智也×透

ノベルスキーにおいて

#1ヶ月間同じカプで小説を書く

として書いていた8月分のまとめ


一ノ瀬智也

高校2年、バイトの先輩

透の事が好き

好きな人には徹底的にアタックするタイプ

誕生日8月10日


八神透

高校3年、バイトの後輩

智也のことが嫌い

好きな人には甘えるタイプ

他に好きな人がいる

誕生日8月31日


そんなふたりの話

※BLです、地雷の方はご注意あれ


8月2日「嫌い」

 今日はバイトの日。シフト表を見たところ多分「あの人」がいる。

 「あの人」、そう、一ノ瀬智也さんだ。一ノ瀬智也さんはバ先の先輩、北高の2年生、だとか。

 俺は「あの人」のことが嫌い。

 仕事はできるけど、バイトでは1年先輩だからって人のことを年下扱いしてくる。年齢では俺の方が上だってのに。

 あの人に伝えてないから、あの人は俺の事を実年齢も年下だと思ってる……らしい。

 そして、「あの人」の一番嫌いなとこは、俺のことを好きなところだ。決して俺が自意識過剰でそういうことを言っているわけじゃない。「あの人」がそう言ってきた、告白されたんだ。

 でも俺はそもそも男なんか好きじゃないし、例えば何かの天変地異があって男を好きになったとしても絶対あんな人は好きにならない。

 だいたい俺の好きな人は他にいる。バ先の先輩である七瀬結愛さん。可愛くて優しい人だ。

 結愛先輩は俺の実年齢を知らなくても年下扱いはせずに誰に対しても同じ態度をしてくれる。

 まあ、あんま入ってないんだけど。今日いないし。

「はぁ……バイト休みてぇ…………」

 俺はそう呟いた。


8月3日「好き」

 今日はバイトがある。でも残念なことに「あの子」には会えない。

 「あの子」、そう、八神透くん。

 彼はバイトの後輩で、南高の子。学年とか教えてくれなかったけど、多分1年生。

 クール系な感じの男の子なのに、身長が155くらいしかなくて、めちゃくちゃ可愛い。

 そんなギャップに僕は彼のことを好きなっちゃった。

 でも、彼はそんな僕のことが苦手みたいで、1回告白してフラれてからは僕に対して笑顔を向けてくれることすらなくなった。

 でもさ、僕は絶対諦めない。だって、彼のことが好きだから。

 結愛ちゃんも僕の恋を応援してくれた。結愛ちゃんも隣のクラスの男の子とようやく付き合えたらしくてやたら昨日は有頂天の電話を掛けてきたけど。

 でも、今日はいない。アタックできない。

 昨日は僕がキッチンで、透くんがホールだったからなかなか会えなかったしさ?

 次会えるのは来週の月曜。店長、もうちょっと俺らのシフト一緒にしてくれないかなぁ……。

「はぁ……早く月曜日になればいいのに……」

 僕はそう呟いた。


8月4日「会えない」

 今日はバイトもなくて。いやそもそも別にあったからって透くんと一緒ってわけじゃないんだけど。彼も今日はいなかったし。でもまぁそれはそれとしてバイトには行きたいんだよ。だってさ? ほら、1人の時に透くんがいたら……みたいな妄想するだけでも楽しいじゃん? そりゃあ僕はさ彼に嫌われてるけど、それは多分僕に原因があったはずだからそこを探って直せばあっという間に仲の良さは取り戻せるはずなんだよ。だからそのためにはやっぱり会えて話せる環境がないとダメで……なのに1週間に1回くらいしか会えなくて? うわー、もう、最悪。

 早く来週にならないかな……。

「はい、一ノ瀬。この問題の答えは?」

 うぇ、当ててくるような教師だったっけ? めんどくさい……。

「えーっと、2x³+5x²+x……です」

「正解」

 はぁ……。折角の透くんのことを考える時間を邪魔しないで欲しいんだけど……。

 同じ学校なら休み時間とかに会えたり、お昼一緒に食べたり……え、お昼、一緒にってことは「あーん」とかしたりする、ってこと!?

 『智也さん、これ、食べます?』

 『え、いいの?』

 『もちろん、はいあーん』

 みたいなのができちゃうってこと!? うわー、なんで同じ学校じゃなかったんだろう……。やっぱり僕も南高受ければ良かった……。南高の方が偏差値高かったけどさ、多分ギリギリ受かるくらいの学力はあったから……。ちょっと家が近いからってだけで北高にしなきゃ良かった……。

 今は智也さん呼びだけどさ、同じ学校だったら人前では「智也先輩」とか呼ばれちゃう、わけでしょ……!! うわー強い。好き。

 ……こんなに彼のこと考えてもさ、実際に会えるのは来週って、ホントに最悪……。やっぱり早く来週にならないかな……。


8月5日「知らない人」

「おっはよ、透」

「……は、何。兄さん」

 今日は土曜日、バイトもない。だから昼まで寝ようとしてたのに唐突に起こされた。

「…………今、何時?」

「9時」

 十分早いじゃねぇか。

「え、何?」

「ちょっとさ、付き合ってくれない?」

「付き合う? どこに?」

「ん〜、デート?」

 …………はぁ、またか。

「分かったよ」


 兄さんは何故だか2人で出かけることを「デート」って呼ぶ節がある。そうやって言った時は必ず行くとこも決まってる。ゲーセンだ。

「…………よし! 上手くね?」

 今もクレーンゲームの機械にかじりついて次々に色んな物を取っていく。

 はぁ、ガキンチョかよ。大学生のくせに大人気ない、なんて思った時に聞いたことある声が聞こえた。

「楓悟クン。あの曲、出来るようになった?」

 …………結愛さんだ!

