第3話 ドラキュラ、居候先が決まる






「そういえば、ドラさんはどうしてここにいるんですか?」


 ナツミが夜の海で遊ぶのに飽きたのか、棺の中で小さく座っていた我の隣に座り込んで話しかけてきた。


 見知らぬ土地で砕けたプライドは、もう元に戻りそうにない。


「特に心当たりは無いのだが、住んでいた城の近くにあった町の住人に、この棺に閉じ込められてな。200年流されたと思えばここに漂着していた」


「え、じゃあ住むとこ無いってことですか?」


「まあ、そうなるな…」


「そしたら、私のところに来ます?」


「なに?」


「部屋が一つ空いてるんですよ。よければどうですか?」


「そうは言っても、見返りはなんだ? 差し出せるものが無いのだがな。日中は活動できんし」


「家賃ってことですか? それならいりませんから大丈夫です」


 そんなうまい話、あってたまるか。そんな事が許されるなら領主に搾りに搾り取られていた町民どもが報われないぞ。


「では何が望みだ?」


「えっと、じゃあ夜の間の畑の警備をお願いします。最近は獣が多くて」


「なるほどな。まあ良かろう、契約成立だ」


「はい!」


 ナツミが手を出してきたのでそれを握り返す。見たことのない人種だったから忘れていたがこやつも女。


 柔らかく小さな手だ。血色も良く、この肌の下の血管には血が流れているのだろう。


「……」


「やっぱり飲みたいんですか?」


「んえ、そんなに飲みたそうにしてたか?」


「ふふ、はい。でも痛いのは嫌だなぁ…」


「なら心配はいらん」


 ナツミの腕を口に近づける。しっとりとした腕には少量だが汗が滲んでおり、それを舐めとった。


「あ、あの…?」


「汗も血と似たようなものだからな。血の代わりとまではいかんが、これも中々…」


「……」


 さっきまでペラペラと口を動かしていたのに、この女はどうして急に大人しくなったのだ?


「ドラさん、も、もう良いですか?」


「ん、助かった。力が抜けていたのでな」


「それなら良かったです」


「…どうした?」


「い、いえ、その、男の人に体を舐められた事がなかったのて…」


「……ふっ、初め」


「あー! 仕返しですか!?」


「ふっふっふ。小娘にはまだ早かったようだな!」


「イジワル…」


「ふっ、これであいこだな」


 そう言うとナツミは大きく笑った。こうも人と対等に話した事は久しぶりだ。


 いや、初めてか?


 まあ良い。我の粉々になったプライドはもう元には戻らないのだろうが、また一からナツミについて行くとするか。


「それで、ナツミの家はどこなんだ?」


「案内しますね」


 ナツミは肌についた砂を払い落とし、服を着ていく。今さらだが、水着でなくても露出は激しいようだ。


 日本という国はとんでもないな。


「ドラさん、行きましょっか」


「ああ、案内を頼む」


 さてと、この棺ともお別れか。今思えばとても良く出来ているな。不格好ながらも、隙間がないように丁寧に加工してある。


 200年の愛着か、見た目も一周回って好みな気がする。町民どもの殺意と憎悪が詰まった機能性重視の見た目だ。


 あやつらは我を流した後どうなったのであろうか。元気に暮らしていたのだろうな。


「ドラさん、それ持って行くんですか?」


「まあな。ここに置いて行くのも迷惑だろう」


「確かにそうですね。でも部屋に入るかなぁ」


 棺は見た目通り重かった。これを運んできた町民どもの苦労を肌に感じるよ。


「まあ大丈夫か! ドラさんいけますか?」


「ああ、なるべく広い道で頼む」


「りょうかいです! こっちですよ〜」


 楽しそうなナツミの後ろを、我は重たい棺を背負いながらついて行くことになった。


「…やはりこの棺捨てるか?」

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