奈津+愛美

・九条 奈津

高校2年、男

可愛いものが好き

言葉をすぐ信用しちゃうタイプ

愛実のことが好き

誕生日9月7日


・百瀬 愛美

高校3年、女

可愛いものが好き

進路が決まってるから部活には毎回出ている

誰にでもすぐ好意を伝えるタイプ(他意はない)

奈津のことは後輩としか見てない

誕生日9月21日


そんなお二人のお話


9月2日「好意」

 ズルい人だと思う。

「あ、やってくれた? ありがとう、大好き!」とか「もちろん、奈津くんのこと大好きだよ?」とか「私は好きな人しか下の名前で呼ばないからね」とかそういうことを言うのはズルい人だと思う。

 先輩が茶化して言ってるだけで本当に『好き』なのか、友人としての『好き』なのか、関係性を悪化させないように言ってる気持ちのこもってない『好き』なのか、一切分からないけどそういう発言はやっぱり良くない気がする。自分に好意があるのかも!? とか、そうやって言ってくれるのに心が絆されて好きになっちゃった!? とか生まれる。ソースは僕だ。

 そう、僕は先輩のことが好きになってしまった。もちろん、自分に対して純粋に好意を抱いてくれるから、とかそういう理由じゃなくて。可愛くて、普段はとても親しみやすくて、でも部長として締めるとこはちゃんと締める、そんな頼りになる先輩が好きなんだ。

 でも、一因としては否めない。『好き』という好意を伝えてくれるのは非常に嬉しくて、自己肯定感が上がって…………自分のことを好いてくれる、というステータスはそれだけで好感度が上がって恋愛面での『好き』に移動することはそうおかしいことでは無い。

 …………月曜日が二学期最初の部活だから、月曜日早く来ないかな、と溜息をつきつつ、同時に来るテストの為に勉強を始めた。


9月2日「休日」

 明日に控えたテストが苦手教科だからって今日はずっとテキストと向かい合っていたのだが、やっぱり『好き』を自覚すると、その人のことしか頭を回らないものだ。

 好きな人、という響きだけで素晴らしいものに聞こえる。特別感がえげつない。だけど、先輩にとっては別にそんなことはない。この矛盾が心を蝕む。

 もちろん確認はしてない。だから、先輩が僕のことをまじで好きな可能性は存在する。でも、簡単に、それこそ部活1回につき1回みたいなノリで言っている言葉に本当の気持ちが含まれてるのは考えづらい。ってことはやっぱり友人か、関係性円滑の為の心のこもってないものか。

 何度もそんな思考を巡らせては、同じ結果にたどり着き、溜息をついている。

 好きな人が入れば心が幸せになる、とか付き合うまでが楽しい、とか色々言うけど結局心を病んでる自分は普通じゃないのか、言ってるやつらが能天気な恋愛しかしてないのか、辛かった思い出を美化したくて無理矢理言ってるのかとりあえず言葉通りではない。

 先輩が好きで、それは『普通』の恋愛で、でも感じ方が『普通』じゃない、なんともめんどくさいものだ。

 ……会いたいな。なんて思って、でもちょっとだけ、無責任な『好き』の言葉が聞きたくないから会いたくなくて。そんな矛盾した気持ちが僕の心を支配した。


9月4日「部活前」

 授業が終わって、HRも終わった。

 と、ほぼ同時にカバンを持って教室の外に出る。階段を降りて2階に降りて、部室へ行くと既に鍵は空いていた。

「ん、やっほー奈津くん」

「こんにちは、愛美先輩」

 先輩はワイヤレスイヤホンを片耳だけ取って、こちらに挨拶を投げかけた。僕が挨拶をするとニコッと笑ってイヤホンをしまう。元々片耳しか付けてなかったらしかった。

 机の上に広げてある本には文字がズラーッと並んでて、ノートはカラフルに彩られている。

「勉強……してたんですか?」

「うん、5・6限、暇だしね。進路は決まったとはいえさ、中間とかの対策とか、入った後とか色々大変になるから、勉強する習慣は付けとけって言われて」

 ノートをしまいつつ先輩が答えた。

 勉強する習慣を付けろ、とか言われても僕だったらゲームに明け暮れてしまいそうだから、やっぱり先輩は凄い。

「さてと、後輩くんたちは?」

「さぁ、まだ来ませんね」

「まあ〜そうでしょうね」

 そりゃそうだ。うちのクラスはHRが断トツで短い。それが終わった瞬間に教室を出て、軽く駆け足で部活に来てる僕より早かったら、もはやHRに出席してない可能性が出てくる。

