第3話 アルカナと冤罪

日曜の午後、今日はアルカナに行かなくて済む。行きたくないというわけではないが、行かなくていいといわれるとやはりうれしい。大きく伸びをし、ふとつぶやく。

「それにしても…ほかの従業員と一回も会わないなんて変だよなァ」

柳川は何年もここにいるが、従業員に会ったことがない。会うとすれば、顔の見えない上司ぐらいだ。その上司にもほとんど会えない。

「まっ、月給高いからいーんだけどさ」

アルカナは最初こそ有名ではなかったが、政府と同じように税金で給料が与えられている。なので、相談料はない。

タバコをポケットから取り出すと、そっとライターで火をつけた。

ピーンポーン。

その時玄関のチャイムが鳴った。インターホンをのぞくと、高校生ぐらいの男が立っていた。高校生、といえば、少し前に来た男子高校生はエロ本を盗んできたんだっけ。あの後どうなったんだろうか。

「はい、なんか用?」

黒縁の眼鏡をかけた相手は、びくっとし、眼鏡をくいっとあげた。

「は、ははい。や、柳川さんです、よね…?」

ずいぶん自信のないしゃべり方だ。しかも俺のことを知っている。

「そうだけど、まぁはいりなよ」

そういって、眼鏡男子を中に招いた。

ちぇ、これから一服しようとしてたのに。

「んで、わざわざ何の用?」

木製の椅子に向かい合って座ると、男子はびくびく震えながらしゃべる。

「えっと、あ、僕は中村健吾なかむらけんごっていうんですけど、あ、高校2年で、えぁ、高校の名前…あ、いやなんでもないで、す…」

ふにゃふにゃとしたしゃべり方で、よくわからない。柳川は休日に引っ張り出されたこともあり、イライラしている。

「もごもごしゃべってんじゃねーぞ腑抜けめがね!」

「ひいっ、すみませんすみません‼」

柳川が声をあげると、中村はぺこぺこと謝った。

「そのしゃべり方が…いや…ペースを乱されるな…」

柳川はぶつぶつと何か言っていたが、タバコをぷはーとはき出すと、書類を取り出した。

「これ作るのは義務だから。でも答えるのは権利ね、…まったく、休日もこれをやるとはな」

「え、すみません」

またよそよそしい態度をしたことに柳川は切れそうになったが、ふぅぅ、と言い我慢した。

「で、どうしたの?」

「えっと、僕はお金を取ったらしいです」

柳川は驚く。盗人がここに来るなんて珍しい。しかし、それよりも気になったことがある。

『「らしい」?』

らしい、とはなんとも他人事のような言い方だ。

「あぁ、えっと、水谷君に言われたんです。目が覚めたときに。それで自首して来いって、あ、言われて。それで、ほんとなのかなって思って、とりあえずここに来ました」

頭がくらくらする。人に言われたら信じるのか。と柳川は頭を抱えた。

「えーっと…つまり中村がとった証拠はないってこと?」

「あ、はい」

「馬鹿じゃねぇの」

本当に、心からそう思った。

「目が覚めてお前は金をとった、だから自首しろなんて、完全に騙されてるだろ。」

中村は、本当に意外だ、という顔をしていた。だが、その腑抜けた表情は変わらずだった。

「ええっ、はあ」

「いやいやいや、お前犯罪者にしたてられようとしてたんだぞ。悔しいとかないの?」

「はぁ、まぁあるんじゃないですかねぇ」

いまにも気絶しそうなぐらい、柳川は混乱、というか困惑していた。何を言っているんだ、この男子は。

「…………それで、どうしてそうなったの?」

「えっと、僕は夏祭りに行ってました、あ、友達と」

柳川は黙って相槌を打った。

「そしたら水谷君のグループに誘われて。一緒に行かないかって。正直びっくりしました。水谷、君はクラスの…まぁ、あの、陽キャてきなグループでしたから。僕らみたいな陰キャに声をかけてくれるなんて、思わなかった」

