第6話 ドラキュラ、箸を持つのに苦労する
200年も棺の中で寝ていたからか、それとも慣れない布団だったからか、まったく眠れなかった。
部屋から出ようにも、この家はそこらかしこに窓があって下手に動けん。
「退屈な時間だったがもう日没だ」
「ドラさーん!」
部屋の外からナツミの声が聞こえてくる。もう学校から帰ってきていたのか。
「どうした」
「夜ご飯できましたよ〜。嫌いな食べ物とか聞くの忘れてたんですけど大丈夫ですか?」
「ニンニク以外は基本なんでも食す。だがそもそも我は人の食事を取らなくても良い」
「あ、そうなんですね。お腹が空くとかもないんですか?」
「200年も食わずに寝ている怪物だぞ?」
「それもそっか…」
ナツミは我から顔をそらして下の階に降りていく。なんだか寂しそうな表情を浮かべていたのは気のせいだろうか。
「…だが、今日は夕食をいただくとしよう」
「本当ですか?」
「ああ。しかし明日からは用意しなくても良いからな」
「わかりました。それでも食卓にはきてくださいね」
上機嫌に鼻歌を歌いながらナツミは階段を降りていく。
我もそれに続こうとするのだが、昨日の恐怖が蘇って少しずつしか前に進めん。
なんとかリビングにたどり着くと、机の上には見たことのない料理が並んでいた。
「ドラちゃん、遅かったね」
「まあな。して、これはなんという料理だ?」
「これは鶏の唐揚げです。そして豆腐の味噌汁とお漬物。全部私が作ったんですよ、褒めてください」
「ほう、やるな」
自慢気な態度が気に食わないが、とても食欲のそそられる見た目と匂いがする。特にこのカラアゲとやらは美味そうだ。
「本当はニンニクも入れたかったんですけど、ドラさんは食べれませんからね」
「配慮に感謝する」
「食わず嫌いじゃないのかい?」
「食した瞬間に死ぬ」
「アレルギーってやつかい」
ナツミの隣に座ると、2本の棒を手渡された。あとは説明されなかったが、この白い粒々も気になる。
「あー、これはなんだ?」
「ん? あ、お米ですよ。ご飯って言って日本の主食なんです。そっか、外国人の方には珍しいのか…」
「ほう。それで、この棒は?」
「箸だよ、ドラちゃん。こうやって持って、料理を掴むんだ」
トウカはそう言ってカラアゲを持ち上げ、口に運ぶ。サクっといい音がしたかと思えば、次いでご飯を口に入れる。
「もう、おばあちゃんいただきますしてから食べようよ!」
「ふっふっふっ。ナツミ、今日も美味しいよ」
「ありがと、おばあちゃん。ドラさん、手を合わせてください」
「こうか」
「いただきます」
「イタダキマス」
オヤスミナサイと似たような呪文だな。日本にはこう言った呪文が他にもあるのだろうな。勉強しなければ。
「ナツミ、用意できたらで良いのだが、よければ日本の文化や歴史が書かれた文書があれば貸してくれないか?」
「もちろん良いですよ! 明日から夏休みなので図書館に行って借りてきますね」
「ふむ、助かる」
さてと、トウカのように我も食事をいただくとしよう。
……。
「な、なんだこれは」
「ドラちゃん、練習しないとだね。ナツミが小さい頃の練習用箸があったっけね」
箸に四苦八苦していると、トウカは立ち上がり、リビングから出て行った。
すぐに戻って来たかと思えば、手には輪っかの付いた箸を持っていた。
「うわー懐かしい〜」
「ふっふっふっ、捨ててなかったよ。ほれ、使ってみい」
「こうか?」
少し小さいが、輪っかに指を入れるとトウカやナツミのような持ち方と似せる事が出来た。
「おおっ、これは素晴らしいな!」
震える腕を制御し、カラアゲを取って口に入れる。サクサクの表面に、中はジューシーな肉が詰まっていた。
200年前の料理も嫌いではなかったが、この日本の料理は次元が違う。
今までの食事は生きるための行為だったが、いつの間にか幸福を感じるために食事をするようになったのか。
「…ナツミ、やはり明日も我の分を用意してくれないか?」
「ふふ、もちろん良いですよ!」
日本最高。
ナツミ最高。
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