十二、ディヴェルティスマン


「青葉、どうして洗濯物を今ごろ出すのよ、しかも水着! 臭くなっちゃうでしょ」「僕はいろいろ忙しいんだよ」「お母さんのほうが忙しいの、もう、勝手ばっかり言って」「あと明日給食休みだからお弁当がいるんだけど」「嘘でしょ? どうしてそういうことをメールしてくんないのよ。いきなり言われてもお弁当なんか用意できませーん!」「じゃあお金ちょうだい、コンビニで買う」「ダメダメ、あんただけコンビニ弁当ってわけにはいかないでしょ」「別にいいよ。よそはよそ、うちはうちでしょ」「今の担任の先生、そういうのすごくうるさいからだめ。よし、詰め替え作戦にしよう。朝イチでコンビニ行ってくるから、お弁当箱に入れちゃえ。冷食より早い」「本質的にはおんなじじゃないか」「おんなじかもしれないけど、建前ってものがあるのよ。ほんと口ばっかり達者になって」「あとさあ、スマホが没収になっちゃって」「何それどういうこと?」「クラスでいろいろあって」「あんた、何やらかしたの?」「僕はとくに何も。連帯責任だよ」「ほんとあんたの担任アタマおかしいわね、チホーコームインの野郎、いつかぶっとばす」「そういうわけで夏休みいっぱいスマホなしだから」「嘘でしょ? そしたらお母さんと連絡取るのはどうするの?」「カンでどうにかするよ」「そんなわけにいかないでしょ、勘弁してよ、どうなってるわけ?」「僕はそのことについてあまり話したくない。いろいろな人の名誉に関わる」「スマホのお金払ってるのはお母さんなの!」「一ヶ月止めてくれてかまわないよ」「馬鹿言わないで」「話せば長いんだよ、僕が赤んぼの頃にさかのぼるし、母さんにも責任の一端がある」


 ☜


(地図が嫌いで、方向音痴。)

(ダイエットだと言って炭水化物をすぐ残して、でも食後のスイーツは欠かさない。)

(どこに出かけてもすぐのどがかわいたと休憩したがる。)

(あまったるい匂いの芳香剤が好きですぐいろんなのを買ってきてしまうから、玄関とトイレとクローゼットのにおいがまざってまだら。)

(アイロンをかけるのがとてもうまいから僕の制服はいつだってぴしっとしていて、でもボタン付けはなぜかイイカゲンだからすぐとれてしまう。)

(「来るべき第二ボタンの争奪戦に有利」と意味不明のことを言う。)

(スイミングの先生がいけめんだとはしゃぐけど世間話は苦手。)

(写真をかざるのもアルバムを作るのもめんどうくさがってろくに整理していないけど封筒に突っ込んでおいた写真を引き出しの奥からタイムカプセルみたいにときどき取り出して眺める、それで僕に見えないところでこそこそ泣く。)

(でも見えてる。)

 

 ☜


 叔父さんが盆踊りに行くとは思わなかった。リンダが僕らに浴衣を貸してくれた。実家にたくさんあるのだという。

「着方わかんないってば」

「ぐぐれば出てくるよ」

 叔父さんはしぶしぶ(のようでちょっといそいそしながら)検索し、器用に着付けした。リンダは夜までバイトが入っているので終わりしだい合流するらしい。ゆみこさんは浴衣の着付けとヘアセットで美容室が混み合うらしく、行けたら行くわと言っていた。

「似合うだろう」

 白っぽい色の浴衣を着てみせ、叔父さんはうれしそうに見せびらかした。

「うん、似合うね」

 僕がそう言ったら叔父さんは照れるだろうかと思ったが、

「だろ。おれはなんでも似合うんだよ。惚れ直したか」

 ほめられ慣れているらしく、そんな調子だった。ちょっと悔しい。

「青葉も着ればいいのに」

「いいよ僕は」

 自分が着るのはどうにも恥ずかしい。だいたいリンダが持ってきた浴衣はどれも大きくて、うまく着られそうにない。

「久しぶりにこういうところに来たな。子どもの頃以来かな」

 ちょうちんの明かりが僕らを照らしていた。やぐらを真ん中に踊りの輪は二重三重にぐるぐるまわり、これだってドーナツの輪だ。でもとても賑やかで、スピーカーからはちょっと割れ気味に歌が鳴っている。やぐらでは太鼓が鳴らされている。おなかにずんずん響く。次はナントカ音頭です、と放送が流れたけど聞き取れない。