 すぐに店内を見渡し、結愛さんの姿を見つけた、のだけど

「いや、まだ。結愛はなんであんなに上手いんだ? 俺が先にやってたのに」

「いや〜、リズム感よくて、まいっちゃうね」

 結愛さんの隣に男が立っていた。

 結愛さんより背が高い男の人。結愛さんが「楓悟クン」って呼んでたから多分同い年、かも。

 結愛さんは「楓悟クン」さんの隣でやけに嬉しそうに笑っていた。

「どーした? 誰か知り合いか?」

 兄さんが俺の頭にトンと顎を載せながらそう言った。

 結愛さんたちはそのまま下に行く階段を降りていってしまった。

「……こんな暑いのによくアイツら手繋げるな。やっぱりリア充ってのは違うわ」

 兄さんはふてぶてしく呟くとまた別のクレーンゲームの機械に向き直る。

 ……手、繋いでた? 結愛さんが?

 違う。友達同士だって手を繋いだりするかもしれない。幼なじみとかだったら小さい頃手を繋いでた習慣が抜けなくて……とかあるかもしれない。

 違う。結愛さんは、リア充じゃ、ない。

 そう思い込む。だって、そんなのは嫌だ。俺の好きな人が別の人と付き合ってるかも、なんてそんなのは…………。

 涼しいはずのゲーセン内で汗が垂れていくのを感じた。


8月6日「夏祭り」

『夏祭り、行くよ!!』

 突然そう、連絡が来た。

 バイトのシフト調整とかの為に交換したグループラインから勝手に追加されてたことに驚く暇はなかった。

「……夏祭り?」

 確か駅の方で今日やる、とか書いてあったっけ。

 でも、なんで智也さん、なんかと……。今日は本屋行って、新刊買って読もうと思ってたのに。

「あれ、透。何してんの?」

 兄さんがそう言った。

「あ、なんか、バ先の先輩から夏祭り行こって」

「え、デート? いいじゃん。行ってきなよ」

「……いや、デートとかじゃ」

「ついでに焼きそばとたこ焼き、買ってきてね」

 そう言われたらもう行かなきゃいけない。

 『分かりました』とだけ連絡入れて俺は向かうことにした。


「ホントに一緒に行ってくれるとは思わなかった!!」

「……兄に、おつかい頼まれたんでそのついでです」

 会って早々のテンションの高さに今すぐ帰りたい衝動が生まれてくる。

「それでも来てくれて嬉しいよ」

 智也さんは手を差し出してきた。

「……なんすか」

「手、繋がないと」

「は?」

「はぐれちゃう、でしょ?」

 確かに日曜日ってこともあって、露店沿いは道が人で埋まっている。

「だからって……」

 その言葉を無視して勝手に手を繋いできた智也さん。しかも、恋人繋ぎ。

「……あの」

「じゃ、行こっか」

 智也さんは全く聞く耳を持たずに歩き始めた。

 抵抗したいところだが、ここで何か言うと悪化することは目に見えていて、俺は諦めた。

 今日のどっかで俺が年上なことを伝えよう。そうすればもう、終わるだろう、と思いながら。


8月7日「真実」

 バイトが終わった。今日は昼〜夕方で飲食店であるバ先は結構混んでいた。とはいえ、本当に混むのはこの後なのだけど。

 さて、何しようか、なんて思いながら店から出ると店先に透くんがいた。

 透くんは携帯を見てたけど、僕が出てきたことに気づくとあろうことか近寄ってきた。

「……智也さん。お疲れ様です」

「あ、ありがとう……? 今日透くん、シフトあったっけ?」

「ないです。ただ、どうしても貴方に伝えたいことがあって」

 …………え?

 告白断った上に散々冷たい態度取ってきた透くんが僕に言いたいこと……?

「え、何?」

 冷静を装ってそう聞くが心臓はバクバクと音を立てている。もしかして告白、される?

「俺、3年なんです」

「……何が?」

「高校3年なんです。年、17なんですよ」

 え、年上?

「誕生日は……?」

「8月31日です」

 なるほど、ってことは僕が誕生日を迎えてから結構な間同い年、と。

「だから『透くん』って外で呼ばないでください。年下じゃないんで」

「え、あ、分かった……?」

「じゃ、失礼します」

 透くんはそう言って去っていった。

 …………年上。3年生。

「透…………先輩」

 ……いいかも、これも。


8月8日「変化」

 変化なんてない。今日は会えない。

 透くんが年下じゃなくて年上だった。

 ってことは、きっと今までの対応も全部全部嫌だったんだろう。だから彼は僕に対して本当は年上だって言ったんだと思う。

 これじゃ明日のバイトどうやって対応したらいいか分かんないじゃん。

 でも年なんて関係ないとは言い切れる。僕が好きな理由に年齢は関係ない。むしろ年上なのにあんなに可愛いとことか好きなところがもっともっと増えたんだ。

 ……でも、迷惑なんだろうな。

 そうやって思ってしかも言葉にしてしまってる事実自体がもう既にきっと彼を傷つけて……。

「このままじゃ堂々巡りじゃん……」

 でも、夏祭りデートが迷惑だった、とか嫌いだから付き纏ってくるな、とかじゃなかったのは嬉しい。

 ……明日のバイト、透くんいるのに行きたくないな。


8月9日「勇気」

「……あ、透…………くん」

 やけに困った顔で言われたのは、多分昨日のことが原因だろう。それでも『透くん』と呼んだのは、他の人に変に思われたくない気持ちと他の呼び方が思いつかなかった、そんな2つが要因だろう、と考える。

