元を辿れば私のもの、代償として返して頂きます

しろねこ。

誰の為に

 今日は結婚式だ。元婚約者の彼の。


 病に侵された彼は懸命に見舞いにきてくれた令嬢と今日、結婚をする。


 二人の晴れやかな表情を見て、私は身を翻した。


 彼が幸せなら充分だ。


 用意したナイフで髪を切り、それと遺書を置いて川に身投げする。


(さようなら)


 私の体はあっさりと川底に沈んでいった。



 ◇◇◇



「お目覚めね」


 そう声を掛けられ、目を開けるとそこには魔女がいる。


「何故私は生きているの?」


 自分は死んだはずなのに


 不思議に思うと、魔女は笑う。


「だってそれではつまらないでしょ?」


 どういう事だろう。


「自分の地位も身分も捨てて助けた男が、何も知らずに別な女に感謝して、本当の恩人である婚約者を捨てる。ここまでは面白い喜劇としても、何も告げずに命を落とすなんて、あなた本当にそれでいいの?」


「え?」


「あなた以外誰も何もしてないのに、周囲ばかりが幸せになってあなたは貧乏くじを引く。それでいいのかって事よ」


(いいとは思わないけれど)


 他にどうしたらいいというのか。


 彼には婚約解消された為に近づけない。


 家族も彼の新たな婚約者となった、自分の妹の味方となり、自分には誰もいない。


「どうしようもないもの」


「では新たな取引をしましょう」


 魔女はそう言って足を組む。


「あなたは何を引き換えにして、何が欲しいかしら?」


 急にそう言われてもわからない。


「ずっと真面目に生きて来たものね。そりゃあ直には浮かばないわよね。では提案して上げる」


 魔女は様々な案を出してくれた。


「婚約者の命と引き換えに地位を取り戻すか、それともあなたの妹の地位と引き換えに婚約者を取り戻すか」


 私は魔女の言葉に驚いて声が出ない。


「それとも婚約者の地位と引き換えに別な男の元に嫁ぐか。あぁ、あなたの実家の没落を取引にして貴族の養子に入るのもいいわね」


「な、何で?」


 契約は自分の持ってるものが対価のはずだ。


「今言ったのはあなたが差し出したからこそ残ったもの。ならばそれは貴方のもの。何でも交換していいのよ」

 にぃっと魔女は不気味に笑う。


 不思議と恐ろしくはなかった。


「さぁ言ってご覧。あなたの望みはなぁに?」

 私の、望みは……。



 ◇◇◇



「朝か……」


 男はゆっくりと目を開けた。隣を見るが、そこに居るはずの妻がいない。


(先に起きたのだろうか?)


 深く考えずに男は体を起こす。


「おはようございます、ワイズ様」


 穏やかな女性の声に男の眠気は一気に吹き飛ぶ。


「ソアラ、君がどうしてここに?」


「あなたに会いに来たのです」


 ソアラは頭を下げる。


「君とはもう終わったことだ。君は異端の魔女と精通し、悪事を図ろうとした。この国でそれは重罪だ。その為に婚約はなくなり、国外追放になったのに。なぜここに?」


 言いながらもワイズはドアの方に目を遣る。


 誰かが気づいてここに来るのを期待しているようだ。


「そうですね。でも私が魔女を頼ったのは何故か、ご存知でしょうか?」


 何度も訴えたが、ワイズは覚えているだろうか。


「俺の命を守るためだと言ったな。だが、そんな嘘に騙されないぞ! 俺の怪我は妻のキャロルが懸命に看病をしてくれたから治ったもので、けしてお前のおかげではない」


「あなた様の怪我は魔獣によるもの、その傷口から入り込んだ毒素は普通の治療では回復し得なかった。だから私は魔女の元へと行きました、あなたを助けてもらいたくて」


「そのような戯言、誰が信じるか!」


 ソアラは悲しそうな顔でワイズを見る。


「愛した人に信じてもらえないとは、悲しいものですね。どうして私はこのような人の為に命を落とそうとしたのでしょう」


 ソアラの頬に涙が伝う。


「もう一度あなたと話せて良かったです、ワイズ様。これで躊躇いもなく天秤に掛けられる」


「何を言っている?」


 それよりも何故誰も来ない。これだけワイズが大声を出しているのに、どうして気づかないのだ。


「私は両親の身分と引き換えに新たな国に行くことになりました。キャロルの身分と引き換えに、新たな身分を得ました。あなたの実家と引き換えに魔女の力を分けて頂きました。これから行くところでは魔力は蔑まれる事などなく、尊ばれるものなので」