「全然わかんないな、何ひとつピンとこない」

 叔父さんが首をかしげる。

「でもなんとなく聞いたことがある気がするよ。というか、僕には全部同じに聞こえる」

 それはそうかもしれないなと叔父さんはうなずいた。歌はどんどん流れ、華の都のまんなかで、と響いた。ここは宇都宮で宇宙のすみっこなのに。

「叔父さん、踊りに行かないの」

「うーん」

 浴衣まで着てきたのに、叔父さんは遠巻きに眺めているだけだった。

「青葉は?」

「僕は恥ずかしいからいいよ」

「そうか」

 僕らはぼんやりと踊りの輪を眺めていた。たくさん連なる屋台からソースの焦げるにおいがした。あとでお好み焼きを食べようと思った。やきそばもいい。焼きイカは欠かせない。

 お揃いの浴衣を着たおばさんたちはみんなきびきびとしていて踊りがうまい。よく見るといくつかのグループがあって浴衣の柄がちがう、流派のちがいだろうか? なんだかヤンキーの抗争的なオカシミがあった。幼稚園くらいの子どもたちがはっぴを着てはしゃいでいる。これから和太鼓の演奏をするのだろう、ばちを持って張り切っているから。その奥、さっき叔父さんが「浴衣の女の子よりむしろああいうほうが色っぽい」と言っていた、「コドモ連れだし暑いからかんたんなワンピースでいいやって感じの適度に手抜き感ある人妻」ふうの女性を見つけて、ああまさにあれでしょ、たしかに簡単にまとめたふうの髪の毛とかノースリーブの部屋着みたいな服がえろいね、お風呂あがりって感じ、と言おうとして横を向いたら、叔父さんがいなかった。

「叔父さん?」

 人が多くなってきたからだろうか、はぐれたらしい。赤い明かりのなかを僕はきょろきょろと見回した。まったく叔父さんはめんどうくさいどうぶつだ、迷子になってしまうだなんて。あまり動かないほうがいいだろうなと思った。動けば動くほどはぐれてしまいそうだ。音楽はますます大きい。月が出た出た、と響いている。よいよい、と歌はのんびり続く。


(そうして僕は何もかもがわかった。)


 と、僕の脇を、浴衣姿の小さな子どもがずんずん歩いていった。女の子が男の子の手をひいていて、たぶんきょうだいだろうと思った。 

「ちょっとからかわれたくらいで何よ、ほんっと弱虫!」

 女の子が言う。

「だって……おかまだって言われたんだもん……」

 言いよどんだ男の子が下駄の足をもじもじとさせる。女の子はぱっと手を離して駆けて行ってしまう。男の子は追いかけようと走りだす、が、足がもつれて転びそうになった。あ、と思った瞬間、くるりと回転して、男の子は分裂して、片方が大きくなった。月が出た。小学校低学年くらいで栗色の髪、バレエ教室の男の子だ。

「こんな未開人ばかりの町からは早く出て行かなくちゃ」

 男の子はむすっとしている。

「この町には何もないんだ」

 そうだろうか? 何もないということはない。ハンバーガーの自販機のあるプールもあるし、川沿いのバーはなかなかおしゃれだし、バンビみたいにまつげの長いおねえさんのいる美容室があるし、ギョーザ屋がたくさんある。図書館だってある。

「ほんとうのギョーザ屋は少ないんだよ」

 いや、ほんとうでなくてもけっこうおいしかった。もちろんほんとうのギョーザ屋はもっとおいしいのだけど、いろんな店があっていいはずだ。

「僕はほんものになりたいんだよ」

 特殊でありたい、そう言って男の子は地面を強く蹴り、跳んだ。月が出た出た。片足で踏み切って、もう片足がまっすぐ伸びる。誰かの声がする。「グラン・ジュテ」、円を描くように跳んで、いつのまにかまた分裂、片方が大きくなった。つり目の叔父さんだ。叔父さんは静かに立っていた。すうっと首をまわす、なるほど、それだけでもとても美しかった。「アラベスク」、また誰かの声がして、叔父さんの足がすうっと高く上がった。

