鳴海由紀

「彼はなにを思って、私に協力してくれるんだろうね」

 美月からようやく目的の封筒を手に入れると、莉花は一人呟く。美月は痛ましそうに、目を伏せた。

「……おそらく。亡くなった妹さんの、仇を討ちたいんじゃないかしら?」

「まあ、そうだよね……」

 以前、真一郎に犯人を八つ裂きにしたいかと聞かれたことを思い出す。あれはきっと、彼の本音だろう。

 莉花は手に入れた資料を指先で撫でる。封筒から出さず、慈しむように、優しく、触れる。

「じゃあ、私が八年前の犯人に好意的だって言っちゃ、ダメだよね~」

「当たり前よ。それより、資料を確認しなくていいの?」

 封筒の中身は、鳴海由紀の資料だ。

しかし、今はまだ確認する気にはなれない。少なくとも、美月の前で見る気はない。

「えー、美月ちゃんにジロジロ見られながら? いやん」

「っ……いやん、とか可愛いすぎるわっ。もう、ほんと天使。可愛い! 可愛いからこそっ。あえて言うわよ」

 艶やかな唇からため息をこぼし、美月は真剣な目で莉花を見据えた。

「……あの事件の後、杉崎の家は大変だったらしいわ」

 高校に入学した当初から、美月は父に真一郎のことを聞かされていたらしい。なにかあったら知らせてほしい、と。

「父さんは詳しいことを教えてくれなかったけれど、色々あったようよ。杉崎も中学は休みがちだったらしいし……うちの学校って頭良い連中は多いけど、杉崎はちょっと他の男子とは違うわよね。達観としているというか」

「達観というより~ なんにも興味がないって感じ?」

 心に欠落があるような。

そこは自分と似ていると思っていると、美月は真顔で首を振った。

「興味がない? いいえ、違うでしょう。彼はあなたには執着しているわ。おそらく、事件関係者だから。妹とは違って、生きて帰ってきたからだとしたら……」

 美月が危惧していることに思い至り、莉花は首を傾げた。

「ねえねえ。それって~ なんで妹は死んで、お前は生きてるんだって。私のこと逆恨みする可能性があるって言いたいの~?」

「わからないわ。ただ、莉花を見る目つきはちょっと、危ない。根拠もなく人を悪く言いたくはないのだけど……」

 不安そうな瞳を見返して、莉花はにっこり笑った。

「気をつけるねっ!」

「……なにかあったら、連絡しなさいね」

「わかってるってば~」

「莉花ちゃんっ。本当にちょっとでも危なく感じたら、大声出して逃げなさいよ? 絶対、絶対に撃退しようなんて考えちゃ駄目なんだからっ!」

「もう、信用ないなぁ。ほら、見てみて~ 最近、防犯ブザー持ち歩いてるんだよ? なにかあったら爆音鳴らして、人殺しって叫んで、二度と近づけないようにするから。ね?」

 真一郎にもらったハートのキーホルダーを見せながら、莉花は携帯で時間を確認する。

 午後三時。

 いつもなら真一郎と会っている時間だが、今日はどうしようか。

 少し一人で考えをまとめたいが、美月を振り切るのは大変だなと悩んでいると、携帯が震えだした。

あ、これは使える。

「美月ちゃん、ごめんね。ちょっと、外で電話してくる~」

 そのまま美月を置いて帰ろうと、莉花は荷物を持って店を出た。

「あれー、久しぶりっ。どうしたの~?」

 電話の相手は中学のときの友人だった。どうせ大した連絡ではないだろうと、はじめ適当に流していたが……

「……へえ」

興奮気味の声を聞きながら、莉花はゆっくり瞳を閉じた。

「あら……莉花ちゃん、なにかあった?」

 電話を切り店内に戻ると、美月に不思議そうな顔をされた。莉花は自分が冷静でないことを自覚し、大きく息を吐き出した。

「あのね~、美月ちゃん? 中学のときの友達から連絡があって、今、近所に警察がいっぱい集まってるんだって」

 できるだけ平坦な声で、莉花は告げる。

「誘拐されていた女の子が、発見されたかもしれないって」


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