第9話


「落ち着い……あー、落ち着いたか」


「……はい……御迷惑をおかけいたしました」


「気に病むほどのことではない」


「……すいませんでした」


「……」


「……」


 空気が。非常に重かった。

 トラウマが刺激されてひたすらに謝ってしまったけれど、自分を殴った相手を簡単に許してくれるなんてこの竜はいい人かもしれない。

 だけど、それとこれとは話が別で、じゃあ気軽にお話が出来るようになるかと問われれば答えはノーである。

 声が枯れるまで謝って、その程度で生きている事実がパニックに陥った私を少しだけ落ち着かせてくれる。殺されるというならもうとうの昔に殺されている。じゃあ、私はきっとまだ生きていることが許されている。


「人間が、嫌いか」


「好きとか嫌いとかを考えたことがありませんでした」


「我の変身は……おかしなところがあったか」


「ない、と思います。変身を見たのは初めてでしたので比較しての答えではありませんが」


「そうか。……そうかぁ……」


 お互い手探りの会話に違和感を覚えた。こちらの意思など無視して話してしまえばいいというのに、どうにもさきほどからこの竜は私を気にしている。勝手なイメージだけど、竜というのは、魔法を使う前の自慢話をする時のように自分勝手な話を進める存在なのではないだろうか。それとも私が嫁になる相手だからだろうか。いや、それにしては……。


「じゃあ、んん! では、どうして我を殴った」


「すいませんでした……!」


「あー、だから、だな。その、謝ってほしいわけではなくて」


 彼の気の使い方を私は知っている。気がする。

 困ったように腕を組み、どこを見るでもなく視線を飛ばす。これではまるで。


「知りたくなって聞いたというか、別に怒っているわけでもなくて、そもそも言いたくないなら言わずともいいわけで……」


 失敗を恐れる私と同じではないか。

 言葉のチョイスこそ尊大な存在として偉そうな単語を選んでいるけれど、それだけだ。むしろ、そんな単語を使っていることが余計に違和感を増大させていく。


 イメージにある竜は強者のそれだ。そして、このイメージは村人たちの態度から考えてもズレてはいないはずなんだ。それだというのに、どうしてこの竜から私と同じ臭いがするのだろう。


「……まあ、よかろう」


 諦めにも安堵にも聞こえる溜息を零した竜の身体が、また光に包まれていく。さっきとは逆で、小さな光が大きく大きく広がっていき……。


「この姿の方がいいのだけは確かなのであろうて。では、このまま移動をしようではないか」


「い、どう……でしょうか」


「そうだとも。ここで暮らすわけにもいくまい」


 そう言って口元に見えた大きな牙は、もしかしなくても竜の姿に戻った彼が笑ってみせたということなのだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

社畜、異世界にて竜の嫁となる @chauchau

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