「気長に待とっか」

 先輩は机に腰掛け、携帯を見だした。

 可愛いけど、スカート見えすぎて、下着見えそうだな、なんて思いながら、僕は椅子に座って携帯を開いた。

 来なかったら、きっと2人で部活をする。その方が都合がいい、なんて思った矢先、パタパタと廊下を歩く音が聞こえ、僕は溜息をついた。


9月5日「後輩くん」

「あれ〜? 珍しく遅かったですね、せーんぱい」

 掃除の担当をこなした僕が部室の扉を開けるとそんな声が聞こえてきた。

「……来てたのか」

 後輩の水瀬葵が昨日の先輩と同じ体制で机に腰掛けていた。

「来てます〜。せんぱいと違って毎回同じ時間に来てるんで」

「今日は掃除当番で遅れただけだ。お前だって掃除当番で遅れることくらいあるだろ」

「ん〜? ボクのクラスには『掃除当番』ちゃんがいるんで、ボクはやんないですね〜」

「……そんなわけないだろ」

「いるんですよ『掃除当番』ちゃん。ボクはその子がやってくれたのを褒めればいいだけなんです」

「……奴隷かよ」

「ちっがいますよ〜。相手が勝手にやってるだけです〜」

 そうは言うが、3年校外学習で先輩がいなかった日の帰りにクラスメイトと思しき人に荷物持たせてたのは見た。つまり、そうやってクラスメイトをいいように扱ってるに違いない。

 しかもコイツは、愛実先輩の前では従順な人間を演じてる。だからこそ、悪い子じゃない、って先輩も思い込んでしまっている。

「…………僕はお前の悪どいところを知ってるんだからな」

「ふふっ、知ってもらえて何よりです!」

 全く悪びれずに葵は笑った。


9月6日「体調不良」

 具合が悪い。

 アラームと共に起きた僕はそう思った。とりあえずリビングに行き熱を測る。

 体温計は軽快な音と共に熱が38.5であることを伝えた。

 こんな体調で学校に行くわけには行かない。そう思って学校に連絡する。

 幸い出たのは担任だったため「熱があるので休みます」と伝えると「はい、お大事に」とだけ言われて終わった。これが担任以外なら保護者の電話は〜みたいな感じでめんどくさいことになった。

 親なんかいない。書類上はいるが、父親は死別、母親は僕が高校入学と同時に新しい男を捕まえて家を出てった。

 熱のせいでフラフラするが、薬を飲む。そのまま少し体調が良くなって部屋に戻れるようになるまでリビングにいることにした。


「ピーンポーン」

 ドアチャイムの音で目が覚める。時計は16時を指していた。体が痛いが熱は少し収まったようで重い体を動かしドアを開くと、先輩がいた。

「……あ、やっほ」

「あみ、せんぱい……?」

「お邪魔しまーす」

 先輩が家に上がって、僕は少し慌てる。

「え、あ、なんで……」

「いいからいいから、寝てて?」

 そうは言われてもなんて思いつつ、リビングに戻って少し横たわる。

 先輩はバックを下ろして、紙の束をリビングのテーブルに置いた。

「これ、プリントね。仲良いだろって先生がくれたから届けに来た」

 先生……担任だろうか。僕の部活の顧問も兼ねてるから、その関係だろうな。

「あと、飲み物と、おかゆ。パックのやつだからレンチンすれば食べれる」

「え、そんな、いい……」

「ダーメ。遠慮しなくて、いいからね」

 そう言って、先輩は僕の頭を撫でた。

「親御さん帰ってくるまでいてあげるから、ね?」

「……帰ってこない」

 そう呟くと、先輩はちょっと驚いたようだった。

「なるほどね。まあ、いいじゃん。おやすみ」

 撫でてくれるのが心地よくて、具合悪い時にいつも母さんがしてくれたことを思い出して。

 僕はふたたび深い眠りに落ちていった。


9月7日「奈津くんのお誕生日」

「……い、……い、おーい」

 声がして目が覚める。

「んぁ……」

 目をこすって時間を確認すると6時半。まだ早いなんて思いながらもう一度目を閉じる。

「おーい!! なんで2度寝しようとしてんの?」

 声がして、もう一度目を開けると、先輩と目が合った。

「っ、うわああああああああああ!」

「何その反応。まるでお化けが出たみたいじゃない」

「え、なんで、先輩が……?」

「ん、昨日から帰ってないから」

 しれっと先輩はそう言った。

「え、帰って……ない!?」

「あ、大丈夫。ご飯は昨日買ってきてあったし、ちゃんと寝たから」

 そういう問題じゃない。

 つまり僕は知らぬ間に好きな人とのお泊まりイベントをこなしていたということになる。これは由々しき問題だ。したかったこととかあったのに……。いや別にやましい感じじゃない、そう、そんなんじゃないんだ。