「はい、おはようございます。智也さん」

 会釈をしてバックヤードに入る。夕方からのシフトである俺と違って、智也さんはフルタイム。流石2年といった感じだ。

 制服に着替えて場所を確認すると、今日は智也さんも俺もホールだった。

 いつもならやけに浮かれているのに、今日はそんなでもなかったからどちらかがキッチンなのかと思ったが予想が外れた。

 結愛さんは休み。つまり、今日、結愛さんをゲーセンで見かけた件のことを智也さんから探れる。

 ただ、智也さんに話しかけられる状況であるかが問題で、そこを考えると無理な気がする。


 予想は当たった。

 17時から閉め作業終了の22時までの5時間、俺と智也さんが話せる機会はなかった。

 1つの要因として混んでたことも挙げられるが、手持ち無沙汰に一瞬でもなると智也さんはすぐ他の仕事をしてしまい、俺を避け続けた。

 まあ、昨日あんなことを言った直後だ。今まで年下扱いしてた罪悪感もあるだろう。

 とはいえ避けられるのは結構キツく、いつもやっていた自分を少し呪いたくなってくる。

「お疲れ様です」

 そう言って店を出ようとした時、智也さんが腕を掴んできた。

「…………あのさ、一緒に帰らない?」

 そのまま連れ立って外に出る。

「急になんすか。避けてきたのに」

「それは…………ごめん。聞きたいことが1つあって」

「なんですか?」

 言いづらそうに智也さんは口を開いた。

「透くん、って呼び続けていい?」

「……いいですけど」

「そっか! ありがとう!」

 そう言って智也さんは笑った。

「じゃあ僕こっちだから!」

 そう言って反対方向へと去っていく。

 そっか、智也さん北高だからあっち方面か。ってことはあれ聞くためだけに着いてきたのか。

 そんなことを思って苦笑する。

 そして、結愛さんのことを聞ける絶好の機会を逃したことにも気づいてしまった。


8月10日「変化」

 昨日結愛さんについて聴き逃したがゆえに、俺はまた結愛さんのことを考える羽目になる。

 次に智也さんに会えるのは来週の火曜、そう、ほぼ1週間後なわけで。そこまでゲーセンにいた男の正体が分からないのは非常に困る。

 もしも、もしも、結愛さんに彼氏がいたら、それは俺の失恋になってしまう。

 だからそうじゃないと、そう思い込みたい……。

「なぁなぁ、何してんの」

 友人の火乃森天琉が話しかけてきた。

「何してるって、携帯見てるんだよ」

「いーや、携帯じゃなくて明らかに別のこと考えてたね」

「なんだよ、それ」

 ニヤニヤと天琉は言ってたあと、思いついたよつな顔をする。

「なるほど! 好きな人か!」

 ……は? え、そんな急にストライク打てるもんか?

「……なんだよ。それ」

「いや〜、弟もさ、好きな人と付き合うまでそんな感じだったし」

「ああ、そういえば、弟さん最近付き合い始めたんだっけ?」

「そうそう! 幼なじみのお姉さんとね! いや〜お姉さん美人だから正直オレが欲しかったレベル」

「弟さんの彼女取ろうとしてんのかよ」

 やれやれ、いくら美人だからと言ったってな。

「う〜、そんなことはしないよ」

「あっそ」

 ……結愛さんは彼氏なんていない。多分。


8月11日「休日」

『え!? 透くん、年上だったの!?』

 課題はなんだ、と連絡してきた結愛に世間話のように持ちかけたらそう返ってきた。

 結愛は透くんに対して、年上と同じように接してたから知ってるもんだと思ってた僕は驚いた。

「え、知らなかったの?」

『知らなかったよ! ちょっと大人びたとこがあるな〜とは思ってたけどさ!?』

「あ〜、なるほど」

 大人びている、という印象は確かにあって、でも透くんが年上だったことを知ると何だか年相応なだけ、というのに様変わりしてしまうのはちょっと面白い。

『いや〜すごいね。年上、高3だっけ? を年下扱いしてたって分かったとき、どう思ったよ』

「いや死んだ。普通にやらかした〜ってなった」

『でしょ!? 良かった。ボクは年下扱いしてなくて』

「ひどっ」

 とは言いつつも、年齢とか確認せずに年下扱いして、挙句の果てに好きな人である彼を不快な思いにさせたってのはどう考えても自業自得なのである。

『ふふ。あ、そういえばさ』

 結愛は突然真面目な口調になって言った。

『こないだね、ゲーセン、行ったのよ。楓悟クンと』

「へー、いいじゃん。え、何、今から惚気話が始まる感じ? じゃ、切るけど」

『違う違う!! これは智也にとっていい話だから!』

「いい、話?」

『いやダメかもだけど』

 どっちなんだよ。と心の中でツッコんだ。

『そのゲーセンでね! 透くんを見かけたの!』

「……え!?」

 ゲーセンで? へぇ〜透くんもゲーセンとか行くんだ〜。

『で、ここから本題なんだけど……』

「え、もういい」

『そう言わずに! なんかね?』

 いやだからいいって言ってんじゃん。

『なんか男の人と一緒だったの』

「あ?」

『おわ……お父さんっぽくはなかったな〜』

「は?」

 え、男の人? 若めの? ……彼氏、ってこと?

『まぁ、どんな関係かはわかんないけどね。じゃ、バイバーイ!』

 喋るだけ喋って切られた。

 でもそんなことはどうでもいい。

 問題は透くんに付き合ってる人がいるかもしれないってことで。

 でもこんなことをメッセージで聞けるような人間じゃない。

 ああ、早く、バイトの日にならないかな。


8月12日「独り言」

 そういえば、来週の火曜までバイトないんだっけ。

 カレンダーにシフトを打ち込んでいた時にそのことに気づいてしまった。

 ああ、透くんに恋人がいるかを確認するには、今日が土曜日だから……あと4日? 今日を含めてあと4日も待たなきゃいけない。

 ……遠くね?

 …………4日。今日を入れなきゃあと3日。

 メッセージで聞いてしまおうか、なんて思ったけど、どうしても送信ボタンが押せなくて、結局諦めた。

 好きな人にメッセージを送るのが怖い、っていうより単純に答えを知るのが怖い方。

 きっとそんなことない、って信じても本人から答えがくるまではどうか分からない。そんな状態を『シュレディンガーの猫』っていう、らしい。

 ……ああ、もうやめ。寝よう。

 昼だけどさ、寝れば時間が経つから。


8月13日「疑問」

 バ先の1人が熱を出して、代わりに僕が入ることになった。

 正直連休を楽しみたい気持ちはめちゃくちゃあって、だからバイトはめんどくさいけど、でも重い腰を無理やり動かす。

「おはよーございまーす」

 誰が入ってるとかあんまし確認しないで来たな、と思いつつバックヤードに向かって言うと

「おはようございます」

 透くんがいた。

「え、透くん?」

「はい。今日俺シフトだったんで」

 そう言って微笑まれた。

 会えた。会えた。聞かなくちゃ。

 そう思って口を開こうとしたのを制するように透くんが言った。

「終わったら時間ありますか?」


 シフトが終わった今。僕らは最寄りのカフェにいる。席に座る前に頼むシステムだったからもう既に僕の前にはアイスティーとハムサンド、透くんの前にはアイスコーヒーが置かれてる。

「で、話って何?」

 ドキドキしながら僕は言った。

「その前に」

 アイスコーヒーから口を離しながら君は答える。

「タメ口でも、いい?」

 ドキッとした。好きな人の敬語からタメ口へのギャップ。ああ、好きな人のやることってなんでも素敵に見えちゃうもんなんだ。

「あ、うん。あ、僕は……」

「いやいいよ。今更敬語も気持ち悪いし」

 なんだか敬語からタメ口になっただけで大人びて見えるのが凄い。

「で、話なんだけど……」

「あ、待って」

 好きな人の話、なんてされたら気まづい。そう思って口を挟んだ。

「え、何?」

「先、1個だけいい?」

 君は怪訝な顔をした後、ため息をつきつつ頷いた。

「そのぉ、透くんってさ! 付き合ってる人、いたりする?」

「いない」

 スパッと切られる。

 じゃあ、ゲーセンに一緒にいたのは兄弟とか友達とかそういう部類か、と安堵のため息をついた。

「で、俺の方、いい?」

「あ、うん。何?」

 君は少しだけ躊躇った後言った。

「結愛さんって、付き合ってる人いるの?」

 ……結愛?

 いるよ、なんて反射的に答えそうになって、ふと考えた。自分がさっき問いかけた構文と同じだな、って。つまり……

「結愛のこと、好きなの!?」

「……っ! そういうこと聞いてるんじゃなくて!!」

 君は顔を真っ赤にしながらそう答えた。

 ああ、そういうことか。だから僕のこと、ふったのか、なんて合点がいきながら口を開く。

「いるよ。火乃森楓悟くんと付き合ってる」

「……火乃森?」

「そう」

 君は目を丸くした後に舌打ちをした。

「……そうっすか」

 それっきり、言葉を発することはなかった。


8月14日「八つ当たり」

 結愛さんに彼氏がいた。

 そう、俺の好きな人である結愛さんはもう既に他の男の物だった、というわけだ。

 つまり、端的に言うならば、失恋した訳である。

 一目見たときから好きだった。優しいところが、明るいところが、可愛いところが好きだった。あんなに女の子らしいのに、一人称が「ボク」なところも好きだった。彼女のことがどうしようもなく好きだった。

