた通りに、アヤトのローブの端を摘んだ。
「じゃあ、行くぞ」
アヤトの後に続く。本来ならば、ここで結界から警告のアナウンスが鳴るはずだけど.....
「なにも、起こらない.....」
「まだ手を離すなよ?目に見えてないだけで、このセキュリティラインは結構広いんだ」
結界の外へ足を踏み入れた瞬間、空気が一変したのを肌で感じた。似ている、あの時の感覚だ。
結界越しにアウターの景色は何度か見たことはあったけれど、実際に歩くのは産まれて初めてだった。
「本当に、何もない...」
建物らしい建物はなく、整備のされていない荒地のような場所がどこまでも続いていく。
あたしはふと、離れていくバウンダリィの景色を横目で見た。一瞬、変な考えが浮かんでしまう。
___もしかしたら、もう帰れないんじゃ...?
「サチ」
ミアの声に、びくりと肩が震えてしまった。
「な、なに?」
「あーしも今、サチと同じこと考えてる気がする。もしサチがいなかったら、あーし、泣いてたかも」
「ミア.....」
「でもね、サチが一緒だから、まだあーしは大丈夫だよ。それに.....」
ミアも横目でバウンダリィの景色を見た後、顔を見上げた。
「あーし、こんなに広い星空を見るの初めて!学校の屋上とかで見るのとは全然違う!」
あたしもミアに並んで夜空を見上げた。雲一つない星空は、確かにいつもの街から見る景色とは違って見えた。
「だから、ね。多分、きっと大丈夫だよ」
ミアの声は震えていた。
「あぁ、大丈夫だ」
答えたのはアヤトだった。
「俺と、俺のチームメンバーが必ず守る。この問題が解決したら、みんな元の日常に戻れるようにする。約束する」
後ろ姿のまま、だけどアヤトの言葉には妙な安心感があった。
「.....よし、手を離していいぞ。ここがアウターの街、『ミークリィ』だ」
アヤトの視線の先には___
「何も、ないけど.....」
そう、荒地が広がるばかりだ。
「バウンダリィと同じさ。アルマの結界に入るんだ」
あたしとミアはアヤトがいる場所まで歩く。そして___
「わ....!」
見えない結界の内側へ入った瞬間、荒地だった場所に街が広がっていた。バウンダリィのようなアパートやビルではなく、木とレンガで作られた建物がどこまで並んでいる。
「少しの間だろうけど、改めて。ようこそミークリィ
街を代表するかのように、アヤトはあたし達に微笑んだ。
アルマ バース アウター @get_rabbit
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