第24話 鳴海 涼 ✕ 夏の終わり
私はその日の朝、何故かいつもより早く目が覚めた。休日の為、二度寝をしようかともう一度タオルケットを頭に被ったが一度なくなった眠気は戻って来ずベッドから出る事にした。
そしてTシャツにパンツに着替ると、いつもの様に洗面所に行き簡単に身支度を整えてリビングに行く。
私が休日の朝に早く起きても特にする事もなく、リビングでカフェ・オレを飲んでいると引き戸の外から見たことのある尻尾が見えた。
カップをテーブルに置き急いで私が引き戸を開けて確認するとそこにはよく知っている猫がいた。
「ササミ」
ササミは茶色く変色したクチナシの花を咥えて我が物顔で引き戸の外を歩いている。
私は引き戸を閉めるといつかの様に急いで玄関に向かった。尚人さんの葬儀以来、沙奈に会えないでいたが、何となく今なら沙奈に会える様な気がしたからだ。
玄関を開けると掃除した筈の場所に茶色く変色したクチナシの花がぽつんと1つ置いてあった。私はそれを見下ろすと直ぐに道路に出ようとするササミの背中に視線を向ける。
こうやってササミの後を追いかけ私は沙奈に出会ったのだ。
私がササミの後を追いかけるように真っ直ぐに沙奈の家に行き、洋風の門扉を軽く押すと私を誘い込む様に簡単に開いた。
そして私が沙奈の家の庭に入ると一番奥にワンピース姿の沙奈がいた。
「おはようございます。涼さん」
庭の1番奥に沙奈はいた為、その声は私には届かなかったがいつもの沙奈だった。
「沙奈、もう大丈夫なの?」
「はい、ありがとうございます」
沙奈に私が駆け寄ると沙奈はガーデニング用の鋏を持ったまま私の顔を見ずに答えた。兄が亡くなり気落ちしているかと思っていた沙奈は、初めて会った時の様に穏やかな笑みを浮かべている。
「それでこんな朝早くから庭の手入れをしていたの?」
「はい、要らない花は刈り取らなきゃないですからね」
沙奈は声を出さずにに笑うと花の根本からクチナシの花を切り落とした。そんな沙奈の足元には茶色に変色した花が沢山落ちている。
「これ沙奈が全部やったの?」
「はい、涼さんは知らないかもしれないけど、クチナシの花って自然と落ちないでそのまま枯れちゃうんです。だから汚い花は私が全部切り落としてあげるんです」
足元に落ちている花と異様に明るい沙奈の声に私の背中を冷や汗が伝った。何故だろう今日の沙奈は見た目は沙奈だけれど、いつもと違う気がする。
「汚い花ってそんな言い方……」
「汚い花は汚い花ですよ。人間と同じ、汚い花は刈り取らなきゃ邪魔です」
兄が亡くなったばかりなのに、沙奈は笑いながら花を切り落とす様な人だっただろうか?
私は得体の知れない恐怖に駆られた。
「人間と同じって意味が分からないよ」
「人間と同じですよ。汚い花は汚い人間みたいに消さなきゃダメなんです。」
沙奈がクチナシの花を切り落とすとシャキンと鋏の音がなる。
「今回は失敗しちゃったけど、もう私の邪魔は出来ないですしね」
「沙奈、何のことを言ってるの?」
これ以上は聞いてはいけない。私の中で何かが警告したが私は聞いてしまった。
「本当は梓さんにいなくなって欲しかったのに、間違ってお兄ちゃんがいなくなっちゃった。けどこれでもう誰も私からお兄ちゃんを取れないよね」
笑顔で私に顔を向ける沙奈に私は分かってしまった。尚人さんを殺したのは沙奈だ。
私はドクドクと早くなる自分の鼓動に落ちつけと頭の中で語りかける。そして平静を装う様に作った笑顔を顔に貼り付け、いつもと同じ口調で話す。
「そうなんだ。そういえば私まだ何も食べてないからそろそろ帰るね。沙奈もちゃんと食べないとダメだよ」
私は沙奈に背中を向けて、この家の庭から出る為に門扉に向かって逃げ出したい気持ちを抑えてゆっくり歩いた。
「涼さんもしっかり食べて下さいね。じゃないと私とずっと一緒にいれないから」
後ろから聞こえてくる沙奈の声に私は声を出す事が出来なかった。けれど門扉から出る寸前、貼り付けた笑顔を崩さずに沙奈に片手を上げて振る。それが私の限界だった。
そして自宅の玄関の中に入ると膝から崩れ落ちる様に私は座りこんだ。
このままここにいてはダメだ。早く逃げなくてはいけない。私はそう思うのだった。
魔女の花が囁くとき 黒猫ゆうみ @tibita28
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔女の花が囁くときの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます