魔法のスプーン

洞貝 渉

魔法のスプーン

 ボフン、と森にある小さな家が揺れて窓や煙突から煙が立ちのぼりました。

 驚いてはいけません。ロータスの家ではよくあることです。

 いきおいよく咳き込みながら、煙と共にロータスがドアを大きく開いて家から出てきました。

「うー、ケホッ。どこで配合間違えたかなあ、コホッ」

 涙目になりながらも、ロータスの口元はニタニタと緩んでいます。

「でも、ついに完成した。これぞ名付けて『魔法のスプーン』!」

 意気揚々とロータスは手にしたものをかかげます。

 ロータスの手には小さなスプーンが握られていました。

 ちょっと風変わりな形をしているけれど、どう見ても何の変哲もないスプーンにしか見えません。

 魔法のスプーンはくすんだ色をしていて、ぐるりと植物の蔦に覆われています。蔦の所々にほ青々とした小さな葉っぱがくっついていて、とてもじゃありませんがシチューを食べるのには向いていません。

 しかしロータスはニシシと得意げに笑います。

「これさえあれば、みーんな幸せになれる! なにせ、幸せをたーっぷりとすくう、魔法のスプーンなんだから!」

 言って、ロータスはワクワクとした表情でスプーンを見つめました。

 三十秒、何も起こらないままロータスはスプーンを見つめます。まだまだ、これからなんだから。

 五分、やっぱり何も起こらないままロータスは微動だにせずスプーンを見つめ続けます。いや、本当にあともう少しで何か起こるから。

 三十分経ったころ、ロータスはとうとう辛抱できずにスプーンを放り出しました。

「あー、もう! やっと完成したと思ったのに、また失敗作だった!」

 プリプリと怒りながら、ロータスは家に戻っていきます。そして、バタンとドアを閉めてしまいました。

 だからロータスは知りません。放り出した魔法のスプーンが、その後どうなったかを。


 魔法のスプーンは森にやって来ていた子どもに拾われました。

 子どもはその時、とても幸せな気持ちでした。もうすぐ子どもには弟か妹ができるからです。子どもはもう少しで会える弟か妹に何かプレゼントをしようと思い、森へやって来ていたのです。

 子どもはそれがロータスの錬成した魔法のスプーンだとは気が付きません。ただ、ヘンテコな形のしたスプーンだな、くらいにしか思っていませんでした。

 子どもがスプーンを拾ってまじまじと見つめると、スプーンにまとわりついていた蔦のあちこちから蕾がうまれ、あっという間にきれいな花が咲き乱れます。

 子どもはにっこりと笑いました。これはいい、もうすぐ生まれてくる弟か妹への素敵なプレゼントになるぞ。

 魔法のスプーンを握りしめて、子どもは駆け出しました。

 幸せがあふれるように、魔法のスプーンからひらりふよりと鮮やかな花びらが森にふりまかれます。


 大絶叫の後、森にある小さな家が揺れて窓や煙突から煙が立ちのぼりました。

 驚いてはいけません。ロータスの家ではよくあることです。

 いきおいよく咳き込みながら、煙と共にロータスがドアを大きく開いて家から出てきました。

「うー、ケホッ。またやっちゃったなあ、コホッ」

 涙目になりながらも顔を上げ、おや、と不思議そうに森の様子を見つめます。

 魔法のスプーンからこぼれおちた幸せの花が、そこかしこに咲き誇り、森全体を包み込んでいたのです。

 ロータスはなんだかよくわからないながらも、とても幸せな気持ちになりました。

 そして、「よし、やるぞー!」と両手を突き上げ気合を入れると、再び家の中へ戻って行きました。

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魔法のスプーン 洞貝 渉 @horagai

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