第23話 高田 沙奈 ✕ 現実と悪夢

薄暗い部屋の中で私はエアコンも使わずスマホをいじっていた。

けれど自分の意思とは関係なくスマホをいじる手に私はこれが夢だと直ぐに気づいた。


私はスマホをリビングのテーブルの上に置くと、電気も点けずにリモコンでテレビの電源を入れた。そして面白くもないニュース番組を眺める様に見ている。

暫くすると普段は見ないバラエティー番組に変わったが、チャンネルを変える事はなくそのまま見ている。 

もう外は真っ暗だ。カーテンを開けっ放しにしていても入ってくる光は外灯と月の灯りだけで、あとはテレビの明かりだけで部屋の中は暗い。

 

私はおもむろにスマホを手に取ると時間を確認する。そしてテレビの電源を切ると、ソファーの上に置いていたミニバッグにスマホを入れて、肩にかけ立ち上がり玄関に向かった。

私は一体何処に向かおうとしているのだろう。

 

外灯の明かりだけを頼りに私は高台の上に向かって歩いていた。私の住む高台の住宅街はコンビニ等の買い物が出来る場所は下に有り頂上には公園しかない。花火大会の時ならばいざ知らず、特にイベントのない平日の夜は殆ど公園に人が来る事もない為、上に行く程に人気はなくなっていく。


私は公園の駐車場に着くと、まわりをキョロキョロと見回してから公園に入る為の階段を登った。この階段はかなり傾斜がキツイ為、足元をよく見て登らないと危ない。しかも夜なら尚更だ。


私は階段の上に登るとそこから移動する事もなくバッグからスマホを取り出した。そして時間を確認すると再度バッグにスマホをしまった。

すると程なくして駐車場に1台の車が入って来た。その車は私がいる階段の上からよく見える外灯の下に停まった。

それはよく知ってる私の兄の車だ。


兄は運転席から降りると迷う事なく私がいる公園の中に入る為に階段を登ってくる。私がその様子を上から見下ろしていると不意に兄と目が合った。兄はそれに気付くと優しく笑った。


「沙奈、こんな所に俺を呼び出すなんてどうしたんだ?」

「うん、急にお兄ちゃんと話したくなったんだけど、たまには違う場所で話すのもいいかと思って」


仕事帰りだろう兄は特に怪しむでもなく私に近付いて来る。私も兄に近付く様に階段の側に行くと兄は階段を上まで登り足を止めた。


「そうか。けど公園なんて子供の頃、沙奈と遊んで以来だな」

「うん、そうだね。今は2人で出掛ける事なんてなかなかないしね」

「そうだな。俺も仕事が忙しいからな」

「それにお兄ちゃんもうすぐ結婚するしね」


私が寂しそうに目を伏せると兄は何かを感じ取ったのか顔を歪めた。


「もしかして沙奈、俺の結婚に反対なのか?」

「……反対というか、梓さんにお兄ちゃんを取られそうな気がして……」


兄の言葉に歯切れ悪く答えると兄は息を吐いて私の頭を撫でた。


「俺が結婚しても俺達が兄妹なのには変わらないだろ」

「でも……」


優しく幼い子供に話しかける様に話す兄に私は下を向いたまま唇を噛み、涙が溢れそうになるのを我慢する。そして強く拳を握り締めた為、爪先が皮膚に刺さる。

  

「お兄ちゃん最近帰りが遅いし……」

「それは仕事が忙しいからだよ」

「ホントは梓さんと一緒にいるからじゃないの……」

「そりゃ結婚の話を進める為に梓といることもあるよ」


兄が溜め息を漏らすと私の中で何かが切れた。そして私は兄の上着の脇の下を掴みかかる様に両手でキツく握り、兄の体を揺すぶる。

  

「何でよ!!お兄ちゃんは私をずっと守ってくれるんでしょう!!」

「ちょっと、沙奈、危ない!!」


兄が叫ぶのと同時だった。兄はバランスを崩し、直ぐ後ろにある階段から足を踏み外して後ろに倒れた。そしてそれに私が驚いて兄の上着から手を離してしまった為、そのまま兄は階段の下に落ちてしまった。


一瞬の出来事だった。 

私は最初何が起きたか理解出来ずその場から動けずにいたが、直ぐに我に返ると急いで階段の下に降りて倒れている兄に駆け寄った。

そしてアスファルトに頭を打ち付け血を流し、目を閉じたまま動かない兄の様子にもう死んでいる事を悟った。


私は動かない兄の体を抱き締めると声を出さずに笑った。もう兄が誰かに取られる事はなくなったのだ。

そしてバッグからハンカチを取り出すと、ハンカチに包んであったピアスを一つ兄の側に置いた。

私はあの夏祭りの夜の帰り、自宅の駐車場に着いた時に後部座席のシートの間に落ちでいたピアスを拾っていた。私から兄を奪おうとする梓さんが困ればいいと思ったのだ。


何故、こんな大事な事を私は忘れていたのだろうか。けれど思い返してみれば私は昔からそうだった。嫌な事があった後はすっぽりと記憶が抜けている事があった。

幼い頃の私は私はの中にお友達が1人住んでいて、私が困るとお友達が助けてくれると思ってその事をぬいぐるみに話していた。

だから今回もきっとお友達が助けてくれたに違いない。

私は疲れたからちょっと休もう。

そして私の視界は音もなく真っ暗になった。


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