 でも、結愛さんには彼氏がいて、俺がアプローチをする間もなく、叶わぬ恋になっていた。

 まだ知らない男なら良かったかもしれない。でもその彼氏が、天琉の弟さんであることにもムカついた。

 俺は俺の好きな人と天琉の弟さんが付き合ったことを祝福した、という無様な感じになったわけだ。

「クソッタレ……」

 好きです。と言って振られたわけじゃない。知らない内に恋が終わってた。そっちの方が100倍苦しい。そう気づけただけで及第点なのか。

 そういえばこんな言葉を聞いたっけ。

 『運命の人は2人いる。1人は愛する人と失うことを教えてくれる。2人目で永遠の愛を知る』みたいな。

 『初恋は叶わない』とかも。

 じゃあ、結愛さんが初恋だった俺は、叶わなくても当然、という話か、と思うと涙が溢れてきた。

「好きでした。結愛さん」


8月15日「過去」

 結愛のことが好きだったんだろうな、というのが最終的な結論で、結局透くんも女の子が好きなんだな、という話だ。

 僕はそう思ってため息をついた。

 そりゃそうだ。普通は異性を好きになる、当たり前なんだ。

 自分が当たり前から、世間一般から外れてるだけ。他の人も同じなんて、そんなことはあるわけない。

 僕は男の人しか好きになれない。いや、好きにならない、の方かもしれない。

 理由はない。初恋の人は保育園の先生だった。みんなと同じような初恋、ただ男の人だったけど。

 カッコよくて、優しくて、明るくて、僕のことを守ってくれるヒーローみたいだった。そこを僕は好きになった。

 でも、お母さんにそう言ったら、言われたんだ。『気持ち悪い』って。

 同性の相手を好きなるなんて病気かもしれない、なんて言われて、精神病院に連れていかれそうになった。父さんが小さいからそんなこともあるだろうと、止めてくれたのもよく覚えてる。『今だけですぐにまともな感性で女の子を好きになる』って。

 …………その言葉も僕を傷つけるなんて、きっと思いもしなかったんだろう。

 中1の時、塾の友達を好きになった。彼ならきっと受け入れてくれる、なんて思ったくらい仲が良くて、だから雪が降る日に告白した。

 『……そんな風に見られてたなんて。もう、お前のこと友達だとすら思えない』。そんな風に言われた。

 そこから恋心は隠すものだと、そう学んだ。

 でも、透くんに出会って、好きな人に出会って、もしかしたらもしかしたら透くんなら受け入れてくれるかもしれない、そう思って告白した。

 君は断った。でも『気持ち悪い』とか言わなくて、だから君も男の子が好きなのかも、なんて期待して……。

「バカみたい」

 結局期待なんてしちゃいけないんだ。自分も他の人みたいに女の子を好きにならなきゃいけないんだ。そう思っても結局どう直すかなんて分かんなくて、まだ君のことが好きで……。

「バイト、辞めようかな」

 ふとそう思った。


8月16日「相反する気持ち」

「智也さん、バイト辞めちゃうんですか……?」

 言葉が理解出来ず、俺はもう一度そう聞いた。

「うん。そう思ってる」

 にこやかに笑ってそう言った智也さん。

「…………なんで?」

「ん〜、なんか?」

 あっけらかんと言われて取り乱してる自分がバカみたいだ。

 そうだ、そのはずだ。智也さんがいなくなって困ることなんか1つもない。告白を断ったのにしつこく付きまとってくるそんな奴を引き止める理由がどこにある。そう思うのに何故か嫌で。

「……透くんはさ、僕のこと好きじゃないでしょ? だったらさ、良くない?」

「…………そう、だけど」

 事実で言い返すのはおかしくて、別に好きなわけではなくて。

「なら、いいじゃん。僕、上がるね」

 そのまま智也さんはカバンを持って帰ってしまった。

「透クン!」

 結愛さんがそう言った。

「…………あ、はい、何……?」

「時間だよ!!」

 時計を見れば結愛さんの言う通り時間であった。

 ……集中できるかな。


8月17日「失恋」

 ……引き止めるんだ。

 僕のこと、恋愛的には好きじゃないのに。

 ふと、そんなことを思った。

 家で宿題を開きつつ、数学分からず唸っている時だった。

 なんでだろ。今まで迷惑そうにしてたのに、急に。いい人そうに見せたかったとかそういうタイプのやつなのか。それなら…………酷い。

 透くんは僕のことをどう思ってたのか、なんて全く分からなくて。それでも彼は異性が好きって分かったときに僕の恋は終わって…………。

「好きだけどさぁ」

 好きではある。彼のことを好きだ、ずっと。でもさ、無謀なんだ。

 だから、だから、諦めるためにも、バイトを辞めなきゃいけない。バイトを辞めれば接点は無くなる。だから。

「もしもし…………あ、はい。僕です。智也です。実は、今週いっぱいでバイトを辞めたくて…………あ、はい。分かりました」


8月18日「恋と愛」

「なぁなぁ、恋愛って言うじゃん?」

 今日遊ばない? と呑気に電話をかけてきた天琉が歩き出してそうそうに言った。

「……そうだね?」

 当たり前のことすぎて、一体何を聞いてきたんだコイツは、という状態の中そう答える。

「でもさ、『恋』と『愛』って全然違うじゃん?」

「ああ? 確かに」

「じゃあ、お前が思う『恋』と『愛』の違いは?」

 おっと、難しいお題を持ちかけてきやがった。

 恋は分かる。俺は結愛さんに恋をしていたから。ただ、愛、愛……?

