第12話 昔取った杵柄

 その後、再び森を歩きつつ……冷静になって私は考える。


 どうして、急に鑑定みたいな能力が発動したのか?


 これまでと違うこと……あっ! 魔法を覚えたことだ!


 そもそも、魔力がなんなのかもわかっていなかった。


 もしかしたら、魔力を知ったから能力が発動したのかも?


 魔法といい鑑定といい、知らない間にチートを与えられていたらしい。


 ……少しくらい説明があっても良いと思う。


「どうしたのだ? むっすりして」


「し、してません」


「そ、そうか」


「ふふ、お嬢様は考え事をするとこの顔になるのですよ」


「そういうことか。しかし、森では油断は禁物だ」


「あっ……ごめんなさい、気をつけます」


 そうだった、ここは魔物や魔獣が出る森なんだ。

 二人がいるからって、私が気を抜いていい理由にはならない。

 ほんと、嫌になるなぁ……守られることに慣れすぎてる。


「それで、何を考えていたのだ?」


「いえ、他にも色々と学んでいたので……何か役に立つことはないかなって。私、王族だけが閲覧できる古い歴史本も見ていたので」


 これは事実だし、嘘は言っていない。

 これを言っておけば、他の鑑定で得た情報も誤魔化せるはず。


「……ほう、それはそれは」


「そんな珍しいモノを見る目をしなくてもわかってます。女性には知識がいらないって殿方は多いですし」


 ただ前世がある私は、そうは思えなかった。

 でも、それは王太子や周りの人にとっては良くないことだったらしい。


「いや、そんなことはないさ。むしろ、関心したくらいだ」


「……そうですね、シグルド様はそういう方でした。ごめんなさい、私が悪かったです」


「気にしなくていい。君が何をしようと、俺は気にしないから好きに過ごすといい」


 そうだった、これは偽装……いけないいけない。

 そんな葛藤をしていると、エリゼの耳がピクピク動く。

 これは何かを知らせる合図だ。


「何かいますね」


「なに? アリス殿、その場から動かないように」


「は、はぃ」


 全身に緊張が走る。

 でも、これを乗り越えないと冒険者なんて言ってられない。

 私は前を向いて、その時を待つ……すると、ガサガサと音が聞こえてくる。

 そして、草むらから何かが飛び出してきた!


「ブルルッ!」


「ファンブルか。まあ、ちょうど良い相手だ。こいつなら、いくら倒しても問題にならない」


「お嬢様、そこまで手強くないのでご安心ください」


「 ファンブル……」


 ◇


【ファンブル】


 イノシシに似た魔獣。

 体長一メートルを超え、その突進は人くらいなら軽く潰す。

 雑食性で牙もあり、放って置くと辺りの生き物や果物などを食べ尽くしてしまう。

 その肉は食べ応えがあり、庶民の間ではよく食べられる。


 ◇


 ……まただ、また見えた。


 間違いない、これは鑑定能力だ。


「シグルド様、私がいきましょう」


「いや、君はアリス殿を。ここは俺がやろう」


「わかりました。お嬢様、まずは見ててください」


「わ、わかったわ」


 目の前で、剣を構えたシグルド様と助走の構えのファンブルが対峙する。

 静かな時間が流れ……同時に走り出す!


「ブルルッ!」


「甘いっ!」


「ブルァ!?」


 すれ違った際に、ファンブルの首から血が流れる。

 そして、ファンブルが私達の目の前に倒れこむ。

 ピクピクと手足が動き、まだ生きている。


「わぁ! 剣が見えなかったです!」


「ええ、素晴らしい剣技ですね」


「まあ、これくらいはな。とりあえず、上手く加減ができたか。さて、苦しませるのは良くない……アリス殿、トドメをさせるか?」


「えっ?」


「冒険者になるということは、相手の命を奪う仕事でもある。それを行うことができ」


 それを言い終わるより早く、私はしっかりと頸動脈にナイフを突き刺す!

 すると、血がドバッと流れて……ファンブルが動かなくなった。


「これでいいですか?」


「……へぁ?」


「お、お嬢様?」


「えっ? な、何か間違えましたか? 苦しめるのは可哀想だから、早く楽にしてあげようかと思って……」


「い、いや、それ自体は良いことだ。しかし、手際が良いというか思い切りがいいというか……普通の女性なら躊躇することが多い。ましてや、公爵令嬢……そんな経験もあるまい」


 あぁ〜やっちゃった……つい、昔の感覚でしてしまった。

 元料理人だった私は、専攻が洋食系だった。

 当然、ジビエに使うウサギや鹿、イノシシくらいなら解体したことがある。

 まさしく、昔取った杵柄ってやつだ。


「じゃあ、私は普通じゃないみたいですね」


「……ははっ! そうだったな! 君はそういう女性だった!」


「まさか、お嬢様にそんな適正が……いや、元々ありましたね」


「おや? そうなのか?」


「はい。よく兵士達の訓練に訪問してまして……その時も目を逸らさずに見ていました。それに、手当なんかもお手伝いしてましたよ」


「ほう? ……それは素晴らしい」


「別に普通ですよ。彼らが私達に変わって戦ってくれているのですから」


 そんな会話をしつつも、私の手はずっと動いていた。

 素早く処置しないと味が落ちてしまうから。


「お、おい?」


「あっ、ダメでしたか?」


「いや、処置自体は合ってるが……もういいか。血抜きをしたら、まずは内臓を抜くのはわかるか?」


「はい。そうしないと肉の味が落ちてしまうので」


「ふむ……まあ、好きにやってみるといい。エリゼ殿、警戒を頼む」


「はい、かしこまりました」


 エリゼに警戒を任せて、私は昔を思い出しながら作業を進める。

 生殖器を避けて切り込みを入れ、内臓に触れないように喉元まで持ってくる。

 そしたら、骨盤をナイフで叩き斬る……これで内臓を取り出せるはず。

 私はぐちゃっという音と共に、内臓を取り出した。


「おもっ……これで良しっと」


「……手際が良い」


「えへへ、ありがとうございます。そしたら、水で洗って……あっ! 魔法があった! えっと……水よ」


 手からホースのように水を出して、血や汚れを綺麗に洗い流していく。

 こういう時にも、魔法って便利よね。

 そこでふと、シグルド様と目が合う……その顔は驚きに満ちていた。


「ま、間違ってますか?」


「い、いや、合ってる……しかし、本当に公爵令嬢なのか?」


「えっ? はは……多分」


 どうやら、やりすぎてしまったらしい。


 でも、すっごく気分はいいわ。






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