「引き換え、だと? それらはお前の物ではないだろう」


「私の身分と命を代償に得たものですから、私のものです。私が最初にあなたの命と地位を守った。あなたは魔獣を倒した英雄として、地位と財産を手に入れ、ハクスラ家は優遇されるようになった。婚約していた私の元実家も、それに伴い交易が増え、裕福になった」


 ソアラは真っ直ぐにワイズを見つめる。


「私が行なった事で得られたものです。それなのに私を蔑ろにしたのですから、全て返してもらいます」


「なんだと!」


 ワイズはソアラに掴みかかろうとした。


「魔女様、最後の取引をお願いします」


「わかったわ」


 ソアラとは違う声がし、ワイズの姿はかき消えた。



 ◇◇◇



 気づけばワイズは地下牢にいた。


「何だここは! おい出せっ!」


 牢にしがみつき、ワイズは叫び声を上げる。


「静かにしてくれ。そうでないなら舌を切り落とさなければならない」


 ぼんやりとした声でそう言われ、ワイズは慌てて声のトーンを落とす。


「ここはどこだ? 夢ではないのか?」


 小声でそう問うと牢の見張りは面倒臭そうにしながらも教えてくれる。


「ここはムシュリウ国の地下牢だ。あんた、何でぶちこまれたのか覚えていないんだな」


 コクコクと頷くワイズに見張りは丁寧に教えてくれる。


「あんたはこの国の司教様の婚約者を傷つけようとしたんだよ。昔婚約していたかは知らんが、今は違うわけだし、あんた既婚者で他国の人だし。急に襲いかかってきたもんだからこちらとしてもやむを得ずの応戦だ。それ、悪く思うなよ」

 指さされた方向を見れば、自分の足が片方、ない。


「!!!」


「自業自得だよ、命を落とさなかっただけ良かったと思ってくれ。まぁそれももう少しだけ伸びただけだからな」


「どういう事だ?」


 すっかり怯えたワイズに、見張りはただただ優しい口調だ。


「司教様の婚約者に手を出そうとして無事で済むわけないだろ。一緒にいたあんたの家族も同様に処刑だ。あぁ、国の助けは期待するな。好きにしていいって返答が来てる」


「なん、何で?」


 もはやワイズの声には涙が滲んでいる。


「恨むなら自分を恨みな。あんた達の国は魔力持ちの者を魔女と蔑むようだが、この国は違う。魔力を持つものは尊いし、司教様の婚約者、ソアラ様は貴重な回復魔法の使い手だ。そんな人を襲おうとしたなんて、ただでは済むはずがない」


 見張りは欠伸を噛み殺すことなく大口を開ける。


「司教様はこの魔法大国ムシュリウの王族の血を引く、そんな方がお前達を許さないといえば、弱小国のいち貴族に過ぎないお前の命なんて軽く奪えるよ。あんた、喧嘩売る相手を間違えたな」


