第11話 チート開眼?

 森の中はとても綺麗だった。


 以前、行事の一環で私が見た人の手が入った森とは違う。


 自然にできた岩、揺れる木々、香ってくる森の匂い。


 息を吸い込むと、胸の奥がすっとなる。


「綺麗ですね……何より、涼しいです」


「木々が日差しを遮ってくれるからな」


「あっ、木にぶら下がってるあれはなんですか?」


 私の目に、見たことない食べ物が見える。

 それはバナナに似た形状をしているが、色が赤かった。


「あれは……硬くて食えないぞ? グニグニして噛みきれん。量はあるし、あれが食えたら助かるのだがな」


「えっ? そうなんですか?」


「試しに火にかけたり冷やしてみたり、粉々にしたりしたがダメだったな」


 私のが言っている、あれは美味しいものだと。

 料理人として、そういう嗅覚だけは昔からあった。

 その時、私の目の前になにやら文字が浮き出てくる。


 ◇


【レッドバナナ】


 気温が高い地域にできるバナナ。

 そのままだとグミのように固くて食べられないが、剥く順番を正しくすれば美味しく食べられる。

 最初に剥いた箇所の反対を剥き、左右対称に剥いていけばいい。

 栄養が豊富で夏バテ防止にもなる。


 ◇


「あれ? ……今のは?」


「どうしたのだ?」


「えっ? ……何も見えないのですか?」


「あ、ああ……平気か? いや、暑いと幻が見えることがある。君は水分を摂った方がいい」


「えっと、そういうわけではないと思います」


「お嬢様、体調が悪いなら帰りますか?」


「い、いえ、平気よ」


 どうやら、あの文字が見えているのは私だけらしい。

 ……もしかして、鑑定ってやつかな?

 前世の小説とかで、そういうのは見たことあるけど。

 ただ、私は神様にも会ってないし……そもそも、なんで急に使えるようになったの?


「ふむ……無理はするなよ? 暑さで倒れるのは馬鹿にできない。それで死に至る者もいるくらいだ」


「はい、それは知ってます……あっ」


「お嬢様?」


 ということは、あれを上手く使えばいいんじゃない?

 さっき言ってたのように、この土地では夏バテとかありそうだし。


「あれ、とってもいいでしょうか?」


「ん? 美味くないが……まあ、試してみないとわからないことか」


「そうですね。では、私が……よっと」


 エリゼがジャンプして、高さ二メートルくらいの場所にあるバナナを採る。

 相変わらず、獣人の身体能力は高い。


「はい、お嬢様」


「ありがとう、エリゼ」


「水の用意をした方がいいぞ? 硬くて食えたもんじゃない」


「多分、大丈夫な気がします」


 まずは皮を剥いて、その反対側を剥く。

 その見た目は、私の知るバナナそのものだった。

 それを繰り返していけば……これで多分、いけるはず。

 私は勇気を口に含む……それは懐かしい味がした。


「んっ……甘くて美味しい!」


「なに? 失礼だが……」


「わ、私は正常ですよ! 食べてみてください! ほら、エリゼも」


 同じように剥いて、それを二人に差し出す。


「わかりました」


「う、うむ……」


 二人が受け取り、恐る恐るバナナを口にした瞬間……表情が一変する。


「美味しいですねっ……! ねっとりとした食感も楽しいです!」


「バカな……これがあの果物だと? 硬くてグミのような食べ物だったはず……それが、こんなに甘くて美味しいとは。何より、柔らかいな……これなら歯の弱いお年寄りも食べやすいだろう」


「えっと、栄養価も高いと思います。それこそ、夏バテ防止になるかと」


「……なぜ、それがわかるのだ?」


 しまった……上手い言い訳が出てこない。

 鑑定とか聞いたことがないから、多分説明してもダメな気がする。

 そうなると……ちょうど良い言い訳があったわ。


「お、王都にある文献で見たことがあります」


「ほう?」


「確かにお嬢様は昔からよく篭ってましたね。暗号や古代文字を解読したりしてましたし」


「そうなのよ。その時に、なんか似たようなモノをみたなーって……」


 ちらりとシグルド様を見るが、その目は私を見つめていた。

 う、嘘ってバレてるかしら?

 でも、本当のことを言うにしても……そもそも、私だって理由がわかってない。

 どうして、いきなりこんな力が目覚めたんだろう?


「まあ、いい……とりあえず、これで新しい食材が増えたということだ。しかも、これは割と何処にでもある食べ物だ。ある程度乱獲しても、そこまで問題にならないだろう」


「ええ、そうだと思います」


「アリス殿、感謝する」


「ちょっ!? 頭をあげてください! 領主が、殿方が簡単に頭を下げては……」


「いや、そういうわけにはいかない。土地柄と三国との決まりゆえに、使える食材は限られてる。飢えているわけではないが、それでも場所によっては貧困もある。何より、これで民が健康的に過ごせるなら安いものだ」


「わ、わかりましたから! その、受け取りますので……もう」


「すまぬ、つい嬉しくてな」


 私が困っていると、顔を上げて微笑む。


 その顔は氷の貴公子と呼ばれる感じではなかった。


 王都とのこと、民の暮らしで悩んでいたからいつも難しい顔をしてたのかな?


 もしかしたら……こっちが本当の彼の姿なのかもしれない。










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