第13話 13&14日目 日本へ

トラベル小説


 10時のモスクワ行きなので、8時に空港に着いた。そこで警察官と別れた。チェックインカウンターは混んでいたが、ビジネスクラスの列は少なかった。C国人らしき女性が大きな荷物を持ち込んで、係官ともめている。どうやら重量超過みたいだ。日本でもC国人の爆買いが話題になったことがあるが、パリでも同じなんだ。と思った。

 私の番になったら、すんなりと通った。スリに気をつけて歩き、早々に出国審査に行った。モスクワはEUではないので、出国チェックは厳しかった。靴を脱がされ、手になんか塗られ、特別な機器での検査に回された。OKと言われたが、いまだに何の検査か分からない。もしかしたら薬物の検査だったかもしれない。私の前の女性は、化粧水でひっかかって取り上げられていた。規定の量を超えていたようだ。

 ラウンジに行く余裕はなく、搭乗口をさがすのが大変だった。なんだかんだで30分ぐらい歩いた。一人で旅行するのは大変だ。

 モスクワでの乗り換えも来る時と同じ混雑。人の波にのまれて通過した。成田行きの飛行機に乗れた時は、ぐったりしていた。機内食をなんとか食べると、あとは成田上空までぐっすりで1食抜かしてしまった。


 14日目


 昼近く、成田空港着。入国審査はいたってスムーズだった。日本人で良かったと思った瞬間だ。ところが、荷物受け取りで問題発生。私のスーツケースがなかなか出てこない。200人近くいたお客さんがどんどん少なくなっていく。ビジネスクラスって、荷物優先で出てくるんじゃないの? パリではすぐに出てきたのに・・・?

これって話に聞いていたロストバゲージ? と思っていたら残り5人ほどになったところで、やっとスーツケースがでてきた。悲しさと嬉しさで涙がでそうだった。

 夕方の関西空港行きに間に合った。これは自前だ。席は狭いが日本語が通じる。当分、外国は行かなくていいなと思った。

 自分の部屋に戻り、シャワーをあびて、スーツケースを開けた。荷物を整理し始めると、仕切りの網のところに封筒が入っていた。私が入れたものではない。きっと彼が入れたものだろう。ツェルマットで書いていた手紙だ。早速開けてみた。

「アイちゃんへ。今回はいやな思いをさせたことと思う。申しわけない。もう事情はあらかた分かっていると思うが、こうなったことをここに書きます。

 時はさかのぼって、5年前のことだ。20才の娘が自殺した。結婚すると言い出し、妻が若すぎる、相手がまだ学生ということで強硬に反対した。私は単身赴任中だった。娘は何日かして、彼にふられ、数日後、農薬を飲んで死んだ。私はその間、何もできなかった。妻はその後、精神病にかかった。どんどん症状がすすみ、病院にいれざるをえなかった。しまいには、私が見舞いに行っても反応しなくなった。今考えれば、何もしなかった私への抗議だったのかもしれない。2ケ月前、私が見舞いに行くと、一言、死にたい。死なせて。と言ってきた。妻はクリスチャンだったので、自分からは死ねない。私は悩んだ。でも、妻は娘に会いたがっている。妻への最後にしてあげられることは、その願いを叶えてあげることかもしれないと思った。

 退院させて、近くの貸し別荘で妻が寝ている時に首をしめた。妻は苦しまずに死んでいった。そうなることを願っていたのかもしれない。その後、寝袋にいれ、保冷剤をいれて、床下に埋めた。旅行に出るまで、何度も保冷剤を入れ替えた。臭いを外に出さないためだ。その時、アイちゃんとヨーロッパに行くことを決めた。妻や娘といっしょに行った思い出の地をめぐりたかった。そして最後は、シルトホルンと決めていた。妻がとても怖いと言ったところだった。

 旅行に出て、アイちゃんは妻と同じような仕草をしていた。見てて、まるで妻といっしょにいるみたいだった。本当にありがとう。

 最後に、ひとつお願いがある。東京の大学に行っている息子にこの手紙を見せてほしい。そうすれば、妻も息子の手で葬儀をされることだろう。書斎の引き出しに息子あての手紙があることも伝えていただきたい。連絡先は〇〇〇ー〇〇〇〇ー〇〇〇〇です。図々しい願いだが、アイちゃんしか頼める人がいない。よろしくお願いします。  Kより」

 涙がしばらくやまなかった。彼の生きざまを思うと、哀れだと思う。自分が輝いていたころを思い出しに、私を誘ったのだ。一人では行けなかったのだ。彼が亡くなる前に、私は役にたったのだろうか。


 2週間ほどたって、彼と奥さんの葬儀の案内がきたので行ってきた。息子さんは、彼に似ていなかった。きっと母親に似たのだろう。葬儀が終わって帰ろうとした時に、息子さんに呼び止められた。

「お世話になりました。ありがとうございます。今ごろは、あの世で3人で仲良くやっているでしょう」

と言ってくれた。その言葉で救われた気がした。

 今、生活のためにホステスをしているが、夕方からの仕事なので、昼は専門学校に通っている。介護ヘルパーの資格をとろうと思っている。彼が言った

「だれかのためにできる仕事はいいよ」

という言葉が耳に残っているかもしれない。

                      

                 完


あとがき


 私の初のトラベル小説を読んでいただき、ありがとうございます。30代の時に、ベルギーに3年間駐在の経験があり、その時のことをもとに、自分が旅行したところを思い起こしながら書きました。人物設定はあくまでも想像の域ですが、現地の様子や食事については実体験をもとにしています。もし、旅の計画がありましたら参考にしてみてください。

 次回作は、初の社会派小説(政治もの)です。「日本人がすべきこと」というタイトルで書きます。今までに書いた時代小説も含め、もしよければ読んでみてください。

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欧州の旅の果て 飛鳥 竜二 @taryuji

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