第8話 応報

 いよいよ最終回。メインストーリーは前回で終わり、今回は後日談とざまぁですが、主人公が天寿を全うするところまで言及します。苦手な方はご注意を。

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 かくして、私は還俗げんぞくしてタリアン殿の妻に迎えられることとなった。


「それじゃあエイミー、後のことはよろしく頼むわね。」


 長年連れ添った相棒に、後事こうじを託す。


「ええ、ご心配なく。後進も育ってきていますしね。実は、目途が立ったら私も還俗して結婚することになっているんです」


 え? 初耳なんだけど。


「本当? それはおめでとう。お相手は誰なの?」


「えーっと、ジンド公の御子息で……」


「は? フェイス殿? い、いつの間に……」


 確かに、あれ以来フェイス殿はちょくちょく顔を見せるようになり、王都に戻ってからも、神殿をよく訪れていたのだが……、まさか、エイミーが目当てだったとは。


「本来なら、下級貴族の庶子しょしに過ぎない私とでは、身分が釣り合わないのですけどね。年齢としも私の方が七つも上ですし……。でも、どうしても言ってくださって。

 まあ私も、どこかの聖女様のおこぼれで、還俗の暁には名誉爵位をいただけることになっていますから、それでなんとか」


 フェイス殿が無理を押し通して、側室ではなく正妻として迎えて入れてくれることが決まっているのだという。


「そう、おめでとう」


 心からの祝福とともに、エイミーをぎゅっと抱きしめる。相棒は恥ずかしそうにしながらも、私の体を抱きしめ返してきた。



 そして、タリアン殿――もとい、タリアンとの甘い新婚生活が始まるかと思いきや、試練はまだまだ終わらなかった。

 アンゴルモア帝国との国交樹立のための外交使節団。その団長に、タリアンが選ばれたのだ。

 激しく戦火を交えた国への使者。一歩間違えれば首をねられかねない危険な役目だ。


「シュラウドのやつ、もしかしてそれが狙いなのでは?」


「まあまあ、そう疑心暗鬼にならずに。ベルトラムの未来にかかわる重要な任務だからね」


 そう言って、タリアンは穏やかに笑う。しかし、その笑顔は次の私の言葉で引きつった。


「ああそうそう。私も治癒術士として使節団に同行することになったから」


「は? き、君はまたそんな危険な……。いや、わかった。君の安全はこの身に代えても守ってみせるよ」


 何だか悟りを開いたような表情のタリアンに、頼りにしてるわと微笑みかける。


「お父様、お母様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 出立の日には、十四歳になったクリス君が寂しさを懸命に噛み殺した顔で、私たちを見送ってくれた。

 うう、可愛いなあ。「お母様」と呼ばれるのはまだちょっとくすぐったい気分だけれど。


 アンゴルモアへの旅については、またいずれ語る機会もあるだろう。

 結論だけ言えば、国交は無事結ばれた。ベルトラムの独立は堅持しつつ、アンゴルモアの顔も立てる――。非常に難しい交渉を、わが愛する夫は見事に成功させた。


 帰国した私たちは、ようやく平和な生活を送れるようになった。

 もっとも、元々名門貴族であり、軍事に外交に多大な功績を上げて、元王妃を妻に娶ったタリアンは、ますますシュラウドから警戒されるようになり、さりとて手も出しかねる、という緊張状態が続いてはいるのだが。


 タリアンは周囲の人望も厚いものの、彼らがいざという時どれくらい頼りになってくれるかは未知数だ。

 先の公開プロポーズの時だって、タリアンは何人かの親しい貴族たちに、賛意を示してくれるよう根回しをしていたらしい。しかし、蓋を開けてみれば皆宰相シュラウドはばかって、誰も口火を切ることが出来なかった。

 そんな中、空気を読まずに真っ先に拍手してくれたのはフェイス殿であり、長年密着していたシュラウドの意向に背いてまで流れを変えてくれたのはハーヴォン殿だった。彼らはシュラウド寄りの人間だと考えて、話を通していなかったにもかかわらずだ。


 ちなみに、そのハーヴォン将軍は、やはりシュラウドの不興を買い、先のいくさの恩賞という名目で国境付近の領地を与えられて、国境の守備を委ねるという建前でていよく中央から遠ざけられてしまった。巻き込んでしまったようで誠に申し訳ない。

 せめてもの気持ちとして、私お手製の滋養強壮薬を送っておいた。お元気でいてくださったら幸いだ。


 まあそんなわけで、色々心配事はあるものの、穏やかな日々が続き、私たち夫婦の間には、ソランという息子とケイトという娘も誕生した。クリスも相変わらず私のことを慕ってくれているし、毎日が賑やかで――とても幸せだ。



 さて、宰相シュラウドは、なおもこの国の権力を一手に握り続けていた。政治家としては無能とは程遠く、先のいくさでも、いささか頼りないカイン国王を叱咤し、その指導力のほどを見せつけた。

 彼の権勢は永遠に続くのではないかという錯覚さえ覚えるほどだったのだが――。


 転機は突然に訪れた。


 先のいくさから十年。おのれの権勢をこの先も盤石にしようと考えたシュラウドは、カイン王とシフォン姉様との間に生まれたホアン王子に、孫娘を娶らせようとした。

 シュラウドは今の妻である私のお母様との間には――私にとっては幸いなことに――子供は出来ず、前妻との間に生まれた娘が一人いるだけ。その娘がシュラウド派の貴族に嫁いで生まれた孫娘を、次代の王妃に立てようと目論んだのだ。


