第2話 アルカナと万引き

ギキィ、とドアノブをひねる。

重たい扉がゆっくりと開く。

奥には30代ぐらいのひげが生えた、整った顔をした人が座っていた。

「ようこそ、アルカナキューブへ」

低く、脳に直接入ってくる声。俺は椅子に腰かけ、手に持っていたカバンを下した。学校帰りなので、制服だ。

「んで、なんか用?あ、タバコ吸ってい?」

「タバコは別にどうぞ。…あ、今から話すのは友達のことなんですけど」

土壇場でごまかしてしまう自分が嫌いだ。かっこ悪いからだ。だが訂正するのはさらにかっこ悪い。

「ん、あそ。で?」

その男は無愛想に答え、タバコに火をつけた。

「万引きしたんです」

男の様子をうかがう。特に驚いてはいないようだ。この手の相談が多いのだろう。

「なるほどね、それで万引きしたものは?」

ここが一番言いたくないところだ。

「いやあの、友達が、なんですけど」

男はこっちをちら、とみて、あぁ、という顔をした。

「成人向けの、本、てか雑誌、です」

タバコの煙がこっちまで漂ってくる。俺は恥ずかしさで煙と一緒に昇天してしまいそうだった。

「へー。今持ってるの?」

にやにやとした様子で男が聞いてきたので、本当は持っていたが、持っていない、友達が持っていると嘘をついた。

「友達ってだれだよ?電話するから」

まずい、男がスマホを持った。スマホを持っているのは想定外だった。アルカナキューブだから、秘密を守ってくれるのかと思った。あーーーーーーーーっ。もういい、友達を巻き込むよか、怒られた方がいい。

「あ、まってまって、聞いてくださ、い!」

思わず声が詰まる。男はゆっくりとスマホをおろした。

「いいよ、本業だしね」

ほ、とためいきをつく。そして俺は話し始めた。

「ある日のことでした」


深夜遅くまで友達と遊んでいたおれは、トイレに行きたかったので本屋に立ち寄った。古臭い本屋で、監視カメラもついていないようだった。トイレをすまし、友達を探すと、友達は成人向けの雑誌コーナーにいた。おれは驚き、呼び止める。

「っちょ、おま、なんでそんなとこ」

「いいじゃん、誰もいないんだから。それより大志、これ見てみろよ。めっちゃエロい」

俺は止めようと思ったが、やはり男。エロいものには抗えない。おれは緊張して成人向けコーナーに入った。そこには、裸の女の人やそのイラストが描いてある本がたくさんあった。正直言って、天国だと思った。

「な?やべーだろ!?なぁこれ盗んじまおうぜ」

「は?!何言ってんだ、犯罪だろ」

友達はウキウキした様子で、こちらの言うことに聞く耳も持たないようだった。

「いいじゃんか。お前だってほしいだろ?俺たちは高校1年だから買えないし…今人もいないんだぜ」

「いやそれにしたって監視かめ」

あ、そうだ。さっき監視カメラがないことを確認したんだった。自分で。つまり、今盗んでもばれない。そんな邪念が俺の脳裏をよぎった。

「…確かに」

友達はにかっと笑うと、もうすでに作業に取り掛かっているようだった。俺も遅れて雑誌をとっていく。もう罪悪感など忘れ、すぐ読みたいなとまで思っていた。

する遠くから店員らしき人がやってきて、おれらのそんざいにきづいた。

「あ、ちょ、ちょっと。」

店員は若く、まだ経験を積んでいないようだ。あわててパニックになっている。

「大志、逃げるぞ!」

そういわれ、頭よりも先に体が動き出した。逃げないと、つかまる。にげろ、にげろ、にげろ、にげろ!捕まるな、捕まるな、捕まるな!