「『恋』はさ、こう、好きだな〜とかそういう、憧れ? みたいな感じで。『愛』は…………なんか欠点とかも含めて好きとかを超えた感じ?」

 ふーん、なんてえらく興味なさげに返される。結局なにがしたかったんだ?

 …………『愛』。愛してる、なんて言うのは結構ハードルが高くて、だからきっと『恋』だったんだろう。いや、恋ですらなかったかもしれない。俺は年下扱いされないことにが嬉しくて、好きだと、これは『恋』だと思い込んでただけで本当はそうじゃなかったかもしれない。

 じゃあ、智也さんは? 智也さんは俺に対してどんな気持ちを抱いてた? 告白を断られてもまだアタックしてきたってことは…………『恋』じゃなくて『愛』だったのかも、しれない。

 向き合ってみたら、好きになれるかも。

 男が好き、にはなれないだろうけど、智也さんは、好きになれるかもしれない。だってまだ、何も知らないから。

 智也さんのこと、避けないでちゃんと話してみよう、なんて思った。


8月19日「人間関係」

『バイト、辞めたよね』

 1本の電話から出たら、開口一番にそう言われた。

「うん」

『やっぱり。なんで?』

 そういえば今日はシフト出る日だったか。で、シフトに僕の名前がないことに気づいてそう言ってきた、と。

「うーん、言いづらい」

『言って!』

 そう言われても、なんて話だよ。『僕が透くんを好きだったけど透くんは君のことが好きで恋を忘れるために関係性を断ち切ろうとしたからバイト辞めた』なんて言えるわけない。

「まあ、ちょっとしたこと」

『恋愛?』

 ……鋭い。というかもはや心臓に一撃。

「……うん」

『関係性を断ち切ろうとした、とか?』

「いや、察知能力ヤバくない!?」

『勘』

 勘が鋭い。超能力とかの類だろう、そこまでくると。

「だったら、何……?」

『ボクはさ〜逃げるのは良くないと思う。やっぱり伝えた方が〜』

 伝える? 伝えた。それでも断られた。恋愛対象ですらない。これ以上何をしろ、って。

『〜だから、やっぱり』

「何も知らないくせに口挟まないで!」

 つい声を荒げてしまった。電話越しに結愛が息を飲んだのが聞こえる。

『ご、ごめん』

「……じゃあ、切る」

 そう言って返答も待たずに通話終了ボタンを押す。仕方ない。そう、仕方ないんだ。

 ……結局人間関係すらも作り上げるの下手くそなのかな、なんて思った。


8月20日「連絡」

 智也さんがバイトを辞めてた。

 シフト表に名前がなくて、もしかしたらと思ったが信じられなくて。でもさっき、シフトが一緒だった人が帰り際に『智也、辞めたって。良かったじゃん』って言ったんだ。

「辞めた、辞めた……辞めちゃったんだ……」

 辞めようかな、みたいなことは言ってた。でも言ってるだけで辞めないとそう思って……。

「連絡してみよう」

 メッセージを開く。

『なんで、バイト辞めたんですか』

 そう送る。既読はつかない。

 …………なんで、ってなぁ。前まで嫌がってたじゃん。ってまた言われるのは目に見えてる。

「それでも……教えて欲しい……」

 しかし、既読はいつまで経ってもつかなかった。


8月21日「逆」

『なんで、バイト辞めたんですか』

 彼から送られてきたメッセージにはただ一言そう書いてあることが開かなくても分かった。

 なんで、って君が聞くの?

 そんなことを言い返す気力もなくて、通知を削除する。何かもう一文送られてきたら返そうか、なんて思いつつ。

 散々僕のアタックを無視しながら、いざ僕が離れたらいなくならないでみたいなことを言うなんて子供みたいだ。

 そんなんだから、年下に見えるんだよ、君は。

 だけれど、僕も完全に関係を切りたいわけじゃないんだと思う。だって、連絡先をまだ消してなかった。

 やっぱり好きだよ、透くん。

 君は僕のこと、どう思ってる……?


8月22日「本当の気持ち」

 結局まる1日経っても既読はつかなかった。でも諦めきれなくて『やっぱり俺に教えることはできないよね』なんて送った。

 送ってからやらかしたな、なんて思う。これじゃあまるで重い女みたいじゃないか。

 消そうと思って1度閉じたメッセージを開くと既読がついていた。

「あ……」

『会って話せる?』

 そう、届いた。


「おまたせ」

 一足先に待っていた智也さんに声をかける。バイトしているファミレス……ではなく、駅前のカフェだ。前に結愛さんを見かけたゲーセンが近い、なんてことを思った。

「待ってた」

 なんだか会話だけ切り取ると恋人同士みたいだな、なんて苦笑する。

「で、話したいことって?」

「結局、透くんは僕のこと、どう思ってるの?」

 ……やっぱりそこか。何となく予想はしていた。結局のところ、智也さんを突っぱねたのは俺で、それなのに今更執着するなんてとんだやつに見えるだろう。だけどもう俺の中でその答えは決まってる。

