第40話決断
「1回目の整形をした理由は分かったけど2回目はどうして?」
「おそらく2回目の整形をしたのは家を出て行った後でしょう」
「無月さんともしどこかであってもバレないように」
「でも私に本当に会いたくないんだったらなんで今この人はこの場所にいるの?」
「私たち2人がお父さんとお母さんのことについて嗅ぎ回ってるって事はこの建物の中である程度噂になっててもおかしくないと思うんだけど?」
「もちろん俺たちがあなたについて嗅ぎ回っているという情報は耳に入っていたでしょう今日この場で待っていたのは」
「本当は実の娘に会いたいという気持ちが心の奥底にあったからじゃないんですか?」
その言葉には何も答えない。
だがその無言が肯定していることと同じだ。
「1つ俺にもわからない謎があるんですけど」
「この宗教がやっている人体実験は何をするためなんですか?」
「どうしてあなたがその計画のことを!」
無言で人体実験のことについて書かれたノートを手渡す。
ノートに書かれていたことを信じるなら人類の中で一番すごい人間を作り出そうとしているということになるが。
「あの中国での30年前の爆発事故が起こるずっと前から人類の中で最高の人間を作り上げることがその宗教の目的であり、目標だった」
「その目標は30年経った今でも建物自体は変わったが目指すところは何も変わってない」
「俺は30年前のあの事件が起こるまで宗教には何もおかしいところはないと思ってた」
「俺は生まれた時から親に捨てられてたらしくその捨てられてた赤ん坊の俺をその時宗教メンバーだった人が拾ってみんなで育ててくれたらしい」
「その宗教に対して恩を感じてる部分もあったからなかなか抜け出せなかったのかもしれないな」
「これはただの言い訳か…」
乾いた笑いを顔に浮かべ言う。
「でもどうしてあなたが宗教に対して疑問を持ってたんだったらお母さんがあそこまでどっぷりはまることになるの?」
「あの家にいた時はまだ俺自身の洗脳も、いや…洗脳されていることすら気づいていなかった」
「だからお母さんを無意識のうちに宗教の道に引きずり込んでいたんだと思う」
「しばらくはあの宗教が復活することを心の中で本気で願ってた」
「だからその宗教がもし本当に復活した時のために…あらかじめ信者を作っておこうと思った」
無月は特に声を荒げることもなくいつも通り無機質な、けどどこか静かな怒りを含んだ口調で尋ねる。
「あなたは私が小さい時にあの家を出て行った、それは今まであなたがしてきたことが間違いだったと気づいたからじゃないの洗脳が解けたからじゃないの?」
「ああ…」
今にも消えそうな小さな小さな声をわずかに漏らしうなずく。
「お母さんを空っぽの人形みたいにしておいて自分だけ別のところに逃げたっていうの?」
「言い訳にしか聞こえないかもしれないが洗脳が解けてしばらくしてお母さんがようやく心がなくなったことに気づいた」
「心を洗脳してしまったことに」
「だから家を出て行くまでのしばらくの間はお母さんと同じように心を失ったかのように全く一歩も動かず家の中の仏壇に手を合わせてた」
「それが唯一できる俺の【
「そんな言葉を今更信じられると思う?」
「信じてもらえないのはわかってるでも本当なんだ」
土下座をしながら言う。
「本当にお母さんのことをあの時あなたが思ってるんだったら身の回りの家事を全部やってあげるべきだったんじゃないの?」
「私は小さかったからその時の記憶はないけど、人から聞いた話だと結構悲惨なことになってたって聞いたけど」
「重ね重ね言い訳に聞こえるかもしれないがあの時のことを今思い返してもあれはただの逃げだったんだと今になって思う」
「お母さんが宗教にはまった理由は理解できたけど、お母さんが私が生まれてくる前まで書いてた日記が破られてたんだけど何か知ってる?」
「あの日記のページは俺が破いたんだ」
「生まれてくる前私たちの子供は重たい病気を持って生まれてくると医者に言われ俺はその不安につけ込んだ」
「この神様に願えばその子はきっと無事に生まれてくると」
