第10話 駆蛇と試しの儀
リーザは木円盤を抱える手に微かに力を込めながら、緊張して速くなってゆく鼓動を落ち着かせようとする。すると不意に、前を歩いていたシムルグが素早くこちらを振り向き、分厚い革手袋で覆われた手でリーザの胸倉を掴んで引き寄せた。
リーザは驚いて声を上げる。
「んわ!」
「ボケッとすんな」
シムルグの低い声と共に、蟲の羽音が聞こえる。まさかと思い、シムルグの視線の方向を振り返ると、さっきまでリーザが居た場所のちょうど頭上付近に
リーザに
「ありがとう、シムルグ。わたし、ぼーっとしてた。もっとちゃんとする」
「無論ちゃんとしろ。それよりちょうどいい機会だ。見とけ」
シムルグは身に着けていた片手の革手袋を即座に外し、素肌のままとなった己の手をリーザに見せてやった。
シムルグの爪は刃の如く鋭く、手の甲から指まで美しい真白の鱗で覆われている。その上に、
シムルグはその手で、おもむろに足元の草原へと触れる。そうすると、なんとまだ明るい新芽の色をたたえていた草原はみるみるうちに枯れ果て、腐って土となり、最後にはシムルグが触れた一帯が灰の如き砂と化した。
リーザは大きく目を見開いて、砂となった草原からシムルグへと視線を移す。シムルグは、あまりにも静かな横顔で、己の手が触れている砂を見つめていた。
「これが、
「……うーん」
リーザは唸るような声を漏らす。
シムルグは腰に提げた皮袋に入れていた湯で手を注ぎ、霜を溶かして再び革手袋を身に着けながら、何やら考え込んでいるリーザを怪訝そうな顔で見下ろした。
「返事は? なに唸ってる」
「うん……だって、わたしならその、〝冷気の毒〟。効かないんじゃないかな、と思って」
「ああ? 馬鹿かお前」
「ばかだけど。ばかじゃない」
リーザはそう真剣な声を零して、革手袋を纏ったシムルグの片手に己の右手で触れた。
「!」
「待って。ちょっと、おとなしくしてほしい」
反射的にリーザの手を強く振り払おうとしたシムルグであったが、リーザは手を放さない。リーザはシムルグを落ち着かせるように微笑みながら、シムルグを見上げた。
「わかる? こんなに分厚い手袋越しでも、わたしの手。熱い」
「……! なんだ、これ。いくら何でも熱すぎるだろ。お前の体温、どうなってる?」
シムルグは目を丸くしてリーザを見た。シムルグは分厚い革手袋をしているのにも関わらず、リーザの手の体温が、確かに伝わってくるのだ。しかもそれは、常人の体温にしてはいくら何でも熱すぎる。
「わたしの身体、〝
「
「うん。えっと……つまりは、夏の火の精霊が生まれた時から身体の中にいるの。……それでわたしも、よくバケモノって言われてた。だから、シムルグの気持ち。ちょっとだけ、わかる」
「……」
シムルグは微かに息を止めて、口を噤んだ。リーザはその沈黙を破って、明るい声を出しながら、握っているシムルグの革手袋の手を軽く振った。
「ほら。こんなに熱かったら、冷気の毒もわたしには効かない! だからシムルグ、気にしないで!」
「……ばーか。いくら体温が高かろうが、触れた瞬間は毒で少しでも傷つくだろ。あと、大前提として。俺が誰にも
シムルグはそう小さく息を吐いて、リーザの手を今度こそ振り払った。そのまま、足早に
◇◇◇
シムルグとリーザは、ようやくベルーガのもとへと追いつく。そこは、ちょうど
「これが
草原の中心には、寄り添うように何頭もの
ベルーガは段取りよく、試しの儀の説明を続けた。
「
「はい! おおまか、には!」
「おう。いい返事だ」
次にベルーガは、腰に提げている剣を鞘から抜いて見せた。
その剣の刀身は、不思議な色をしていて。まるで何色もの暗い赤や茶色を混ぜ合わせたような、赤銅色に近い色をしていた。
「普通の霜祓いは〝
リーザは初めて知る〝霜祓い〟の常識に、目を輝かせて何度も頷く。
「そうなんですか! はじめて知る、ました……!」
「ああ。リーザちゃんはそういう類の武器はなさそうだけど……大丈夫か?」
「はい! わたし、だいじょぶです。わたしには、夏呼びがあるので……!」
リーザは腕に抱える木円盤を掲げて見せる。ベルーガは興味深そうにリーザの木円盤をじっと観察した。
「はーん。それが、ラース坊からちょいと聞いた異大陸の奇術かい。いいねぇ、面白そうだ。色々期待してるぜ、リーザちゃん」
「はい! がんばる、ます!」
「じゃあ、始めるぞ」
シムルグは短くそう言うと両手の革手袋を外し、懐へと仕舞う。そうして、一頭の
「友よ。新たなる
低い声でシムルグが
「あれが、試しの儀の始まりの合図。昔っから、
「なるほど……! 教えてくれて、ありがとうございます」
「ああ。それじゃ次は、リーザちゃんの番だ」
ベルーガに背中を押され、リーザは大きく息を吸って、吐き出しながら
「そう固くなるな。お前が思うままに、やれ」
「! ……うん」
胸を逼迫していた緊張が、シムルグの声によってゆるりと
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