十一、パ・ド・ブレではない
「叔父さん!」
揺さぶっても起きない。どうして。何が。いったい何が起きているんだ。
「ねえ、叔父さんってば」
身体を起こす、重たい。全然反応がない。腕の中で叔父さんのうすい胸がひゅうっと鳴った、と思ったら、叔父さんはげえっと音をたてて吐いた。
「叔父さん、叔父さん」
吐いたものでシャツが汚れた。床にぽたぽたたれて、酸っぱいにおいがした。顔をぬぐいながら呼びかけても、叔父さんの返事はない。白いものはなまぬるくて、どろっとしていた。何か食べもののかけらがシャツに散った。なんだか血を吐いたみたいな感じに思えた。どうしたんだろう、何が起きているんだろう。
心臓がさあっとつめたくなって、口の中がからからになった。救急車、救急車を呼ばなくては。
けれど部屋を見回しても叔父さんのスマホが見当たらない。だいたいいつも枕元かテーブルの上にあるのに、いったいどこに置いたんだ? 鳴らして探す、にしても僕のスマホは預けてしまっていて、いやそうじゃない、自分のがあればそれでかければいいんだよ、でも今はないから、どうしたら、ああだめだ、僕は気が動転している! もう一度叔父さんに触れる、揺さぶる、起きない、あ、こういうときって揺すっちゃいけないんだったっけ?
「叔父さん、ねえ、叔父さん」
僕の手はどんどんつめたくなって、ひざががくがくと震えて、叔父さんがつめたいのか熱いのかもよくわからなかった。叔父さんの身体がどんどん重たくなっていく気がした。鼻の奥がつんとして、まるで動いていないのに息が上がる。ああ、十三歳にもなって、僕ときたら、全然、全然だめだ。
公衆電話、公衆電話でかけるしかない。この町のどこに? そんなのわからない、ともかく部屋を飛び出す、ああそうか、下のもちもち餃子帝国!
「誰か!」
もう閉店の時間なのだろう、お客はほとんどいなかった。奥で店長がひょこっと顔を出す、いや、その手前、でかい身体で目をまるくしたこのおとこだ、なんだか周りがスローモーションみたいに見える、ああちくしょう、よりによってこいつに頼るのか、TシャツにJudgeだなんて書いてあるこの男に!
「リンダ、叔父さんが」
でも僕はすっかり小さな子どもで、真っ赤なTシャツの馬鹿にすがりついていた。びっくりするほど僕の声は震えていた。
「叔父さんが、死んじゃう」
口に出したらそれはとてもおそろしい言葉だった。こわくてたまらなかった。顎も手もめちゃくちゃに震えた。ものすごく寒い気がした。つめたい汗がどっと出る。でもリンダはびくともせずに立ち、僕の肩をぎゅっとつかんだ。分厚い手だった。
「なんか、あったのか」
「助けて」
リンダ、助けて、叔父さんが。
大事なことはぜんぜん言葉にならない。これじゃあなんだかわからない。でも息がだめだ。声がうまく出ない。走ってきたからだろうか、息が整わなくて、のどがぎゅうっと鳴って、なんだか手や足がしびれて、アタマの奥がぐらぐらした。立っていられない、ああ、呼吸が、
「店長! ビニール袋!」
リンダがものすごく大きな声で言った。そうして僕を抱えるみたいにして店長にあずけると、頭のタオルを乱暴に取って駆けて行った。とても足が速い、弾丸みたいだとぼんやり思った。店長が僕を座らせてくれながら、口元にビニール袋をあてがってくれた。アパートの階段を勢い良くのぼっていく音が聞こえた気がして、僕の目の前は真っ暗になった。
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