「俺は貴方の好意をそのままの意味で受け取ることはできない。多分、これからもずっと。でも、貴方が嫌いなわけじゃない。俺は智也さんと友人関係を築きたい、と思ってる」

「……僕は君のことが好きなんだよ?」

「それでも」

 智也さんは水を手に取って1口飲んだあと、笑って言った。

「一つ、訂正させてもらっていい?」

「なんですか?」

「君はいつか僕の気持ちをそのままの意味で受け取る日が来る。絶対に」

 その目は強く、勝気だった。

「絶対?」

「絶対落としてみせるよ」

「無理だと思いますけど」

 俺はそう言って笑った。


8月23日「友達」

 友達になったのか、なんて思った。

 昨日まではただのバ先の元先輩と後輩、それが今日から友達になったのか。

 大きな進歩だ、と笑った。

 僕が目指す恋人、には程遠いけど、それはともかくバ先の先輩後輩と友人は全く違う。

 昨日あんなことを言ったからには、必ず彼を落とさなくてはならない。

 それがとてもワクワクしてる。

 もちろん、並大抵なことじゃない、だろうけど、それでも友達になれたのなら、きっといつか恋人にだってなれるかもしれない。

 ずっと長い間友達で居られれば最悪それでも構わない、し。


8月24日「お揃い」

※付き合ったIF

「制服で会うのは初めて、かも?」

「そーだね」

 なんだか興味無さそうに君は言ったけど、僕はとてもウキウキしてた。

「なんか、同じ制服じゃないけどクラスメイトみたいじゃない?」

「そもそも同じ学年じゃないけどな」

「むぅ、ひどいよ」

 でも、女子と比べて男子の制服は明確な違いがない。ネクタイくらいだ。

 そんなことを思って君の方を見たら、さりげなくネクタイを外しているとこだった。

「あ……!!」

 もしかして、お揃いにしてくれたのかも……! と思って、僕もネクタイを外す。

「……はぁ」

「これで同じ、だね」

「…………智也も取んのかよ」

 君はそう言ったけど、うれしそうではあった。


8月25日「わがまま」

※成人済み・付き合ってない

「あのさ……!!」

 智也からそう声をかけられた。

 なんだかんだ大学生になって、智也とは同じ大学でそれなりの友達関係を築いてて、それなりに冗談とかも言えるようになってきた。

「どうした?」

「まだ、僕のこと好きになれない?」

 ……またその話か、なんて気持ちが頭をもたげた。高校のときにまあ、なんやかんやで仲良くすることにして、もし気持ちが変わったら付き合う、みたいなことを言った、気がする。多分気の迷いで結局今も俺は恋愛対象として智也のことを見れず、こうやって友人関係を続けている。結局のところ元々恋愛対象は女性であり、それなのに智也のことを好きになるなんて難しい話だったのだ。

「まぁ……」

 そう言うと彼は少し考える素振りをした後に言った。

「じゃあさ! キスして! それだけでいいから」

「……は!?」

「キスしてくれたら好きになる努力しなくていい。友達のままでいいから!」

 …………キス?

「……嫌だよ」

「なんで!?」

「嫌だよ。お前だって自分のこと別に好きでもないのにホイホイキスされたら嫌だろ!?」

「嫌じゃないよ。だって好きな人だもん」

「……なんだよ。それ」

 そういう所が、きっとそういう所が好きになれない要因かもしれない。結局性格的に合わないだけだ。

「とりあえずしない」

「え〜」

 悲しそうな顔をされた。でもそれでいい。これで万が一キスでもしたら、お前はもっと調子に乗る、そんな気がした。


8月26日「キスマーク」

※付き合ったIF

「バカ」

 無理やり僕のことを起こした君がそう言った。

「……え?」

「バカ。なーんも考えてない感情だけで動くバカ」

「え?」

 昨日は初めて……して、僕が上で、透くんの凄い可愛いところいっぱい見れて、僕も結構調子乗って……。あ、もしかして。

「バレた?」

「バレたも何もないだろ……」

 昨日調子に乗って首のとこにキスマークを付けた、気がする。もしかしてそのことを言っているのだろうか。

「これどうすんだよ……」

「Yシャツ1番上まで閉めればいけるでしょ」

「俺いつも開けてんだよ……」

 あ〜、誰かにキスマ付けられたってバレバレになるのが嫌だってことかも。可愛い。

「でも隠せないじゃん」

「……バーカ」

 ふくれっ面で君は言った。可愛いなと思ったけど、言ったら怒られるから何も言わなかった。


8月27日「夢」

※大学生IF

「好きな人、できたんだよね」

 智也がある日そう言ってきた。

「……え?」

「好きな人」

 智也の好きな人は俺で、それなのに報告してきたってことは……。

「4年生の先輩で、先輩も男の人が好きで、同じ境遇だからって結構優しくしてくれてね」

 …………先輩? 俺じゃなくて。

「そんな感じで先輩のこと好きになったから、もう透くんのこと追いかけ回すの辞めるね」

 なんで、なんて聞きそうになる。でも結局俺は男が好きになれなくて、智也が別に好きな人ができたっていいはずで……。

「じゃ、先輩来たからまたね」

 俺に背を向けて、背の高い人の元へ行く智也。

 …………いやいや、おかしい、おかしいだろ。

「待てって、智也!!」

「声、デカいよ」

 兄の声がして目を開けると家だった。

「何? 智也くんのことやっぱり好きなの?」

「…………違う」

 やっぱり、いなくなるのは嫌だなんて、身勝手だ。そう思いながらも、夢であることに心底安堵した。


8月28日「嫉妬」

 それは突然で僕の心を狂わせた。

 そんなことはありえない、なんて思うけど、目の前の光景は決して幻覚でもなくて、僕の体は元気で熱中症とかでもないからやっぱり現実で。それをどうしても否定したくて僕は近づいていって言葉を発した。

