GO!GO!じゃんけんNIGHTフィーバー!

クロワッサン食べ実

ズコー!

旦那の母親から電話があった。車を義実家のものと交換してほしいという内容で

「お父さんもう歳なのよ。」と言っていた。


「この前やねんけど、お父さんと○○(旦那の姉)ちゃん家族(夫と4歳になる甥)と滋賀のおばあちゃんち行ったんやけどね、お父さんが運転してたんやけど、交差点で右折しようとしたらね、それがねえ、右から女の子が歩いて来てるのに見えんかったみたいでね」


それで危うく轢きそうになったとか。私たち夫婦が使っている車は障害物があると自動でブレーキがかかる機能がついている。それで交換してほしいということだった。

「家の車庫でぶつけたり、一昨日もまた轢きかけたみたいでね」

先月60歳を迎えたばかりで、まだ免許返納には早いかもしれない。けれども、家の車庫はいいとして人を2度ほど轢きかけている。車でどうこうなるわけではない。しかし、もともとこの車は義両親から譲ってもらった(といってもいくらかは払っている)ため強く言えないでいた。「手続や費用はこっちで全部やるからね」ということで、特に車にこだわりのなかった私たちは車の交換を受け入れた。



「ビビった」

仕事に行くため家をでた旦那からLINEが入った。車を交換して数日後のことだった。

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ビビった

いまさっき駐車場行って

車に乗ってエンジンを付けて

音楽の設定しようとスマホを見ながらアクセル踏みかけたんやけど

アクセル踏むか踏まないかの瞬間に女の子が車の真ん前におった

もうマジびっくり

ブレーキ踏んで、車停めて

その子に怪我無いか確認しようとしたら


その子どこにも居なかったんだけど、なんで?

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これはいったい、接触事故未遂の怖い話なのかホラーの怖い話なのか。

車の下も一応確認したが本当にどこにもいなくなっていたらしい。


そして今度は私の方だった。休日、女友達数人と近くのイタリアンへ食べに行き「この前旦那が幽霊見たって言ってて」「えー何それ!」なんて話した帰りのことだった。駐車場に車を止めてふとバックミラーを見ると、後ろの席に女の子が座っていた。驚いて後ろを振り向いたが女の子はいなかった。喉から飛び出てハンドルにぶつかりクラクションを鳴らしかけた心臓をおちつかせようと深呼吸をし、車から降りた。後部座席のドアをあけ席を確認したが、びしゃびしゃになっていることもなかった。


旦那にこのことを話すと「車になにかとりついてるとか?」と言って両親に変な所へ行ってないか動物を轢いてないか確認の電話をしたが、「おばあちゃんち行っただけ、あとは普段の生活で買い物したとかぐらい」とのこと。車は新車で購入しているため、実はいわくつきだったという可能性はない。私たちもこの車に乗ってからはスーパーや外食などの街乗りでしか使用していない。本当に原因がわからなかった。


そういうことが頻繁に起こるため、私達は冗談でその女の子を「ゆうちゃん」と名付けた。幽霊の「ゆうちゃん」。それが良くなかったのかもしれない。



朝、アイスコーヒーを飲もうと冷蔵庫を開けるとケーキの箱が入っていた。開て中を見ると、茶色いチョコレート味の生クリームで飾られた2〜4人分ほどの小さいホールケーキが1つ入っていた。上にのっているチョコレートプレートには「おめでとう」と描かれている。起きてきた旦那がケーキを見て不思議そうな顔をしている私を見て「あぁ、ゆうちゃんの誕生日だから」と言った。その後すぐハッとして青ざめた顔で、

「え?ゆうちゃんの誕生日ってなに?」



やっぱり私もそうなってしまった。

「この前ゆうちゃん、足が寒いって言ってたから」と靴下を買って帰ったり、旦那とゆうちゃんと私の3人分のご飯を作ってしまったこともある。もちろん、「ゆうちゃん」のために子ども用の食器類まで用意している。次第に、私たちの仲に「ゆうちゃん」がいるようになった。部屋の中には「ゆうちゃん」のために買った服や絵本が増えた。仕事が終わって帰宅すると「ゆうちゃん」が使ったかのように絵本が開かれていたり、おもちゃがテーブルの上に置かれたままになっていたりする。まるで本当に子どものいる家のようだ。おかしいということは当然理解している。しかしなかなか捨てられない。捨てようとすると逆に良くない方にころぶんじゃないかと不安な気持ちでいっぱいになる。

「ゆうちゃん」の物が増えるにつれ肩や首が重くなっていった。旦那も身体が重く寝付きも悪くなってしまったようで「取り憑かれの教科書じゃないんだから」と冗談を言っていたが、目の下の隈のせいで笑うことはできなかった。



