アリスロリータ

 イメージは不思議の国のアリスだ。

 白ロリータ系のレースのスカート、うさ耳カチューシャ。

 薄茶の髪は二つに分けて、ゆるめの三つ編みに。あえて野暮ったくしながら、メイクは少し気合いを入れたドールメイクで。

「莉花ちゃんっ。なんて、なんて、可愛いのっ!!」

「……服ぐちゃぐちゃになるから、抱きついてきたりしないでね~?」

 屈辱を噛みしめつつも、笑顔。とにかく笑顔。

 午前十一時。莉花は美月と駅前で待ち合わせをしていた。

「美月ちゃん、約束のもの、ちょうだい?」

「ランチして、美術館行って、買い物したらね?」

 拷問だ。

 なにが拷問かと言えば、美月の友情の範疇を超えた熱視線と、カメラを向けられ続けることがだ。

 うわぁあああ、気持ち悪いよぉ。悪寒が止まらない。

 そんな拷問を四時間以上にもわたって堪え忍んだ結果、莉花はすっかり荒んだ目になっていた。

 長いつき合いである美月相手とはいえ、可愛い女の子を演じることにこだわる莉花としてはありえない態度だ。つまりそれだけ、精神的に疲れていた。

「……美月ちゃん、もう十分、つきあったよね?」

 喫茶店のテーブルに両手をついて、楽しそうにメニューを選ぶ美月を見下ろす。

「いい加減、資料ちょうだい!」

「えー、資料ってなんのこと~? 莉花ちゃん、このパンケーキすごくおいしそうよ。半分こして、食べ……」

「地獄に堕ちろ」

 うっかり毒を吐いた次の瞬間、美月は瞳を見開いた。しまったと莉花は口を押さえる。

「そんな、そんな言葉を、莉花ちゃんが口にするなんて……」

「ごめん、美月ちゃん。つい」

「もう、もうっ。そんな冷たい目で罵倒されたら、ぞくぞくしちゃうわ!」

「……」

 変態がくねくね、もだえている。

 莉花が目的のものを手にするまで、まだまだ苦行を乗り越えなければならないようだった。


 ◇◆◇


 誘拐されたときの記憶は一部鮮明で、一部ぽっかり抜け落ちている。覚えていることのほとんどは楽しい記憶だが、一つだけ、重苦しいものがあった。

 八年前、一人の少女が亡くなった。

 それを知ったのは、莉花が警察に保護された三日後。見舞いに訪れた、美月の口からだったと思う。

 その子の名前を聞いた瞬間、天国から地獄に落とされる想いを味わった。

 莉花は当時担当刑事だった美月の父に頼み込み、告別式に行った。

 連続誘拐事件の被害者、幼い少女の死に、報道陣から学校のクラスメートまで、葬儀場には多くの人が集まっていた。

 ただその中に、彼女の死を悼む人はどれくらいいたのだろう?

 亡くなった少女は病弱で、あまり学校に通えていなかったらしい。人は多いのに、よそよそしい空気が流れていたことを覚えている。言い方は悪いが、野次馬が多かった。

 そんな人々に対しても、少女の母は深々と頭を下げて、挨拶をしていた。やつれた顔をしながも、凛と。まっすぐ前を見据えて。

 母とはこのように強いのかと、莉花は感嘆した。

 少女の父は体調不良で姿を見せず、二つ年上の兄はうつむいて肩を縮めていたからこそ、その三十半ばの女性の強さが際だった。

 しかし、ただ一度、莉花は女性の涙を見た。遺影の前に立ったそのときだけは、彼女は嗚咽を漏らしたのだ。


 写真の少女は、無邪気に笑っていた。

 細面で、利発そうな瞳。

 色白なせいか、儚い雰囲気の少女。


 ……莉花の知らない子だった。

 だから、今の今までそのときの記憶も感情も封印していた。あのとき感じた疑問も忘れていた。


 彼はなにを考えているのだろう?


 八年という短い人生の幕を下ろした少女は、鳴海由紀という。

 連続幼女誘拐事件のはじめの被害者。姿を消して一ヶ月後に雪の中で発見された彼女は、真一郎の二つ年下の妹だった。


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