中村の目が泳ぐ。あまり言いたくない内容なのだろう。

「でも、違ったんです」

「水谷くんたち、は、危ない人たち、だった」

柳川はタバコを吸うのをやめた。

「その日、無理やりお金を取られたんです、友達が」

柳川は無表情でじっと中村の話を聞く。

「ぼ、僕が飴を買ってる間に、神社の近くでタコ殴りにされてて、それで。」

「それで、僕が帰ってきたら、ボロボロの友達が倒れてました。財布もないって、な、泣いてた」

まだそのことを思い出すとつらいのか、今にも泣きそうな眼をしていた。

「水谷くんたちは、声かけてやったんだから、それはその分のお金だって言ってました」

そこまで言うと、いったんため息をつき、また息を吸った。

「僕はおかしいって思いました。こんなにひどいことをして、それが声をかけたお金だなんて…だから僕はやり返そうと思いました。それで水谷君たちのところに行ったんです。でも、水谷君たちは10人ぐらいの悪そうな人たちを連れてた。それで僕はめちゃくちゃ殴られました。鼻血はすごい出たし、金属バットで背中を殴られたときは、ほ、本気で死ぬかと、思いました。眼鏡も割られたけど、僕は水谷君を一発殴れたんで、す。あ、すみませ、アルカナはこういうのいっちゃだめですよね

それで目が覚めたら、そういわれました。もう反対もできなかったから、もうそうしようかなって…あ、すみません。変ですよね…」

「いや、お前頑張ったんだな。友達のために」

柳川の思いがけない一言に、中村の口からぇ、と小さな声が出る。そして慌てて体制を整えると、小さい声で、恥ずかしそうにありがとうございます、といった。

「よォし、水谷の家教えろや」

柳川は指をぱきぱきならし、殴る準備は万端だ、といっているようだった。

「ええっ、喧嘩するつもりですか?無理ですよ、今頃みんなでお金の使い方を

考えてるだろうし、柔道やってるらしいですよ、強いですよ、勝てないですっ!」

あわててしゃべったので、言い方がごっちゃになっていたが、柳川はぴたり、ととまった。

「大丈夫だよ、おれつよいから」

「っそういう問題じゃ、」

「お前だって仕返ししたいだろ?それに今日は営業外だ。普段は殴ったりすんのぁだめだが、今日は論外」

そういって柳川はウインクすると、さっさと教えろよ、とむなぐらをつかんだ。

「ええっ、お、おしえますからぁ!!やめて!」


「ここか」

「あの、間違っても殴ったりとかは、」

ピーンポーン。

ドアががちゃり、とあいた。

「はーい、どちらさまで…」

その瞬間、柳川の握りこぶしが大きく振りかぶった。中村はああ、やったと思いぎゅっとめをつぶった。

「なーんてね」

水谷の顔面ぎりぎりで、拳は止まっていた。

「殴るわけねーだろ。こんなガキ」

「あぁ?おっさん誰だよ?」

水谷が不機嫌そうに首に手を当てた。

「おれは柳川だ。おめーが水差しだな!」

今度こそ終わった。

「ちがいます!柳川さん、み、みずたにくんです」

横からひょこっと顔を出し、こっそり言った。

「あぁ?!おまえ、中村じゃねーか!よう、まだ傷は残ってるか?」

「!????」

何を友達のように。僕を殴って、友達を泣かせたくせに。こいつ。ふざけんなよ。あああああ。

「ふっざけんなああああああ!!!!!!」

気づくとそんな声が上がっていた。それが自分の声だと気づくまでに、中村はすうびょうかかった。自分がこんなに大きな声を出せたことに驚いたし、なぜあの時叫べなかったのか、と思った。だが、これで勇気がでた。

鼻息を荒くし、ずんずんと前に歩み寄る。

「あ、あやまれよ」

「はぁ?」

水谷は、眉毛をはのじに曲げ、いかにも面倒くさいという顔をしていた。

「ああ、金のことか?あんなのべつにいーだろ。誤差だよ、誤差」

ぱあん。

気づくと、中村は平手打ちをしていた。水谷は信じられないという目で見ている。柳川は目が見えないようだった、いや、違う。


目が見えなくなるぐらい、笑っていた。

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アルカナキューブ 秘密の取調室 ねりけしやろう @nero1024224

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