「やっほ、透くん!」

 君はギョッとしたようにこちらを見たあと、若干怪訝な顔をした。

「え、何?」

「透、この人誰?」

 彼の隣にいた少年が親しげに話しかけた。

 そう、僕が信じられない光景はそれで。

 透くんのお兄さんではない、また雰囲気の違う少年。やたら距離が近く、なんならさっき見てた時に飲み物を交換してて、だから、透くんと、付き合ってるんじゃないか、なんて。

「あ〜、バ先の元先輩の智也さん」

「へ〜? はじめまして〜火乃森天琉でーす」

「え、あ、火乃森? 楓悟くんの、弟……?」

「俺は兄です!!」

 天琉くんは言葉強めに訂正した。もしかしたら地雷なのかもしれない。

「ってか何? 智也さん」

「あ、えっと……」

 まさか口が裂けても『透くんに付き合ってる男の人がいるかもしれないと思って声をかけにきた』なんて言えない。

 困ってると天琉くんがニヤニヤしながら言った。

「透のこと見つけたからってだけじゃない?」

「…………マジで?」

 透くんがこちらに疑いの目を向けてきた。

「あ、うん。そう。特に意味ないんだよ……」

「ほら〜、仲のいい友人を見つけたら声かけるのは当たり前じゃん?」

「そう……か」

「うん、それじゃあね」

 僕はそう言って踵を返す。

 なんとなく、天琉くんは僕の思惑に気づいてたんだろうな、なんて予感がした。


8月29日「夜明け」

※成人済み・付き合ってる

「んぁ…………」

 目を開けるとまだ暗い。

「今…………なんじ」

 スマホを手探りで探し、電源を入れると4時を示していた。

「…………まだ、4時かぁ」

 とはいえ、スマホのライトを浴びたことで軽く目は冴えてしまって2度寝は出来そうにない。

「…………腰、痛い」

 昨日は何回したんだっけ。思い出そうにも思い出せない。まあ、いつもそんなんだから特に支障はない。

 智也のことが好きなのか、と他人に問われても、真っ直ぐに好きだと言えるくらいには覚悟も決まった。前、例えば高校のときはまだ智也のことを好きではなかったし、なんなら男性が好きと言われて動揺して、若干引いたりもした。もう少し後の大学生のときは彼のことを好きになってはいたが、人前はおろか本人にも言えなかった。

 そう考えると、自分はたった数年の間に智也によって真逆の人間に変えられたんだな、と実感する。とはいえ、嫌な変化ではなく、今となっては心地よい変化で。

 ただまあ、智也のことを好きになってしまったということは少なくとも「普通」ではないのだから、そこら辺の責任は取って欲しい、とは思う。

 腰が痛くて立てないし、朝ごはんも作ってもらおう。そう思いながら、隣に目線をやる。

 気持ちよさそうに寝息を立てる智也が隣にいて、自分は起きてしまって寝れそうにないのに、という八つ当たりの気持ちと共に、そっと頬にキスをする。目を覚ますことはなかったが、俺は満足して智也の方を向いて横たわった。この生活がいつまでも続きますように、なんて思いながら。


8月30日「夏休み」

「夏休みが、終わる!?」

「今日と明日でな」

 友達になって、初めてお出かけして、その時にそう言われた。

「いや、だって……おかしいよ」

「おかしくないだろ」

 怪訝そうな顔で君は言うけどさ、おかしいよ。昨日まで、まだ8月初旬とかで……。

「……宿題、終わってない」

 ほぼ手をつけてない状態なのだ。終わってるのは数学だけ。他は何も終わってない。

「それなら帰るか? 宿題は終わらせなきゃまずいし」

「じゃあさ! 一緒に勉強会しない?」

「同い年じゃない。あと、俺は宿題ほぼ出てない。受験勉強しなきゃだから、お前の勉強に付き合ってられない」

 3つも理由を付けられた。そこまでして僕と勉強したくないんだぁ……と少し落ち込む。

「そんなに嫌?」

「勉強会なんて勉強しないんだよ。あれは勉強を称して遊ぶための体のいい言い訳。だからちゃんとひとりで勉強して」

「むぅ……」

「……宿題終わったらまた出かけるから」

「ホント!?」

 君がそう言ってくれたことが嬉しくて、それだけで宿題が終わらせられそうな気がする。

「明日には終わらせるから、絶対明日会ってね!」

「なんで?」

「僕の誕生日だから!!」


8月31日「智也の誕生日」

「宿題終わったよ〜!」

『……早いな』

 終わってすぐ透くんに電話をかけると驚いたような声が返ってきた。

「まあ、僕だしね」

『何の自慢だか分からんが、まぁ、誕生日おめでとう』

「ありがと! で、今日は」

『言っとくけど会わない、というか会えない』

 ……え? 会えない!?

「な、なんで!?」

『塾』

 簡素で明確な答えだった。

「むう、時間作れない?」

『無理。また今度』

 そこで電話は切られた。

 本当は会って欲しかったけど、しょうがない。電話貰えただけヨシとするかぁ……

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