 しかし、ホアン王子にはすでに恋人がいた。カイン王の兄リューエル殿の忘れ形見――失意の彼を献身的に世話し続けた侍女との間にもうけた娘と、想い合っていたのだ。


 恋人との仲を引き裂かれることを受け入れられなかった王子は、異父兄であり異母姉の夫であり恋人の異母兄でもあるファンドールらとともに武装蜂起し、父カイン王を強制的に退位させ、国政をわたくしした罪でシュラウドを逮捕投獄した。


 名将ハーヴォン殿――もう若くはないとはいえ――を、忠実な子分として側に置いていたなら、そう易々やすやすと縄目の恥辱を受けることはなかったかもしれないのだが。


 かくして、長年続いたシュラウドの時代は終わりを告げた。


 ホアン王子らは、シュラウドの処刑にまでは踏み切りかねていたようだ。

 何しろ、チャリオン朝建国の功臣であり、国政の上でも大きな瑕疵かしがあったわけでもない、むしろ有能な政治家だったのだから。

 しかし、シュラウドは獄中で食事を拒み、自ら命を絶った。


「あっけないものね」


 複雑な感慨を込めて、私はタリアンの前で呟いた。

 父の仇であり、私の人生にも様々な形で干渉してきた彼は正直憎いが、ベルトラムにとっての偉人であった面も否定できない。

 それに、先年亡くなった母も、前夫の仇として憎む一方で、長年連れ添ううちに多少の愛情も抱いていたようだ。

 人の心は簡単には割り切れない。


「それにしても、先のいくさの時には、自分の首が繋がっている限りベルトラムは滅びないと豪語したほどに肝がわった人物が、こんなにあっさり自害してしまうなんて……」


 正直、意外だった。


「確かに、国難に断固として立ち向かうというのは決して生易なまやさしいことではないけれど、その一方で、この国の運命は自分の双肩にかかっているのだという高揚感もあるからね。自身の挫折と正面から向き合う強さというのはまた別物なんだろう」


 タリアンはそう言って私をじっと見つめ、


「そういうを持った人間というのは、めったにいないのかもしれないね」


 何やら感慨深げな表情を浮かべる。あの、そんなに見つめられると照れるのだけど?


「お母様、ご本読んで」


「こら、お母様はお父様と大事なお話をなさっているところだぞ」


 私に甘えてきたケイトを、ソランが叱る。


「大丈夫よ。お話はもう終わったわ。この本を読んでほしいの?」


「うん」


 まだまだ甘えたい盛りの娘と、しっかり者に育ちつつある息子。そう言えば、幼い頃の甥っ子ファンドールと少し似てきたような……。


 そこでふと、私の頭の片隅で嫌な想像が鎌首をもたげた。

 今回のクーデターの首謀者の一人であり、ホアン新国王にとって公私に渡る絶大な影響力を有し、先のいくさではその豊かな軍才の程も示して見せたファンドール。ホアン国王体制において、彼の立場は不動のものとなるだろう。

 もしかして、第二のシュラウドが誕生してしまったのではないか――。


 私は首を振り、嫌な想像を振り払った。

 あの甥っ子はそんな人間ではないはずだ。

 きっと、権力という名の魔性の誘惑に打ち勝ち、この国の立派な指導者となってくれるはず。


 考え込んでしまった私の顔を不安げに見上げる愛娘に優しく微笑みかけ、私は本を読んでやった。

 大丈夫。私には心から信頼できる夫もいる。

 この子たちの未来は幸せなものに違いない――。私は心からそう祈った。



   †††††



 父王を退位させて新国王の座についたホアンの治世は、必ずしも平穏なものではなかった。再びベルトラム征服の野心を見せ始めたアンゴルモア帝国との外交に、彼は忙殺されることとなる。

 しかし、平和的解決のみちはついに閉ざされる。

 ホアン王からその子カルム王の治世に移った聖暦一二八四年。アンゴルモアは前回の十倍にも及ぶ大軍を動員、ベルトラムに本格的侵攻を仕掛けてきた。


 この国難に際し、カルム王は宿老ファンドールを総司令官に任命。彼のもと、一時は王都を放棄する事態に陥りながらも、見事侵略者を撃退。


 さらに、その三年後の第三次侵攻においても、ファンドールは祖国を守り抜いた。

 なお余談ながら、立派に成長したクリスとソランもこの戦いに従軍し、ファンドールを支えて勝利に貢献。無事生還して、老いた父母を安堵させることとなる。


 救国の英雄となったファンドールは、娘・孫娘を歴代国王に嫁がせ、その権勢は頂点を極めた。

 しかし彼は、自らを厳しく律し、その生涯の最期の瞬間に至るまで、歴代国王の信頼と国民の尊敬を裏切ることはついになかった。


 一足先に天寿を全うしたパトリシアが、天国からその様を見届けて、ほっと胸をなでおろした――かどうかは、アミッタ女神のみぞ知るところである。


――Fin.

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