念じるように走っていると、いつの間にか本屋とは遠い細路に来ていた。店員が追いかけてくる様子はない。だが、罪悪感がどっと追いついてきた。盗んでしまった。しかも、こんな雑誌を、たくさん。罪の重さをいまさらずっしりと感じ俺は友達の腕に雑誌をいくつか置き、「やるよ」と言い足早に帰っていった。犯罪を友達になすりつけるのもまた気が引けたので、1冊は持っておいた。でも、読めない。とっていた時はあんなに魅力的だったのに、魅力が罪悪感に押しつぶされていく。俺は、犯罪者だ。

そこでふと、思い立った。アルカナに相談してみよう。親には言われないし、ひょっとしたら雑誌を預かってくれるかもしれない。そう思って、おれは友達には内緒でここにきた。


話し終わると、男のタバコが2本目に入ろうとしていた。男は最初こそ興味を示したものの、今ではほとんど聞いてるのかわからない。

「あの、それで雑誌を処分してくれませんか」

ふーっとけむりが漂う。

「いやだね」

予想外の答えにおれは面食らってしまう。

「な、なんでっ?」

「第一に、アルカナではものをあずかるのが禁止されてる」

そ、そうなの?!そんなのきいたことなかったぞ…

「そして…つぎに、これが一番大事」

ゴクリ、と唾をのむ。

「俺はそういうのに興味がない」

あまりにのんきな答えに、拍子抜けする。

「はっ?いやいや、処分って言ってもそういうことじゃ…」

「ものを預かるにはそれしかない」

「っえ?」

「さっき、‘アルカナ‘では、といったよな?つまり個人ならオッケーってわけだ」

ええっ。なんだかそれは屁理屈なきもしたが、いうのはやめた。これが最後の頼みの綱なんだから、機嫌を損ねさせてしまったら終わりだ。

「だけど、その場合俺がお前の盗んだものを見て、預かることになる」

こぶしに力が入る。それはいやだ、と言おうとするが、その前に男がしゃべりだした。

「だけど、そんなのは俺もお前もごめんだ。だろ?」

言おうとしたことが言われ、いうことがなくなった口がぽかんと開いた。

「で、お前は知人に見られず雑誌を処分したいんだろ?」

「え、そうですけど…どうにかできるんですか?」

男が吸っていたタバコが短くなり、吸い殻にタバコの先端を押し付けてつぶした。

「できないこともない」

目からうろこみたいなことだ。そんないい話があるのか。

「っぜひ!やってください!」

「警察に行くことだ」

「…………」

少し言った意味を考えたが、わからなかった。

「それはどういう意味ですか…?」

「意味も何も、そのまんまの意味だ。警察に行って、取り調べを受けろ」

耳の奥がぐわんぐわんと鳴る。警察?取り調べ?どれも犯罪者が受けるものじゃないか。あ、おれは犯罪者なのか。万引きという、立派な犯罪。

「警察には、行きます。でも、雑誌を証拠として見せられないですか?親とかに」

「いやァ、そういうのは頼めば口止めしてくれたりするよ。それに証拠は店の端末を調べればいいはずだ。だからみられるとしても、全くの赤の他人の警察だけだ」

何か、ほわんとした温かさが俺の体を血液のようにめぐっていく。安心したんだ。万引きをしたことの、罪が償える。もう、覚悟を決めよう。この人は、おれにチャンスをくれているんだ。友達にも連絡して、二人で行こう。きっと納得してくれるはずだ。もう雑誌を、使っているかもしれないけど…。

「取り調べ、行ってみます、友達と」

「おう、資料はそっちでさんざん作ってもらえよ。まぁ重くとらえんな、オカズが欲しかったんだろ?」

興味ないくせに、よく知ってんなぁ、と思い苦笑いをする。

今度は大人になって、ちゃんと買おう。まぁ、エロ本だけど。

「楽になったか?」

「まぁ、雑誌一冊分ぐらいには」

はは、と後ろで笑い声が聞こえる。足取りを軽くし、その場を後にした。

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