「ほら、熱測ってみなよ」

 体温計を差し出されて素直に体温を測る。

 37.5を示している。

「ん〜、微妙だね。休もっか」

 そう言うと先輩は自らの携帯を取り出して部屋を出ていく。

 今日の日付は9月7日。そういえば誕生日なのか、と思い出した。

「たっだいま〜」

 先輩が戻ってきた。

「せんせーに休むって連絡してきた〜。ついでに私も休むって言った〜」

「え!?」

「寂しいじゃん。家に1人とか。奈津くん、今日誕生日だしさ」

「あ、覚えて……?」

「もっちろん。大事な後輩だよ?」

 覚えて貰えてたってだけで、嬉しい。

「そっかぁ……」

「じゃ、おやすみ、奈津くん」

「おやすみなさい、先輩」


9月8日「酷い人」

「その対応されてんのに好かれてないとか思ってんの!?」

 熱が下がったから学校へ登校する。担任に心配されつつ、4限まで受けて昼休みになった。友人の水縹薫がそう言った。

「え、うん」

「何それ、人間不信か?」

「人間不信じゃあないけど、でも誰にでも好きとか言うし……」

「でも、お前の話だと具合悪いやつがいたら、家までプリント届けてやるし、親がいないならそのまま泊まる奴になるぞ? そんなの酷い人じゃん」

 ……酷い? 先輩はズルい人ではあるけど、酷い人、なのだろうか。別に何も酷くないと思う。優しいだけなんだろう。

「酷くはなくない……?」

「酷いだろ。なんで酷くないんだよ」

「…………なんか?」

「だって、好きな人にだけ特別じゃないんだろ? つまり付き合ってる奴がいても、他の奴にそんなことしちゃうってことだろ? 酷いじゃん」

「あ……」

 確かにそうだ。僕に好意がないのにそんなことをしてたらそういう面では酷い人になる。でもさ……

「でもさ……好かれてる、とは思えないんだよな……」

「まあ、誰にでも好きって言うやつの文言は正直信用はできないよな」

 薫は弁当を食べ始める。その行為はまるで、もう話は終わり、と言っているようだった。


9月9日「焼き鳥」

「焼き鳥食べたい」

 と、突然言った、先輩が。

「え、焼き鳥……? なんで……?」

「なんか、あんま食べないじゃん? だからさぁ

急に食べたいなぁって思っちゃった」

 あっけらかんと言ったのがやけに無邪気に聞こえて、なんだか可愛いなと思う。

「でも、どこで食べるんですか? コンビニ?」

「コンビニは……冷えてんじゃん、なんか焼きたて感ないってか」

 むぅ、と頬を膨らます。その動作も愛おしい。

「でも焼き鳥食べれるとこって言うとさ、居酒屋とかしかなくない?」

「……まぁ、確かに」

 コンビニ以外は特にないもんな、と思う。

「あー、焼き鳥食べたい」

 お腹が空いてきたな、と思った。


9月10日「ゲーム」

『ゲーム、しようよ』

 メッセージが送られてきた。

「え、何の」

 今日は日曜日。つまり、実際には会えないからボドゲとかは無理。しりとりとかなら『しりとりしようよ』と送られてくるはず、だし。

『何のですか?』

『チェス』

 ……は? チェス!?

 え、なぜ、あ、もしかして、盤面の数字と動かした駒の名前を言いつつやるみたいな!? 無理。できない。

『チェスルール分かんないんですけど』

『知ってる』

 知ってる……? え、ん?

『チェスのルール送るから、10分後に覚えてるかどうかのテストね』

 リンクと共にそんな言葉が送られてきた。

 ……それは、ゲームなのか?