「足だけ上げてるわけじゃない。骨盤のポジションと背中、腕を使って足を伸ばしているんだよ。身体はぜんぶが繋がっているから。アラベスクをきれいに上げるためには、手を指先まで伸ばさなきゃならない」

 たしかに指はすらりと伸びていた。でも引っぱられているふうではない、柔らかに、高く、しろく、身体がひかっているみたいに見えた。

「でもこんなことは誰にだってできる」

 叔父さんは足を下ろした。すると叔父さんは分裂し、分裂した叔父さんがまた分裂し……、気がつけば男の子も幾人も増えていて、今や、やぐらの周りは叔父さんが大勢いた。さのよいよい。

「とても眠い」

 叔父さんがあくびする。その横を、小さな女の子をつれたゆみこさんが歩いて行った。でも髪型も服装も全然ちがう、長い髪を簡単にくくっていて、水玉模様のワンピースが涼しげだ。ポケットから大判のタオルを出すと、汗をかいたらしい女の子の額をぬぐった。そうしてそのすぐ近くでは、やたらに身体の大きい男がたばこに火をつけていた。ちょっと不機嫌そうだ、でもTシャツには漢字で一九八七年と大きく書かれていてなんとなくダサい、こわそうだけどあまり賢くないことは伝わってきた。一九八七年? ああそれは初代ロックマンが発売された年ではなかったか。そしたらそのとなりでさっきの男の子があぐらをかいていて、ファミコンのソフトを持っていて、差し込み口にふーっと息を吹きかけていた。何かのおまじないだろうか?

「それだって魔法よ」

 誰かの声がする。ああ、魔法。僕はそれをといてあげたいのにどうしたらいいのかわからない。

 うずくまる叔父さんがいて、駆けていく叔父さんがいて、きれいな格好の叔父さんがいる。酔っ払ったふうでよろよろしている叔父さんもいる。知らない女の人を抱き上げる叔父さん、知らない女の人に思い切りビンタされる叔父さん、バレエ教室の先生の肩をもむ叔父さんはちょっと得意げで、土から大根をひっこぬく叔父さんはちょっと日焼けしている。マッチでたばこに火をつける叔父さんはなんだかセクシーだ。月が出た出た。ゆみこさんと女の子に話しかける叔父さんはとても優しく微笑んでいて、リンダの馬鹿と何やら内緒話している叔父さんはヘンなTシャツを着ている、全然似合わない、でもくすくす笑っていてかわいい顔だ。つまり叔父さんのコール・ド・バレエ、叔父さんの群舞。さのよいよい。

 そうしてやぐらのふもと、ベンチにすわる叔父さんがいた。


 ☜


「何よもったいつけて。ふーん、いくらでも聞こうじゃないの。でももう二二時だから、先にお風呂入ってきちゃって」「まだ二一時四二分なんだけど」「四捨五入!」「有効数字をいくつに設定してるのさ」「ほんっとこまかい性格ね、誰に似たのかしら」「さあね。僕は僕として、独自に性格を形成している」「ぜったいあたしとはちがう生き物ね」「僕もそう思う」「あたしはこれまで母親との待ち合わせをすっぽかしたことはなかった!」「またその話?」「何度でも言うに決まってるでしょ、全面的にあんたが悪い話なんだから」「その件について僕は黙秘権を主張する」「出た出た、権利ばっかり主張するとろくな大人にならないわよ」「母さんがはっきり言わないのが悪い。空気を読め的な態度は日本人の悪癖だ」「主語を大きくしないの!」「元はといえば、母さんが勝手なことをしたからだよ」「勝手って何よ?」「ちんこのことだよ!」


 ☜


(煮物がやけに甘い日とそうでない日があって一期一会だと笑ってみせる。)

(いかなる虫が部屋に出現しても新聞紙で立ち向かい勇猛果敢、だけど死骸の処理は僕任せ。)

