第5話 ドラキュラ、部屋着に着替える






「それじゃおばあちゃん、おやすみ」


「おやすみ、夏美。ドラちゃんもおやすみ」


「ん、ああオヤスミ」


 なんの呪文だ?


「おばあちゃん、面白い人でしょう?」


「生命力の溢れる老婆とは、矛盾している」


「ふふ。階段急ですけど、気をつけてくださいね」


「なに、この程度で––」


 そう言った瞬間。我は階段を踏み外し、足が宙を蹴る。重心だけが前に進み、手を壁に食い込ませることで倒れる事を回避した。


「わ、壁にヒビ入ってる。ドラさん大丈夫ですか…?」


「あ、ああ余裕だ。だがナツミ、手を握ってくれ。これは、なんだ、あれだ、ナツミが階段を踏み外さないようにだ」


「はいはい、どーぞー」


 差し出された今夜二回目のナツミの手を握り、階段を登りきる。


 この後一人で階段の登り降りが出来るのか不安でしょうがない。


「はい到着です!」


「ここか」


「元々はおじいちゃんの部屋だったんですけど、随分前に亡くなってからは物置きになってました」


 確かにナツミの言う通り、通路には部屋から運び出された物が積まれていた。


 後日片付けを行うのだろう。


「あと部屋着も用意したので着替えてくださいね」


「助かる」


 二世紀も着ていたこの格好でくつろぐ事は難しいな。それに憎っくきニンニクの臭いも染み付いてしまっている。


「それではおやすみなさい」


「オヤスミナサイ」


 だからなんなんだその呪文は。


「さてと、この扉もカーテン式か?」


 ふすまを攻略した我には、もはやその最新技術を使いこなした。


 ……。


「…ふっ、ここは違うのか」


 部屋の中はトウカのいたリビングと同じ床で、敷くタイプの布団が一式。そして椅子なのか机なのかわからない物がここにもあった。


 床に座ってこれを机として使うのか。あるいはこれに座って…。いや、それだと他に机が無いと辻褄が合わないな。


 これは机だという事か。床に座る文化が無かったからな。きっと日本には椅子に座る文化が無いのだろう。我が明日にでも教えてやろう。


「部屋着を用意したと言っていたが、これか。まるで見たことのない服だな。だが触り心地は中々良いな」


 今着ている物を脱ぎ、用意された部屋着に腕を通す。


「…なるほど、200年の技術革命は素晴らしいな」


 こうなってはもう今までの物は身につけられん。我が身に纏っていたのはただの布だった。


 そんな物は服と呼ばん、ただの素材だ。我は素材を身に巻いていただけにすぎん。


「…日本での生活に慣れた頃には、我はきっと一皮剥けているだろうな」


 窓から外を見ると、そこからは星々が見えた。城から眺めた夜空とは、また大分違って見える。


 何百年か前に、星が好きな少女がいたっけか。そんな事を思い出して、どれがどの星座か見つけようとしたが、難しいな。


「空が白んで来たか。夜の怪物は眠りにつくとしよう」


 ……して、どうやって布団を敷くんだ?

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