スーパーで買い物をし、車に乗り込み駐車場から出てすぐのこと。何とはなしにバックミラーで後部座席を見た。誰も乗っていなかった。それが正しい、乗っている方が異常なのだが、そのときはいる時だったので「ゆうちゃんがいない!」とパニックになってしまい思いっきりブレーキを踏んだ。慣性の法則にしたがって揺れた身体が背もたれに打ち付けられた衝撃でハッとした。いよいよ取り返しがつかなくなってきている。

後ろの車が車間距離を開ていたおかげで衝突事故は免れた。しかし危険な目にあったことに変わりはない。血相を変えた運転手がこっちに向かってくる。私もあわてて車を降りて頭を下げる。怒鳴られると思ったがその人は「おっかしいなぁ、なんでだ?」「いやいや、なんで?」「おかしい」と小さい声で繰り返しつぶやきながらうろうろしていた。顔を上げ目線を合わせると、


「あの、急ブレーキで止まった瞬間、車の上から子供が落ちてくるのが見えました。でも、どこにもいないですよね」




そこからのことは記憶になく、気がついたら自宅の駐車場だった。車を停めてからしばらく経っていたようだ。車から降りて後部座席に置いている荷物を取ろうとドアを開ける。さっきかけた急ブレーキのせいで荷物は袋から飛び出てしまい座席の足元に転がっていた。りんご、3パック入りの納豆、スーパーカップのバニラ味、落ちた物を拾っていると運転席の下にメダルが落ちているのを見つけた。

「これだ。」

メダルを拾って運転席に戻り、車を進めた。わかったというか教えてもらったというか、とにかく急がないといけない。


到着したのは自宅から遠く離れた総合スーパーマーケットで、閉店の時間がとうにすぎていたため真っ暗だった。車を止めて自動ドアへ向かう。鍵がかかっているはずだが、昼間と同じようにドアが開いた。待ってくれているんだと思った。


待たせてはいけないと急いで中に入る。緑色の非常等のお陰で走っていても移動することができた。冷蔵ケースのコンプレッサーが、ブーンと低い音をたてている。

止まっているエスカレーターを上がった。わかっていても止まったエスカレーターを上るのは変な感覚がする。動いているときと頭が勝手に比べてしまい足をあげるリズムが難しい。こめかみがどくどく脈をうっている。血管が切れそうで頭が痛い。

取り憑かれの教科書にもこの頭痛は書かれているのだろうか。


2階の大部分が婦人服コーナーで少しだけ紳士服や靴などが置かれている。その奥に小さいゲームセンターがあった。

ここだよと言っているかのように一箇所だけチカチカと青色く光っていた。急いで光のもとまで向かう。ぶつかって何着か服を落としてしまったがかまわず走った。

その光は一台のゲーム機の上に置かれたパトランプから出ていた。


そのゲーム機は私が小さい頃から遊ばれていて、メダルを入れると「ジャン!ケン!」という掛け声とともにゲームが始まる。男の子の声なのか女の子の声なのかわからないところが奇妙で逆に面白かった。機械の上部にある画面ではLEDライトが点滅していて、点画の容量でぐー・ちょき・ぱーの形がつくられる。画面の下には「ぐー」「ちょき」「ぱー」の3つのボタンが有り、押すと「ポン!」という声に続けて、勝つと「やっぴー!」負けると「ズコー」と音声が流れた。


私は座席の下で拾ったメダルをゆっくりといれた。パトランプが消灯しあたりは真っ暗になる。代わりに赤くて丸いLEDの小さな照明が点滅し始める。「ジャン!ケン!」音声が流れた。すかさず「ちょき」のボタンを押す。


「ポンやっぴー!」


そういえば「ポン」とその後の結果に合わせた音声(大抵の場合は負けたときの「ズコー」)の間が短すぎて友達と大笑いしたなぁ、なんて昔の記憶を思い出していると、青色のパトランプがチカチカと点滅し私の顔を照らし始めた。

機体の下にある取り出し口からじゃらじゃらと音を立ててメダルが数枚でてきた。


勝った。


出てきたメダルに触れた瞬間、肩や足に感じていた重さが消え、頭痛も治まった。

霧が晴れていくように頭のもやもやが消えていく。身長が伸びて札束の風呂にも入れそうだ。

同時に胸の底から今まで感じたことのない嬉しさが込み上げてくる。

思わず笑ってしまいそうなのをぐっと堪える。けれども顔がどうしてもにやけてしまう。落ち着こう。深呼吸をしポケットからスマホを取り出す。この前話した友達へ明日会えないかLINEを送った。

メダルを渡して、教えてあげようと思ったからだ。

だってたくさんいたほうが寂しくもないし。








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