9月11日「愛してる」

「愛してるよ、奈津くん」

「…………っ」

 真正面から言われた「愛してる」。好きな人から言われて赤面しない訳がなく。例えそれが『嘘の言葉』だったとしても。

「奈津先輩の負け〜。何回やったら勝てるんですかぁ?」

 部活で愛してるゲームが行われている。愛してるって言われて赤面しなければ続行、先に赤面した方の負け、そんなゲーム。

 僕と葵の勝負は全然勝敗が付かず、愛美先輩と葵の勝負は愛美先輩が圧勝。

「奈津先輩は男の子なんですから絶対勝てるはずなんですよ〜。やる気ないなぁ」

「自分だって瞬殺だったくせに」

「でも、自分のターンの時すら言えないのはヤバいですよ」

 そうは言うがな、と思う。実際問題いくらゲームだと言われようと、僕が先輩を好きなことは事実で、「愛してる」という言葉を発するのは告白とほぼ同等で。それだから言えないんだよ、なんて言えずに僕は黙るしかなかった。

「可愛いね、奈津くんは」

 可愛いと言われるのは癪だが、先輩ならいいかなと思うレベルにはこの人にゾッコンなんだよ、僕は。


9月12日「秋」

「あつーい!」

 先輩がそう言った。

 今日は部活ではないのだが、たまたま帰りが同じタイミングでせっかくだからと最寄り駅まで一緒に帰っている。一緒に帰るなんて恋人っぽいなと思っているのはきっと僕だけ。

「そうですね……暑い……」

「ね! 暑いよね! 溶けちゃうよ!」

 暑さにイライラしてるのか少し怒ったような口調で先輩が言う。若干頬を膨らまして不平を表しているのかもしれないが、可愛い顔をしてるだけにしか見えない。

「9月だよ? もう9月だよ?」

「はい」

「ってことはさ、秋だよ?」

「はい」

「暑くなくていーじゃん」

 言ってることは最もだが、最近は秋なんてあってないようなものだから多分今月いっぱいくらいは暑いんだろうな……なんて思う。

「やだな……暑いの」

「僕も嫌です」

 そう答えるとそーだよね、みたいな感じで僕に向かって微笑んで、そんな顔をされて僕は胸がぎゅってなる。

「仕方ない。食べ物で秋を感じよう」

「……コンビニ、僕は寄りませんよ?」

「ぬぇ!?」

 先輩が目を見開いてこちらを覗く。

 僕はそれに対して笑顔を見せる。

「むぅ……奈津くんはイジワルだ……」

 先輩はもう1回頬を膨らまして抗議をした後、諦めたように笑った。


9月13日「電話」

 供給が過多になると、何故か求めるものも増えるという悲しい原理がある。いつも会わない時に会ってしまうと、その後の喪失感がえげつない、って感じだ。特に2日連続会ったあとの次の日なんてえげつないほどの喪失感というわけだ。

 そんな訳で、今日の僕は先輩不足で死んでいた。明日に会えるとかそういう問題じゃなくて、今日、今、会いたいのだ。

 そんな訳でこうして夜までギリギリ耐え抜いてきたわけだが、ここでとうとう無理になった。から、先輩へ1本の連絡を入れた。


『電話したいなんて珍しいね?』

 先輩がそう言った。

 どうしてもどうしても声が聞きたいなんて思って電話の要求をしてしまったのだ。

「すいません……」

『んーん、全然気にしてない。大丈夫』

 ちょうど暇だったし、なんて笑った声がする。顔は見えないから想像するしかないけど、その顔はとても可愛い……と思う。

『にしても何の用事もなくただただ電話したいなんてさ〜、何が目的かなぁ?』

「まぁ、何となく……」

『声が聞けなくて寂しかったとか? まぁ、そんなわけないかな』

 その通りです! と思いつつ声には出せない。相変わらず目ざといな、と感心した。

『話したい内容はあるし何時間でも話せるよ』

 優しい声でそう言われる。急に電話がしたい、なんて理由も言わずに連絡を入れた後輩に嫌な顔せず、むしろ長引いても大丈夫と安心させるのは凄い高等テクニックだな、と思う。

 お言葉に甘えて、僕は1時間、先輩と他愛のない話をして寂しさを紛らわした。


9月14日「準備」

 告白をしようかな、と思った。

 何故かと問われれば特に理由はなく、ただ何となくこの曖昧な関係が続くのは微妙かな、なんて思った次第で。

 でも、言葉で伝えるのは気恥ずかしくて、だからラブレターを書こうとそう思った。

 で、文房具屋さんに来ている。

 便箋なんて真っ白のしかなくて、ラブレターならそれでもいい気がするが、せっかくなら先輩に合うような可愛いものにしたくて、なかった。

 文房具屋さんに女児向けの可愛いのか、酷くオシャレなものかシンプルしかないのか、はたまた僕の可愛いのセンスがおかしいのかよく分からないが、とりあえず可愛いのはなかった。