 ワイズはもうガタガタと震えるばかりで何も言わない。


「静かに話を聞いてくれてよかった。あんたの妻にこの話をしたら支離滅裂な事を叫び出したから、やむ無く舌を切り落としたよ。生きてはいるが、まぁ生きてるだけだな」


 恐ろしいことをさらっと言う見張りは同じ人間とは思えなかった。


「全て司教様のご指示だ。例え妻となる人の身内だろうが関係者だろうが、彼女を害した人を許すなってな。まぁ罪を犯した自分達を恨みな」


 そう言って見張りはワイズの前から姿を消す。足音だけが響いていた。


 ワイズはこの悪夢が早く覚めることを祈るしかなかった。



 ◇◇◇



「あの、ミゲル様。おろして下さいませんか?」


「何故? そのような事をする必要はないよ」


 膝の上にソアラを乗せつつ、ミゲルはソアラの髪を撫でている。


「細くて綺麗な髪だね。肌もスベスベだ。ずっと触れていたい」


「セクハラですよ、それ」


 呆れる侍女の声を聞かない振りで躱す。


「皆の手入れがいいからですよ。そうでなければ私なんて……」


「私なんて、と言ってはいけない。君は俺の妻になるのだし、そしてこの国の聖女だ。皆に一目置かれる存在なのだから」


 そっと額にキスをされた、恥ずかしさに赤くなる。


「しかし母上は凄い。急に姿を消したと思ったら、俺の妻となる人を連れて帰ってくるとは」


 ある日急にミゲルの母は国境沿いの森に住みだした。


「予言を受けた!」


 と言って、家族を置いて一人暮らしを始めたのだ。


 父は寂しがったが、子ども達はある程度大きかったし、母の予言は当たるので、特に引き止めもしなかった。


 その内に、「良い嫁を見つけたから準備をしておきなさい」と言われ、ミゲルはムシュリウで迎える準備をしていた。


 半信半疑でいたのだが、ソアラを見た瞬間に雷に撃たれたような気持ちになった。これが運命かと。


 話をする内に彼女の境遇に同情し、そして怒りを覚える。


 心やさしい彼女が虐げられる覚えはない。


「本当の命の恩人を蔑ろにし、偽りの恩人と結婚だと?」


 ムシュリウの者も回復魔法は使える。しかさ、魔獣の毒を打ち消す力は限られた者しか使えない。


 魔獣により毒の種類が違うため、対症療法しかないのだ。


 なのでそれらを関係なく回復出来るソアラは、魔法大国ムシュリウでも稀有な魔法使いである。


 母はソアラが魔法を覚えれば国では虐げられる存在となると心配したのだが、それでもワイズの為に何でもすると言われ、魔法を教えた。


 それによりワイズの命は助けられたのだが、ソアラは国外追放になってしまう。元婚約者がソアラを信じていたらこのような事にはならなかったはずだ。


「魔法に偏見がある国とは思っていたが、ここまでとはな」


 母を魔女と忌み嫌うのも許せない。


 その魔女である母がこっそりと人助けをしていたのは知ってるし、感謝しているという人たちがムシュリウに移住してくることもあった。


 魔法はけして悪いものばかりではないのに。


「ソアラを傷つけるものは俺が許さない。一生守るよ」


 本心まで知らないソアラは、ミゲルの言葉に戸惑ってしまう。


「申し出は嬉しいのですが、私はお互いに支え合う夫婦となりたいのです」


 片一方により掛かるような関係にはなりたくないと言われ、その姿勢に感動をする。


「そうだな。支え合って生きていこう」


 今までミゲルの周囲にいたのは財産や地位目当ての者ばかりであった。なのでソアラのような考え方は新鮮で喜ばしい。


「ところで私を追ってきた家族はどうなったのでしょう」


 ムシュリウでも希少な回復魔法の使い手を勝手に追放したとして、地位と身分を追われたワイズ達は形振り構わずソアラを追ってここまで来た。


 偶々市井でデートをしていた二人を見つけたワイズが、ソアラを取り戻そうとした為にあのような事になったのである。


「きちんと国に返した。もう来る心配はないよ」


 そう言うとソアラは安堵するが、本当の事を伝えるつもりはない。


 身分剥奪、国外追放などをソアラに行なったのだ。それでもワイズの幸せを願い、川に身を投じた彼女を魔女とされる母が助けなければ、今頃ソアラはこの世にいなかっただろう。


 彼女をそんな目に合わせた者達をのうのうと生かしておくなんて、ミゲルには許せなかった。


(一生の秘密だけどな)


 もぅ二度と会わないのは本当だ。


 仮に会いたいと言われても、病死したとでも言えばいい。


 愚か者のおかげで愛する人に会えたのは嬉しいが、虐げられた恨みは忘れない。


(俺が代わりに刑を執行してあげるよ、ソアラの手は汚させない)


 今後も彼の国はあの手この手でソアラを取り戻そうとするだろうが、そんな者達は全て極刑に処すつもりだ。


 彼女の優しさを裏切ったのだから、報いを受けさせる。







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