(プールの日の体温測定について「わざわざ測んなくていい、36度と36度3分のあいだでテキトーに書いとけばいい、入りたいかどうかは自分の胸にきけ」と謎のテクニックを披露。)

(会社のできごとをべらべらしゃべるからなんとなく周りの人の名前は僕も覚えてしまって、会ったことないサカニワ課長とツルミさんがどんなふうにバトッているかが手に取るようにわかる。)

(でもモリモトさんのことは話したがらない。こそこそメールする。真剣な顔でメールしているからすぐわかる。)

(というかスマホに慣れようとしているのか、いつも真剣な顔でタップしている。なのにフリック入力の誤字が多い。)

(髪型や服装についてすぐ意見を求めるけど肯定以外のコメントはかえって不機嫌になる。)

(会社で資格更新のための試験がしょっちゅうあって勉強しなきゃと僕の机を占拠。さりげなくエッチな本を探そうとしているみたいだけど、残念、僕はうまくやっている。)

(母さんは僕のことで知らないことがたくさんあって、僕だって母さんのことは知らないことばかりだ。)

(だからおあいこで、おあいこだということが、おあいこだから僕たちは一緒にいるしけんかもするのだということが、それは永遠ではないかもしれないことが、永遠でないことをしらんぷりしつつ一緒にいたいのだということが、なぜか、いま、よくわかった。)


 ☜


 ベンチに座る叔父さんのとなりには母さんとモリモトさんがいた。三人並んでいる。叔父さんは二人の話にふんふんとうなずいていて、ゆっくりまばたいた。おばあちゃんがやってくる。叔父さんはおばあちゃんに席をゆずる。猫がするするっと歩いてきて、叔父さんは猫を抱き上げた。こしこしこし、と額をかいてやる。叔父さんは猫にキスをした。

「……叔父さん」

 こっちを向いてほしかったのだ。でも聞こえていないみたいだった。猫があくびして、叔父さんもあくびした。あ、ねむってしまう、なんだかそれはこわいことのような気がして、思わず僕は走り出していた。はやく、はやく、叔父さんをつかまえなくては、ダッタン人の矢よりもはやく、僕は叔父さんのところに行かねばならない。

「叔父さん!」

 でも人が多くてたどりつけない、人波にさらわれてしまう。泳がなくては、波を、プールを、ドーナツの輪を泳がなくては。めぐる輪を、循環する水を、

「ねえ、叔父さん!」

 ぐるぐるまわるドーナツの輪を、まわるけれども二度と同じではない水を、僕はバタフライで泳がなくては。めんどうくさいどうぶつを抱きしめてキスしたいから。生きていてほしいから。