 仕方なくオシャレでいいな、と思ったのを買う。

 便箋を買えたことに安堵して、なんだか今日は満たされたので、文言を考えるのはまた明日にすることにした。


9月15日「ラブレター」

 ラブレターを書くことにする。

 何から書こうか、なんて思う。

 いやまて、本当に何を書くか。

 まず1文目は何? 「貴女のことが好きです」とか? いやでも急すぎる気もする。まずは季節の挨拶? いつもお世話になってることへの感謝?

 分からん。何も分からん。

 一旦パソコンに向き合うことにした。

 便箋にいきなり書き始めるのは自殺行為。かといって別の紙に下書きを書くのは何となくダメな気がして。その点パソコンのメモアプリとかなら何回も書き直せるし、決まって書き写しできたら消せばいい。

 でもまぁ、やっぱりまずは感謝かな、と思い、一言目に「いつもお世話になっております」と入力する。

 そこからうんうん唸りながら2時間かけて文言を決める。

 これ、直接告白する方が色んな言葉並べなくて楽だな、なんて途中で思い立って、でも勇気がねぇなと却下しながら考えた。

 自分らしいかどうかはともかく、自分が書ける最大限の文章は書けた。自分の気持ちもパーフェクトに書いた。

 だから月曜に届けに行こう。

 そう思ってカレンダーを確認する。

 今日が15日金曜、土曜、日曜、18日月曜が赤く書かれている。秋分の日、らしい。

 つまり、会えるのは火曜。

 …………なんか、1日増えただけなのにやたらと遠く感じた。


9月16日「好きな人」

「好きな人に告白したの? 奈津は」

「急に、どうした」

 今日は土曜だから、と薫と2人で出かけることにした。行先は普通にショッピングモール。

 15時休憩って感じで入ったカフェで他愛のない話をしてたら唐突にそう聞かれた。

「いや、したのかなぁって」

 特に理由はないらしい。

「ん〜、まだしてない。でもしようと思ってる」

「……そっか。直接言うの?」

「それは恥ずかしいし、直接フラれるのもキツイからラブレター書いたけど」

「え、もう書いたの」

 薫が驚いたようにそう言った。

「うん。次の部活で渡そうと思って」

「へぇ、何書いたの?」

「普通に……告白の文章」

「ふーん」

 自分で聞いたわりには興味無さそうな返しをする。そのまま薫は自分の前に置いてあるコーヒーを飲み干す。

「……そろそろ行く?」

「そうだね」

 そう答えて、僕もグラスの中身を飲み干した。


9月17日「揺らぎ」

 告白しない方がいいんじゃないか。

 そんなことを思った。

 やっぱりこういう告白は思い立った日にするか、次の日にするか、とりあえず気持ちが高ぶってるうちにしなきゃいけないんだろう。

 つまり簡単に言うと。告白したい! って感じの気持ちが急激に冷めて、フラれたらどうしよう、の気持ちが勝ってきたって感じだ。

 困った。このままだとラブレターを破り捨てたい気持ちすら湧いてくる。

 ……本当に成功するのか。気まづくなるだけじゃないのか。付き合えるのか。

 後輩だと思ってた、と言われるならまだしも「え、キモ」とか言われたら果たしてその後生きていけるかどうかすら不安になる。

 ……しんどい。しんどい。心が荒んでいく。

 未来がみたい。愛美先輩の心が読みたい。

 心を読んで、未来を見て、辛くなってしまったら見なければ良かったと、きっと後悔するのだろう。それでも、それでも今は不安を解消したくて、でも何も出来なくて、そんなたらればの話は必要なくて、僕は何も解決できないまま、今日を過ごした。


9月18日「祝日」

 そっか、今日は休みだっけ。

 いつもの時間に起きて、いつものように支度をして、いつもの時間に家を出ようとした時にそのことに気づいた。

 残念。部活、楽しみだったのに。

 葵ちゃんも可愛いし、奈津くんも可愛い。

 可愛いものは好きだ。可愛いものなんなら何でも。見た目が可愛くても、性格が可愛くてもとにかく好き。

 でも、そうやって言うと『軽い女』なんて言われる。別にいいと思うけど。好きなものに好きだよって伝えたって。ネガティブな言葉じゃないんだし、ね?

