第10話 ドラキュラ、日の出を見る





「おはよう、ドラちゃん」


「オハヨウ。まだ日が昇るには早いぞ?」


 まだまだ暗い中、トウカは縁側にやって来ると、何やら色々と腕に抱えていた。


「ドラちゃん、日の出は見た事あるかい?」


「無いな。見たらと言うか、日の光を浴びた瞬間に灰になるからな」


「なら見に行くよ」


「…我を殺す気か?」


「ふっふっふっ、違うよ」


 トウカは笑いながらそう言うと、腕に抱えていた物を縁側に広げた。見た事があるようで無いものばかりだ。


「これはなんだ?」


「日焼け対策の物さ。ほれ、これ着な」


 袖の長い服を渡され、それを身につけてみる。すると背中側に袋が付いていることに気がついた。


「この袋は?」


「フードって言って頭に被るんだよ」


 トウカはその袋を頭に被せてくる。


 他にも丈の長い靴下や、手袋、帽子など、日光を遮るための物を全身に装備させられた。


「後これ」


「薬か?」


「日焼け止めクリームだよ。夏美に借りたから後でお礼言っときな」


「ふむ」


 トウカは、シワだらけの手にクリームを広げ、それを我の顔に塗りたくってくる。本能で口には入らないようにした。


「よし、こんなもんかな」


「…これなら平気、なのかもな」


「ほれ、行くよ」


「ああ。ポン太、畑を任せる」


「クァっ!」


 縁側からリビングを通り、寝ているであろうナツミを起こさないように、玄関から靴を履いて家を出た。


 街灯がまだ明るく道を照らしており、会話がないままトウカについて行く。


「…どこで日の出を見るのだ?」


「ドラちゃんが流れてきたって海さ」


「よく行っているのか?」


「最近は腰が悪くなったからね。たま〜にさ」


「…そうか」


 我が不老だから忘れていた。人は勝手に歳を取り、弱っていく。ナツミもそのうちトウカのような老婆になるのだろう。


 いや、その前に病で死ぬかもしれぬのか。こやつらが死ぬまでは、ここで暮らしてみるのも一興だな。


「着いたよ」


 そこは我の流れ着いた砂浜を一望できる高台になっていた。


 歩いている内に空は白んでおり、あと数分で日が昇ってくるのであろう。


「…トウカ、やはり我は––」


「––ほれ、サングラス。これで目も焼けないよ」


「…うむ」


 不安が無いと言えば嘘になる。この600年、我は一度も太陽を見たことは無い。


 600年と言えば、天動説という一つの常識が覆り、地動説が証明され新しい常識が作られてしまう程の期間。


 はっきりと言おう、我は怖い。トウカの言う通り対策はしたが、そんな物で我の持つ呪いを打ち消せるものなのか。


「ほれ、日の出だよ」


「え…?」


 そんな葛藤をしている内に、日は既に昇っていた。


 反射的に体を逸らしたが、痛みは無い。体が灰になっている様子もなかった。


「灰に、ならない」


「そりゃ対策したからね」


「こんな事、600年間で初めてだ…」


 水平線から覗く太陽の輪郭は、ぼやけてはっきりとは見えない。それでも徐々に上に上がっていくのがわかる。


「良いかいドラちゃん、人には出来ない事が多い。空も飛べなけりゃ地面を速く走る事も出来ない。だからこそ工夫したんだ。飛行機を作って空を飛んだ。車を作って速く移動した。ドラちゃんも、出来ないと決めつけないで工夫してごらん。どうだい、初めての太陽は」


「…ああ、今まで見てきた何よりも美しい」


「ふっふっふっ、そうかい」


 サングラス越しに見た恐怖の対象は、とても美しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る