アルマ バース アウター

@get_rabbit

第1話 ハロー ニュー ワールド Ⅰ

 午前7時。枕元に置いたスマートフォンと、机に置かれた目覚まし時計が同時に鳴り響く。スマホからはレトロなアラーム音が、目覚まし時計からはポップなアラーム音が鳴り、絶妙な不協和音が部屋を満たしていく。

 あたしは唸りながらスマホのアラームを消し、深夜まで観ていたVエンサー(バーチャル・インフルエンサーの略)がプレイしていたゾンビゲームのゾンビのような足取りで机の目覚まし時計を消した。シャワーを浴び、ネットニュースとSNSを眺めながら朝食を済ませる。

 今日は終業式。明日から夏休みだが、あたしは特にワクワクするとか、明日から何をしようとか、何も考えていなかった。部活動には所属していないし(してたってどうせ大した結果も残せないし)、夏休みに遠出をする予定もする気もなかった。早々に宿題を済ませて、後はクーラーの効いた部屋でダラダラと過ごす。これがこの世界で普通の女の子として産まれたあたしの精一杯。制服に着替え、戸締りを済ませ、あたしは外の空気をため息交じりに吸い込んだ。


「あたしもあんな風に、空でも飛べたらなぁ...」


 見上げた青空には大きな鳥___ではなく、あたしと同じ制服を着た少女が空を飛んでいた。背中に白い翼を広げ、あたしの真上を通り過ぎていく。まるで絵本に出てくる天使のようだ。


「くそぅ、生意気にスパッツなんか履きやがって。ジャージ履け、ジャージ」


 あたしはぶつぶつ言いながら自転車に跨り、学校へ向かった。さっきシャワーを浴びたばかりなのに、夏の暑さでもう額に汗が浮かぶ。そうしてあたしは、いつもの場所でスマホをいじりながらあたしを待ってくれている一人の少女の前で自転車を止めた。


「お、サチおっはよ〜」


 あたしの唯一の友達、豊条ミアがひらひらと手を振る。褐色の肌と黄金色の髪、大胆にシャツのボタンを二つも開けて見せつけている胸元は、本当にあたしと同じ十五歳なのかと思いたくなるボリュームだ。


 ___まぁあたしも頑張れば一つ開けてもいいくらいはあるけどね。


 そして、そんなミアの頭には、可愛らしい大きな黒い猫耳が生えている。さっきの白い羽の生えた少女同様に、この世界ではこのような姿の人間は珍しくない。彼女たちは『アルマ』によって進化した次世代人類『ネクスト』だ。


『アルマ』___今から千年以上前に人類が発明したナノマシン。"究極のナノマシン"だとか、"人類の叡智の終着点"だとか色々言われていたらしいは、世界に数えきれないほどの技術革新をもたらした。かつて夢物語フィクションと言われていた『魔法』や『異能力』、『超能力』、『亜人種』といった存在を、アルマはこの世界で"現実"にした。

 しかしそれがどんな結果をもたらすかは、子供のあたしでも簡単に想像できた。アルマを使った『最初で最後の戦争』によって世界はあっけなく崩壊した。

 そうして今、国という概念が失われ、世界は二度とアルマを使った争いが起きないようにと、アルマを制御し管理下に置くシステム、『ドミネーションタワー』を持つ中心都市『セントラル』と、その周りであたし達が暮らす境界都市『バウンダリィ』、未だにセントラルが手付かずらしい、ドミネーションタワーによる管理外の地区『アウター』の三つに世界は区分されている。


 もっとも、あたしはこの世界ではなんの力もない普通の女子高生だ。アルマの恩恵で『常人より肺活量が多い』程度のものがあるらしいが、それなら隣でスマホをいじっているミアは1メートル以上ジャンプできるし、壁を三角飛びしたり、しつこいナンパ男を蹴りで地面と垂直にフッ飛ばしたりできる。それに比べれば、あたしはなんてちっぽけな存在なのだろう。別に深く気にしてはいないけど。


 ______本当に?




 終業式を終え、教室は明日からの予定で色めきだっていた。あたしは誰とも話すこともなく宿題やノートを鞄に入れて教室を出る。廊下にはすでにミアが待っていた。


「サチ、一緒に帰ろっ」


「.....うん」


 ちょっぴり恥ずかしくて、やっぱり嬉しかった。


「ねぇ、夏休みの予定とか組んだ?」


 アイスを食べながら、ミアが尋ねてくる。


「あたしにそれ言う?」


「いや、あーしもさ、特に予定ないんだよね」


「あたしら部活とかサークルとか何も入ってないもんなー」


 ふいに、ミアが足を止めた。


「あーしら、ホントにこのままでいいのかな.....」


「ミア?」


「ううん、なんでもない!明日から夏休みなんだし、さっそく今日は"ぶれいこー"にしよっ!」


 ミアはぱあっと笑ってあたしの腕を引いた。ゲーセンで遊び、オシャレなカフェでだべって、夜中までカラオケで歌った。ミアは歌とダンスが上手だ。中学の頃まではアイドルを目指していたらしい。そんなミアがアイドルを諦め、髪を金に染めて、こうしてあたしと深夜まで遊ぶようになったのは、きっとなのかもしれない。