 なんて誰に向けるわけでもない問いかけをしてみる。今日が平日じゃないのは想定外で、今日はなーんにもすることがない。

 この間みたいに奈津くんから電話がかかってくれば幾分か暇も潰せるものだけど、そんなに頻繁にかかってくることもなさそう。友達はみんな受験に本腰を入れ始めてるから迂闊に遊びに誘えない。

 今進路が決まってるって結構不都合だなぁ、なんて思った。専門学校の入試。受験が解禁される6月に真っ先に願書を届けて、そのまま6月中に試験があった。結果も7月には出て、無事合格。多分、学年でトップクラスに早かったんじゃないかな。

 そんなんだから、受験生としての自覚なんて持つ間もなく終わって、クラスメイトと足踏みを揃えられず、つい最近終わった夏休みも去年と同じような日々を過ごした。さながら気分はまだ2年生だ。

 勉強は進学するまでに落ちない程度の勉強でよくて特に必死になることも無い。

 溜め込んだ本でも読もうかな、と適当に手に取って開いた。


9月19日「告白をした」

 告白をすることにした。

 どんな感じでするかなんて全く考えてなくて、とりあえずノープランで手紙だけ持って部室へ向かうと先輩がいつものようにいる。

 すぐに葵も来て、部活が始まって、終わった。

 17時。それが部活が終わる時間だった。

「よーし、お疲れ様」

 愛美先輩がそう言って葵と2人でお疲れ様でーすと返して、葵がそそくさと出ていく。

 きっとタイミングは今。

「先輩」

「ん〜?」

「僕、渡したい物があって」

「渡したい、物? もうすぐ誕生日だから?」

「あ、いやそうじゃなくて」

 じゃあ何? みたいな感じで首を傾けた先輩に僕は手紙を差し出す。

「これ、読んどいて下さい」

 それだけ言って逃げるように部室から出る。

 顔から火が出そうなくらい暑くて、もう告白しちゃったからなるようになるんだ、という実感があって、とりあえずすごいドキドキした。


9月20日「告白をされた」

 昨日、奈津くんから手紙を貰ったことを思い出す。

 暇だな、なんて思いながら自習の時間をこなそうとファイルを出した時に昨日貰った手紙が出てくる。

 誕生日プレゼントではないらしく、じゃあこれは一体なんなんだ、なんて思う。

 捻りつつ封筒を開くと手紙が2枚入ってた。


 ……ラブレターだった。

 正確に言うと、1枚には日頃の感謝的なものが書かれていて、もう1枚がラブレターだった。

 奈津くんが、私を好き。

 奈津くんが、私を。

 なんでだろ。理由は確かに手紙に書かれていたけど、でもそれとこれは全く違って。ようは全く理解できなかった。なんで、私の事を好きになったのか、なんで私なのか、どうして今なのか。

 どうして、直接じゃないのか。

 これじゃあ、断る為に会わなきゃ行けない。明日までこのモヤモヤした気持ちを抱えなきゃいけない。なんで、なんで、手紙なんだ。

 直接の方がマシだった。私は奈津くんのことは好きじゃない。嫌いなわけではないけど、とにかくそういう目では見てないんだ。

 ……キツイな。つまりいつも言ってた「好き」の言葉を真面目に受け取ってしまったらしい。それが事実なんだ。

 そういう人だとは思ってなかった、なんて言っちゃダメなんだろう、きっと。

 ため息をついて、私は勉強することにした。


9月22日「返事」

「あの、返事教えてくれますか……」

 いい返事が貰えると思ってるのか、それとも私が昨日伝えなかったのを気にしたのか、ともかく奈津くんはそう言った。

 放課後。なんとなく帰る気分じゃなくて教室で勉強をしつつ、携帯を眺めていたら彼がやって来た。

 クラスの他の人たちは自習室に行ったのかそれとも帰ったのか、ともかく誰も残っていない。

「……奈津くん」

 開口一番にそれ? なんて聞いたら冷たくなるな、なんて思って、そこまでは言えなかったけど、彼は少し困った顔をした。もしかしたら表情に出てたのかな、なんて思う。

「……ごめん」

 そう返すと彼はキョトンとした顔で「何が」と呟いた。つまり伝わらなかったという訳だ。私はちゃんと彼に言葉できちんと否定しなくてはならない。面倒くさいことこの上ないな、と思いつつ、目線を外して言葉を紡ぐ。

