第8話 ドラキュラ、眷族を従える
日本にたどり着いてから数日が経った。
夜中はナツミからもらった書物を読みながら畑を守護し、朝は日光を遮り眠りにつく。
棺も部屋に運び入れることができ、寝床として活用している。
「ふむ、中々に興味深いな。我が生きていた時代は中世と呼ばれているのか」
ナツミが手渡してくれた書物の種類は、歴史文献に動植物の図鑑など、多岐にわたる。
おかげで日本だけでなく、世界のこれまでを覗けた。一番驚いたのは新興国家であったアメリカが、今では世界一の大国になっていた事だ。
「…おい、害なす獣よ立ち止まれ」
畑に一匹の気配を感じ取り、停止の呪文を唱える。姿はあまり大きくないが、口いっぱいにきゅうりを頬張っていた。
「動いてよい、だが逃げるな。さて、貴様は何者だ」
「クァー」
なにを言っているかわからん。子熊ではないしオオカミの類でもない。見覚えがあるが図鑑に書かれていたか?
「着いて来い」
「クァー…」
短い四本足と茶褐色の体。目の周辺と足全体、あと尾の先端が黒がかっているか。
「ここに座れ」
「クァっ!」
相変わらずなんて言っているのかわからんが、言葉は通じているのか、我の隣に足を曲げて座り込む。
「おい足を拭かずに縁側に乗るな! 我もこの前裸足で畑を歩いた時は、そのままリビングに入ってこっぴどく怒られたのだ!」
まったく、これだから獣は品位の欠けらもない。怒られのはこの我なのだぞ。
「クァア」
「…ほれ、この布巾で足裏をこすれ」
この獣が足を拭いている間に図鑑を開く。
ナツミに貰ったこの『小学生からのどうぶつ図鑑』にはなんでも載っているからな。それに精巧な絵や写真が貼ってあって分かりやすい。
「確か、ここら辺に…」
『日本のどうぶつ』という目次のところに、こやつと瓜二つの動物を見つけた。
「ほう、タヌキというのか」
「クァっ」
「なぜ畑に立ち入った」
「クァっ、クァア、クゥア!」
「わからん。人の言葉を話せ」
「クァー…」
タヌキと話していても埒が開かん。図鑑には何か書いていないか。
「雑食であり、山での食料が不足した際は人里に降りてゴミや畑を荒らすことがある。なるほど、山に食べる物が無いのか?」
「クァっ!」
「だから何を言っているかわからん。YESならその尾を振れ」
我がそう言うとタヌキはブンブンとその尾を振った。どうやら図鑑に書いてある通りらしい。
確かに、体毛によって隠されてはいるが、体が妙に痩せている。
「ふむ、確かにあの食いっぷりは飢えている獣特有のものだったな」
「クゥア…」
「ならば、我が眷族にならぬか?」
「クァ?」
「我が眷族になれば飢えず、闇の力によってその身は解放されるぞ」
「クァ〜…」
「どうする? 我は今お主に同情しているのだ。でなければ畑に立ち入り、作物を食い荒らした罪、償ってもらうぞ?」
「クァっ、クァア!」
「…眷族になるということか?」
タヌキは尻尾をブンブンと振った。であれば、そう言う事であろう。
「ふははっ、良かろう。契約だ、少し痛むぞ」
血と血の契約によって、主人と眷族の関係を構築する。
我の血を取り込み、眷族となった者はドラキュラとしての性質を僅かにだが獲得することができるのだ。
爪でタヌキの前足をなぞり、血が垂れてくる。我の手のひらにも同じようにして血を流し、傷同士を合わせ、血を互いに取り込む。
「血の契約だ。眷族は主人に従い、主人は眷族を守護する。闇に魅入られ、闇の中に生きる我らは今、同胞となった」
眷族となったタヌキの瞳は紅く染まり、その身は…。
…いや、瞳が赤くなっただけだな。
「クァっ!!」
力が溢れているのか、タヌキは縁側をドタバタと走り回っている。
「…ふむ、本来であれば体も一回り大きくなって爪や牙も鋭くなるのだがな」
我の血も弱まったか?
それともこのタヌキには元々特別な血が流れていたか…。
「いや、それは無いか。おいタヌキ、こっちに来い」
「クァ〜!」
「なに、礼は良い。それはそうと、山の中にお前の仲間がいるのなら、この畑には立ち入らないよう伝えろ。その代わり他の畑に行けとな」
「クァっ!」
「では朝が近い。眷族であるお前は日の光を浴びても活動出来るが、我は灰になってしまうのでな」
「クァ、クァ〜」
タヌキは尻尾をブンブン振りながら山の中へと入って行った。
確かに畑を守護すると誓ったが、その畑とはトウカとナツミの畑だけだ。他の畑は知らん。
「ドラちゃん、おはよう」
「オハヨウ。我は寝るぞ」
「ドラちゃん、この汚れはなんだい?」
「…タヌキだ。我ではない」
「拭いてから寝なさい」
「……」
「返事」
「わかった…」
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