第22話 高田 沙奈 ✕ 絶望

通夜の翌日、予定通りに淡々と兄の葬儀は行われた。弔問客は殆どが兄の大学時代の友人や病院関係者だ。

その人達に父の隣で頭を下げひと通り葬儀が終わると火葬場に親族で向かったが、その間父が兄の死をいたむ言葉を発する事はなかった。


私は火葬場で兄の遺体が焼かれるのを待ちながら嘆息した。

「お母さんなんで来ないんだろ……」

誰にも聞こえない様な小さな声で呟くと、私はいたたまれなくなって逃げる様に化粧室に行った。そして手洗い場の前に立つと鏡に映った自分の顔を見つめる。

酷い顔だ。

兄の死からまともに眠る事が出来なくなった私は、寝不足と疲労で死んだ様な目をしている。メイクでかろうじて青白い顔を隠しているが、親しい人にはきっとバレてしまうだろう。

けど父はそんな私にも気付いてないだろうから、逆におかしくなってくる。

私はメイクを軽く直すと化粧室のドアノブに手をかけたが、外から聞こえてくる声にその手を止めた。


「兄さん、なんで葉月はづきさんはここにいないんだ?」


化粧室のドア越しに聞こえてくる声は父の弟、つまり私にとっては伯父の声だ。そして伯父が言う葉月さんとは高田葉月たかだはづき父の妻、私にとっては母だ。

伯父が父した質問は兄が死んで父が私の家に来てから、私もずっと気になっていた事だ。私は息を潜めると2人の会話をそのまま聞いた。


「あいつは尚人の実の母親じゃないからな。ここには必要ない」

「何言ってるんだ。仮にも葉月さんは兄さんの妻だろう」

尚人こどもには母親が必要だと思ったから後妻に迎えてやっただけだ、だから尚人が死んだらもう必要ないだろう」


ドア越しの言い争う様な声に血の気が引いた。

母が兄の葬儀に来ないかったのは父の所為せいだった。しかも兄だけでなく、母も父にとっては道具なのかと思うと言葉が出ない。


「それじゃあ沙奈ちゃんはどうなるんだ?大好きだったお兄さんが死んでショックだろうし」

「沙奈はそうだな。尚人が死んだら私の跡を継ぐ者がいないからな、うちの病院の医者と結婚してもらう」

「何だよそれ!!」

「仕方ないだろう。尚人がいなくなったから婿養子を迎えるしかないんだからな」


声を荒げる伯父に対して平然と答える父に目眩がした。

兄がいなくなって、私から母をうばって皿に父の為に私に身も知らぬ医者と結婚しろと言うのか。


その後はショックのあまり、父と伯父の声は何処か遠くで聞こえる声の様に私の耳には届かなかった。化粧室の中で呆然と立ち尽くす私の中で何かが壊れた。

家に帰って眠りたい。この世界から逃げ出したい。そんな言葉が私の頭の中に浮かんだ。


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