「手紙の返事。ごめんね、私は付き合えない」

 彼は無言だった。どんな顔をしていたかなんて目線を外したせいで分からない。見たくもなかった。

「じゃ、私帰るね」

 しばらく無言で気まづくなった私は鞄を持って立ち上がるとこで初めて目線を戻した。

 いなくなっていた。彼は元々教室にいなかったのか、なんて錯覚させられる程度に教室には誰も居なかった。

 と、後ろの扉が開き、透くんが顔を出す。

「あれ、まだ残ってたの?」

「……いや、今帰るとこ。またね、透くん」

 鞄を持ち直して私は教室を出ようとする。

 後ろから透くんの別れの言葉が聞こえた。


9月23日「思い出」

 そういう好意を向けられたことはあったっけ、とふと思う。

 家で机に向かってる時だった。勉強する気分じゃなくて紙を広げて、ろくに上手くないイラストを描いていた。もちろん描きたくて描いてるんじゃなくて、暇つぶしに描いているだけだ。

 が、直ぐになかったなと思い返す。

 大体そういうことを言い合える間柄の友達なんていなかった。私が好意を向けたら、それは暴動が起きるレベルだったから。

 別に大層可愛くもなく、別に性格がめちゃくちゃいい訳でもないのに、何故か1人の女子のせいで私は神格化されてた。まるで何でもできる神様のようにそんなふうに崇められて、クラスメイトも特に否定せず、そんな状況を受け入れて。

 そもそも言い出した女子が結構有名ですごい人だったこともあって、そんな人が崇めてるんだからって勝手にみんなが私をすごい人に仕立てあげて。結局私は望みもしない、神様みたいな人になった。

 何かを要求されたりしなかった。ただ、何をしても‪噂になりそうだ、と考えた私は何もしなかった。大人しい、1人の一般生徒のように過ごした。

 結局その女子は別の学校に行って、それと同時に神格化も友好関係も終わって、私は平穏な日々を送って、その過程で「好き」と気軽に言えるようになったんだっけ。

 彼女、今どうしてるかな、なんてそんなことを考えた。


9月24日「おしまい」

 恋が終わった。

 フラれたんだ、自分は。

 数日たってようやくその実感が湧いてきて、何だかいいようもしない虚無感に襲われる。

 期待してた。

 期待せざるを得なかった。

 「好き」って言われて、特別扱いされて、そしたら恋愛的に好かれてるかも、って期待するのは当然みたいなもんだった。

 でも違った。その「好き」は僕とは違った。

 その事実だけが僕の心に重くのしかかる。

 ……やっぱり告白しなきゃよかったな。

 今更言ってももう遅い後悔が僕の心を支配した。


9月25日「何日か遅れの」

「誕生日おめでとうございます! 愛美先輩!」

 部室に入った私に向かって葵ちゃんがそう言った。

「え……?」

「分かってます。分かってますよ? 先輩の誕生日が21日だってことは分かってます。でもその日部活無かったじゃないですか。だから部活の時に祝おうと思ったら……すみません」

「ああ、なんだそういうこと」

 2個上の先輩の教室まで訪ねに行く、なんてことが難しいことは分かってる。だから、部活で…………とズルズル引き伸ばしてしまう気持ちも。だから仕方ないな、と私は微笑むだけにした。

「ってことで誕生日プレゼントです! 遅れてすみません!!」

「大丈夫。開けていい?」

「いーですよ! 気合い、入れたんで」

 そう言われたから遠慮なく受け取ったピンク色の小箱を開くとマカロンが4つ入っていた。

「わ、マカロン!?」

「はい! 上手く作れたんで」

「……作れた?」

「はい! 作りました」

 そのマカロンはお店で見るようなそのまんまマカロンで、手作りになんて見えなかった。すごい、マカロンって手作りできるんだ……。

「それにしても、奈津先輩来ませんね。また掃除当番とかですかね」

「……いや、来ないんじゃない?」

 だって、告白してフラれたんだよ、あっちは。今元気にノコノコ来られても私がどう対応していいかもわかんない。むしろ来てくれない方が嬉しいレベルだ。

 そんなことを思いながら、私は葵ちゃんに微笑んだ。


9月26日「好きが見える」

 顔を見ないな、あの日から。

 そんなことを思った。いや、別に会いたいわけじゃないけど、それでも少し気になるものは気になる。

 前は授業の前後とかで鉢合わせることが多くて、そんな時に軽く手を振ったら顔を赤くしてたっけな、なんてことも思い出した。

 よく思い出せば奈津くんが私のことを好きなんだろうな、なんて思えるタイミングは沢山あって、よく彼が誰にもバレずにその好意を持てていたな、なんて思うと同時に気づかないなんてバカみたいだな、自分と痛感することにもなった。