「結果的には私たちの生まれてきた娘は何の病気も持っていなかった」
「奇跡的に」
言葉を付け加える。
「なるほど偶然の奇跡が起きたことによってお母さんがその神をさらに信じる理由になったと」
無月は特に声を上げるでもなく納得した言葉を口にする。
「無月が生まれてきたことによってお母さんがおかしくなったんじゃないかと思って欲しくなかったから書かれてたページを全部破いたんだ」
「じゃあ私が小さい頃に姿を消したのは?」
「これ以上俺が家族の近くにいるとさらに不幸にさせると思ったから何も言わずに出て行ったんだ」
その選択肢が正しかったのかどうかは今になってもわからないが少なくとも無月のお母さんを祈り続けるという呪いから解放することができた。
「でも娘を産んだことは、お母さんに産んでもらったことは全く後悔していない」
「今更俺の言葉なんて信じてくれると思っちゃいないでもそういうことを思ってたんだって頭の片隅のどこかで覚えておいてくれ」
この場を去ろうと反対に足を向けた無月が一度足を止め軽く頷きながら短くこう言った。
「分かった…」
と答え部屋を出ていく。
俺もその後を追うように車椅子を反対に向ける。
「あの…」
出て行こうとしたところで呼び止められる。
「本当に勝手なお願いだということは重々承知しています」
「それでも…」
「娘をよろしくお願いします…」
わざわざ後ろを振り返るまでもなく俺に深々と頭を下げているということがわかる。
俺はその言葉には何も答えず部屋を出る。
実の娘が今から自殺をしようとしているなんてことを知ったら何としてでも止めてくれと俺に言ってくるだろう。
だけど俺にはその資格がない。
俺は無月の後を追う。
そのまま向かったのは俺と無月が出会ったスーパーの目の前に立っている見た目がすっかり廃墟ビルと化している建物だ
怖がることなど一切なく薄暗い建物の中へと入っていく。
「この建物の中ってこんな風になってたんですね」
「私も今までこのビルの中に入ったことなかったから気づかなかったけど外より中の方がもっと古びてる」
「それに立ち入り禁止のテープが結構貼られてるわね」
この廃墟ビルが立ち入り禁止になっているのだから当たり前だ。
ガッツリ不法侵入だ。
その黄色い立ち入り禁止と書かれたテープも古びてしまってほとんど意味をなしていない。
「ところで何であなたも一緒に中に入ってきてるの?」
「最後に話をしておこうと思って」
「
「自殺する前の人間としゃべっても自殺幇助罪には当たらないでしょ」
「私法律に詳しくないからよくわからないけど、まぁ確かに自殺をする前の人間と喋っただけで罪に問われるなんてたまったもんじゃないわよね」
「それで私と最後に喋っておきたいことって何?」
階段の上に腰を下ろしたところで頭を下げる。
「すいませんでした!」
精一杯頭を下げる。
「あの時直接的にではないとはいえ無月さんの自殺をしたいという気持ちを先延ばしにしてしまいました」
「別にいい、あなたのおかげで最後に気持ちを軽くした状態で自分の人生に幕を下ろせるんだから」
「私はそろそろ行くわ」
「最後に今まで俺のわがままに付き合ってもらってありがとうございました」
そう今回の件は全て俺のわがままだ。
人を死なせたくないという俺のエゴだ。
俺は車椅子を反対に向けそのまま階段を登り最上階に向かう無月に対して手を振る。
俺が車椅子を漕ぐ音と階段をゆっくりと登る足音だけがその何もない廃墟ビルに響き渡る。
それから3週間ほど経ったところで今まで無月が作ってくれていたご飯がいかにありがたかったものか今更ながら実感する。
ネットニュースや新聞を見てみてもあのビルから1人の少女が飛び降りたというような出来事は一切発表されていない。
「真神…」
俺は聞き覚えがある声が聞こえ後ろの方に顔を向ける。
「私の戯れ言を聞いてくれないかしら?」
戯言を語る青年と自殺願望を持つ少女 カイト @478859335956288968258582555888
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