「いっや〜!歌った踊った♪やっぱりあーし、歌うの好きだな〜!」


「今日のミアはスゴかったな...。踊ってるときのが.....」


「あっ、サチのえっち!そういうとこ変わんないよねー」


 あたしは笑って誤魔化しながらスマホを見る。とっくに日付は変わって、深夜1時になろうとしていた。


「こんな時間になっちゃってたんだ。ねぇサチ、もういっそこのままどっかのレストランとかでオールしちゃう?」


「オールって...あたし、今そんなに金がな___」



 一瞬だった。



 一瞬で、。そんな感覚がした。


「.....え?」


 突然、そのまま海の中に潜ったように、肌で感じる空気が変わった。隣にいたミアも、呆然と立ち尽くしている?


「ミアも、感じた?」


「うん...なに、これ?なんか.....ヘンな感じがする」


 あたしとミアは周りを見渡すが、誰かに見られているわけではなかった。それでもまだ、この奇妙な感覚は無くならない。


「なんだろ...サチ、早くどっかいこ?なんかここ、気味が悪___」


 その瞬間、何かが風を切った。


 ぐしゃり、という音と共にあたしとミアの間を何かがすごい速さで通り抜けた。

 同時に、顔に何かが飛んできた。頬についたそれを手で触るとぬるりとした感触がした。


 ______血?


「.....ッ!!」


 それを理解した瞬間、あたしとミアは後ろを振り返った。

 通り抜けたものは、人___それも、あたし達と同じ制服を来た少女。

 血塗れのその子の背中には、ズタズタになった白い翼があった。


(もしかして、朝に見たあの子.....!?)


「あーし知ってる。この人たしか、二年の先輩!でも、なんでこんなことに...!?」


「とにかく救急車と、セントラルに連絡しよう!悪いけどミア、その先輩を抱えてここを___」



「その必要はない」



 後ろから聞こえてきた声に、あたし達は振り返った。


「なに、あんた.....」


 月明かりに照らされたのは、まだ暑さのある夏の夜だというのに、分厚い黒いコートに身を包み、金属質の仮面を被った大男だった。耳の上の側頭部からは夜闇に溶け込みそうな漆黒の角が伸びている。


 あたしもミアも、すぐに確信した。これは全てあの男が元凶だと。同時に自分たちが今、命の危機に晒されていることも。


「さ、サチ.....その先輩抱えて、ここから逃げて...!」


「は...?何言ってんの!?ミア、何する気だよ!」


「あーしがなんとかするから、そのうちにセントラルに連絡して.....!」


「無理に決まってるだろ!どう見ても、殺されるぞ!」


「でもこのままだと、あーしらも殺されるでしょ!?」



「そうだ。見られたからには、お前たちはここで殺す。こんな時間まで出歩いていた事、後悔しながら死ね」


 仮面の目から赤紫の光が漏れる。くぐもった声は、そのまま冷たいナイフのようにあたし達の首筋を撫でた。


「あ、あーしをナメんなぁッ!!」


 ミアが地面を蹴り上げる。格闘技の一切を知らないミアであっても、アルマによって底上げされた身体能力から繰り出された回し蹴りは、静寂な夜に重い衝撃音を響かせた。


「.....それで終わりか?」


 みぞおちの辺りを狙ったミアの回し蹴りを受けても、仮面の大男は平然としていた。


「ッ!!?あう"ッ!?」


 蹴り上げた姿勢のまま呆然としていたミアの身体が宙に浮いた。あたしも、掴まれたミアも反応できないほどの速度で男がミアの首を掴み上げたのだ。


「やはり"アルマユーザー"ではなかったか...。もういい、死ね」


「か....ッ!?あぁあ".....!!」


 ミアは必死に抵抗しながら男の手を外そうとするが、男の力はむしろ増していった。


「や、やめろ!!ミアを放せ!」


「安心しろ、この娘の首をへし折ったら次はお前だ」


 抵抗が弱まっていくミアに、男はとどめの力を込めようとする。


「や、やめ___ッ!!」



 その瞬間ときだった。



「______!」


 男が何かを察し、ミアを放り投げで後ろへ跳ぶ。同時に黒い何かが、地面にひびを入れるほどの速度で落ちてきた。


「.....貴様か、『小さき死神』」


「あぁ、その名前で呼ぶのはやめてほしいけどな」


 夜空の闇がそのまま落ちてきたかのような、仮面の大男と同じく全身を包み込むような黒いローブを纏った小柄な少年。その手には、大男の仮面と同じ白銀の輝きを放つ、一振りの刀が握られていた。


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