 とはいえ、好きでもない相手の行動なんか逐一気にしてなんかいなくて、そういう面では結局彼のことなんか何も目に入ってなかったんだな、と改めて実感する。

 まぁ、会えても会えなくても問題ない。ただ、言うなれば私のせいで彼がめんどくさいことになってなきゃいい、それだけだ。


9月27日「フラれた実感」

 フラれたんだな、なんて実感が湧いてきた。

 いや、ずっとあったその実感をようやく受け止められるような精神状態になってきた、と言うべきか。

 ただひたすらに気まづかった。だからなるべく会わないように努めた。移動教室はなるだけ遅めに、時に遅刻して、またはルートを変えて遠回りをして。そんなことをして、なるべく会わないように、顔を合わせることがないように、そうやって行動した。

 最悪かもしれない。フラれたから会うのを辞める、なんて。それでも、そうは分かっていても、結局逃げ続けた。それしか、なかった。

 先輩の誕生日さえ祝わずに1週間を過ごした。

 僕が先輩のことを好きでも、先輩が僕のことを好きじゃないなら会わなきゃいい。そう思って今日もそんなふうに行動をした。


9月28日「報告」

「フラれた」

「マジか」

 そんな簡素な会話が昼休みの教室で行われた。

 薫にふと、告白はどうなったのか、関係性は良好か、と聞かれてそう答えた。

「……言ってた例の先輩だよね?」

「そうだよ」

「フラれる要素、あったのか」

「本心じゃなかったんだよ、きっと」

 そう言うと首を傾げつつ、君は頷いた。

 確かに納得はいかないけど、きっと多分、そういうことなんだ。

「で、そっから会ったの?」

「いや?」

「え?」

 薫がキョトンとした顔で僕の方を見た後、フッと笑った。

「なんだよ……」

「フラれて気まづくて会うの避けてるのちょっと露骨過ぎておもろいなって」

 まぁ、確かに露骨だ。偶然を装って会えるルートを通ったり、時間を調節したり、そんなことを急に辞めれば、確信犯だったことがバレる。

「でもさぁ」

「まぁ分かるけど」

 そう言って弁当を口に運ぶ薫。

「とはいえ、1回くらいは顔出しとけよ。後輩だっているんだろ」

「……まぁね」

 とても気乗りしないけど、僕はそう答えた。


9月29日「気まづさ」

 でも部活にはでなきゃいけない。そんなことを思ったのは暇で暇で仕方ない6限の授業の時だった。

 このままじゃ逃げてるだけかもしれない。葵に心配かけてるかもしれない。第一フラれたからって逃げるのは果たしてフェアだと言えるのか、それすらも自信がない。

 恋愛が終わったからって全てが終わったわけじゃない。そう思い込んで僕は部活へ向かった。

 部室の扉を開くと先輩がいつもと同じようにいた。

「あ、先輩……」

「…………久しぶり」

 そして沈黙。

 来なければよかったと少し後悔する。結局先輩も会いたくなかったのかもしれない。先輩も避けていたかもしれない。やっぱり帰ろうかな、なんて思った時、扉が開く。

「こんにちは〜……って奈津先輩!? よかった〜辞めたかと思いましたよ〜?」

 葵が来てしまった。

「じゃあ、部活するよ」

 ……帰るタイミングを逃したな、なんて思った。


9月30日「いつも通りにはなれない」

 結局のところ、告白を断ったっていうとこで関係性が変わるという事実はある。

 彼の告白を断った。その事実は変わらなくて、だから凄い気まづい。

 だからもう終わりにして欲しいな、と思った。

 彼が部活に来ないで欲しい。

 会いたいな、なんて思っていない。

 もう、フッてしまった。その事実が気まづい。だから、もう、来ないで欲しいと思った。


 結局のところ、告白を断られたという事実は変わらないんだな。

 先輩が死ぬほど気まづそうだ。

 つまり会いたいなんて思ってしまったのは良くないと思うのだ。

 だから部活に顔を出すのは良くないのかもしれない。未練があっても拒絶されたのだから関わるのは良くないんだと思った。

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掌編・短編集 シオン @saki_hikage

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