「めぐ!」

 名前を呼んだ。そんなふうに呼んだのは初めてだった。叔父さんが振り向く。きっと耳が僕をみつけた、ハーミアと一緒だ。猫はびっくりしたのかどこかへ駆けて行ってしまう。

 僕は体当たりするみたいに叔父さんに飛びついていた。瞬間、バケツをひっくり返したみたいな水が僕らに降り注ぐ。僕らは水びたしだ。プールのシャワー。

「どうしたんだよ、青葉」

「どうもしないよ」

「すげえつめたい」

 びしょぬれのまま僕は叔父さんに抱きついていた。髪からぽたぽた水滴が落ちる。プールから上がったばかりみたいだ。まるで着衣水泳だと思う。どうりで泳ぎにくい。

「くっつくな、恥ずかしい」

「叔父さん、浴衣が左前だよ。スマホの画面見ながら着たから、まちがえたんでしょ、それじゃあ死人だよ」

 叔父さんはじぶんの浴衣にさわった。ぱちぱちとまばたいた。

「おれは死んでないのか。お盆だから帰ってきたんだと思った」

「そうだとしても早すぎる。まだ御霊前の時期だ」

「お前はコドモのくせに詳しい」

「お父さんが死んじゃってるからね」

「そうか」

 叔父さんはわずかに悲しげな目をした。

「まいったな、なんでこんなにびしょぬれなんだ?」

「おなかのなかには水がつまっているからだよ」

「セミはからっぽだと思っていたよ」

「からっぽだけど、それは鳴き声を響かせるための部屋が広くとられているだけで、ちゃんと中身はあるんだよ」

「すごい。お前は虫にも詳しいのか」

「図書館の本に書いてあった」

「図書館に行ったのか」

「行ったよ、近かったしすぐだった」

「すごいなあ」

「僕は模範的中学二年生だから」

「嘘つけ、すけべなことばっかり考えてるくせに」

「それは叔父さんのせいでもある」

「否定できない」

 盆踊りの音楽はずっと続いていた。遠くに聞こえるようで、近くで鳴っているようで、音はたわんだ。太鼓はどんどこ響く。心臓にまっすぐとどく。

「ねえ、僕のことをリフトできる?」

「無茶言うな、ずっと踊ってないんだ。だいいち男は持ち上げたことないよ」

「僕は44キロなんだけど」

「ふうん、軽い。でも難しいな、あれは持ち上げられる方もちゃんと体重を預けてくれなきゃできない」

 技術がいるんだ、と叔父さんが言った。

「……僕は叔父さんと踊りたかったんだ」

「おれは踊り方を忘れてしまったよ」

「じゃあ叔父さんの知らない踊りをしよう。僕も叔父さんもまだ知らないことを、いっしょにしよう」

「なんだかプロポーズみたいだ」

「そういうわけではない」

「そうかよ」

 叔父さんはちょっと笑った。

 音楽が途切れ、放送が流れる。次の曲は、と割れ気味のスピーカーがしゃべりだす。その曲名と前奏で、ワッと歓声が上がる。さっきまでとはずいぶんちがう音楽だ。でもみんなはしゃいでいる。盆踊りにどうしてこういうのがあるのかわからない。でもおじいさんもおばあさんも小さな子どもも、みんな手を叩いて声を上げているのだ。今夜だけでも、と。シンデレラボーイ、と。

「……おい、これっておぎのめちゃんじゃないか」

 叔父さんは思い切り怪訝な顔をした。

「僕は知らないよ」

「今はこういうのも盆踊りでやるのか?」

 不思議そうに首をかしげ、広場をぐるりと見回した。

「やるんでしょ、みんな盛り上がってる」

「全然知らなかった」

 叔父さんが笑う。くすくす笑う。

「青葉、おいで」

 叔父さんが僕の手をとって、輪に連れ出した。踊りの輪はまわっている。ぐるぐるとまわっている。

「恥ずかしい」

「おまえなあ、踊りたかったって言ったろうが」

「そうなんだけど、いざとなると」

「おれも全然知らないから、ほら、見よう見まねだよ」

 たしかに輪の中では踊らない方がよほど恥ずかしいだろう。周りを見ながら踊る。手を叩き、くるくるまわって、腰をゆすって。跳ねる、踏む。

「だいたいわかった」

 といいつつ叔父さんは勝手にアレンジを加えてしまっている。ものすごく目立つ。ステップはとても軽い。ちゃんと腰が入っている。髪の毛がふわっと揺れる。腕が長い、指先まで、身体のすみずみまで舞っている、いのちがゆきわたっている。子どもみたいに笑う。と思うと四十歳の顔をする。あるいはなんだかよくわからないいきものの顔になる。叔父さんはグラデーションで、叔父さんは夜の風との境目をなくしていく。やっぱり叔父さんは僕とはちがういきものだ。でもどこにでもいるめんどうくさいどうぶつだ。

「なんだ、みんな踊ってたのか」

 ふと叔父さんが広場を見晴るかす。リンダがいて、ゆみこさんがいて、バレエ教室の先生がいて、おばあちゃんがいて、となりのおじいさんがいて、犬もいて、うちのクラスの連中までいた。山井はうれしそうだったし、担任まで機嫌がよさそうだ。それからモリモトさんもいて、母さんもいた。母さん。そうして遠くに死んでしまった父さんもいる気がした。

「リンダはやたらうまいな」

「毎年やるから身体が覚えてるって」

 遠くでリンダはにこにこしていた。

「そうか。身体かあ」

 叔父さんのしろい身体を、しろい耳を、ちょうちんの赤い明かりが照らしていた。

 蛹は揺れた。踊っているうちに身体は乾いた。

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