第7話 相談
そうと決めたら、早速行動開始だ。
普通の人は、お金を持っている。
そして、自分の分は自分で頼む。
……そんなの当たり前じゃない!
うぅー……すっかり染まってる自分がいたわ。
「エリゼ、悪いけどお金を貸してくれる?」
「へっ? 貸すも何も、このお金はお嬢様の家から頂いているお給料ですから」
「ええ、それはわかってる。ただ、それは貴女が正当なやり方で得た報酬。決して、私のお金ではないわ。何より、家のお金は私のものではない」
こんな当たり前の感覚すらなくなっていたなんて……。
気をつけてたし、王太子にも言いたい放題言っていた。
もちろん、着飾ることや店の人を呼びつける正当な理由はある。
ただ、それでも……少し反省はするべきよね。
「お嬢様……ええ、そういうことでしたら」
「ありがとう、エリゼ」
「しかし、返す当てはあるのですか? いや、返さなくてもいいですが……」
「それなら平気よ。したいことが見つかったから」
エリゼにお金を借りた私は、串焼きを購入する。
この世界は白銀貨(一千万)、金貨(百万)、銀貨(十万)、鋼貨(一万)、銅貨(千)、鉄貨(百)、石貨(十)、といった価値観だったはず。
串焼き一本が鉄貨一枚だから、大体日本の価値観に近い。
「お嬢様、ベンチに行きましょう」
「だめよ、エリゼ。みんなみたいに歩きながら食べたいわ」
「しかし……いえ、ここでは知り合いもいませんからね」
「そういうこと。では、いただきます……はむっ……ん〜!! 美味しい……!」
熱々はもちろんのこと、じゅわーと溢れる肉汁と醤油がマッチして美味しい。
鶏肉に似た味で、野性味溢れる感じだ。
王都にいた頃には食べたことがない。
「ふふ、懐かしい味です」
「そういえば、最初に来た頃は食事が合わないとか言ってたわね?」
「はい、そうですね。あちらは小綺麗というか、きっちりした食事が多かった印象です」
「確かにこんな風に食べ歩きをする人はいなかったわ。まあ、人の数と道幅の問題もあるけど。こんなことしてたら、すぐに人にぶつかってしまうし」
王都にいた頃は西洋的な食事ばかりをしていた。
それはそれで味は良かったけど、堅苦しいし飽きが来ていた。
こちらは西洋的でありつつも、こういう和や中華的なものもありそうだ。
多分、違う国と接していることと関係がありそう。
「この広さなら平気ですね。それで、さっきの話はなんですか? したいことがあるとか」
「ふふ、それは……冒険者よ」
「……へっ? お、お嬢様が?」
「さすがにダメかしら? お忍びとかでも……」
「シグルド様は自由にして良いと仰っていたので何とも……とりあえず、散歩をしたら一度戻りますか」
「それが良いわね」
そうして私達は街の中を散策する。
野菜や果物を売ってる商店会、子供達が遊びまわる公園、中央にある噴水広場で談笑する奥様方、カンカンと音がする武器や防具屋さんなど。
改めて、活気がある街並みだ。
つまり、領主のシグルド様がきちんと統治しているってことだ。
「良いところだわ」
「ええ、道中の村々でも評判は良かったですね。王都ではあまり評判が良くなかったですけど」
「それはこちらの考えと合わなかったからじゃない? 貴族達が偉そうだったり、民を押しのけて豪遊してたり」
「逆に貴族に人気がないことで、そういうのがないのかもしれないですね」
「皮肉なことにね」
そして散歩を終えて、領主の館に戻る。
すると、白髪のダンディーなおじ様が出迎えてくれる。
「アリス様、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、こちらにて執事長を務めておりますヨゼフと申します」
「いえ、こちらこそ挨拶が遅れてごめんなさい。ちょっと、昨日は寝てしまって……」
「いえいえ、無理もないかと。お散歩はいかがでしたか?」
「良いところだと思います。活気がありますし、気持ちが良かったです……暑いですけど」
「ほほ、それには慣れてもらうしかないですな。ところで、何か用事ですかな?」
「えっと、シグルド様に確認がしたいことがありまして。あっ、お仕事の邪魔でしたら……」
「いえいえ、ちょうど休憩をしているところですよ。ご案内しますのでどうぞ」
「ありがとうございます」
ヨゼフさんについていき、二階にある一際目立つ扉に到着する。
どうやら、ここがシグルド様の仕事場らしい。
そして、ノックをすると……。
「どうした?」
「アリス様がいらっしゃいました」
「わかった、通してくれ」
「かしこまりました。それでは、お入りください」
ヨゼフさんの手で扉が開き、中の様子が見えた。
割と狭い部屋で、一番奥にはシグルド様が使うらしき仕事机。
左右には本棚、部屋の中央にはソファーとテーブルがある。
こざっぱりとして、実用的な部屋で個人的には好感が持てる。
「シグルド様、お仕事中にごめんなさい」
「いや、気にしないでいい。ちょうど、こっちも食べ終わって休憩するところだ。そちらは昼食は食べたのか?」
「それなら良かったです。その………食べてはないですが、食べ歩きでお腹がいっぱいです」
「……クク、それは良かった。さて、何か話があるんだろう? まずはソファーに座ってくれ」
その言葉に頷きソファーに座り、後ろにはエリゼが控える。
対面にはシグルド様が座り、後ろにはヨゼフさんがつく。
「それで、街はどうだった?」
「過ごしやすそうだなと思いますが……やはり暑さが」
「そこは我々も懸念している。魔石があるとはいえ、魔法の使い手自体が珍しいからな」
「ええ、そうですね。魔法は人族に限って言えば三割程度しか使えないですし。エルフやドワーフはともかく、獣人は魔法が使えないですから」
この世界において魔法は珍しい部類に入る。
火、水、風、土、闇、光があり、それが曜日にもなっている。
光の日が休みで、一年は三百六十日、一月は三十日の計算だ。
魔石とは魔物が死んだ時に変化する石で、それには魔力を込めることができる。
「そういえば、アリス殿は魔法は使えるのだろうか?」
「それが……わからないのです」
「わから……ああ、そういうことか。そもそも、習う機会がなかった?」
「お恥ずかしながら……」
「いや、そもそも公爵令嬢が習うようなことはないか。そこに時間を割く時間もあるまいし、もし使えた場合でも……あまり良いことにはならない」
シグルド様の言う通りだ。
そもそも守られるべき貴族の女性が戦いの術を学ぶことが忌避される。
まして、私は王妃となるはずだった公爵令嬢だ。
そんなことを許されるわけもないし、時間もなかった。
「はい……わかってます」
「では、魔法を習ってみるか? もしかしたら使えることもあるかもしれん」
「……いいんですか?」
「ああ。約束した通り、貴方の自由にしていい」
「そういうことではなくて……いえ、感謝いたします」
そうか、この方にとっては女性が魔法を使うことは忌避されることじゃないんだ。
そんなことが、単純に嬉しい。
それに、この方なら許してくれそうだ。
たとえ、偽物の婚約者だとしても。
「よくわからないが……まあ、いい。おっと、本題を忘れていたな」
「あっ、そうでしたね。実は……冒険者になりたくて」
「……へぁ?」
「あっ、やっぱりダメですよね。すみません、忘れて……あれ?」
ふと目の前のシグルド様を見ると、なにやら片手で顔を覆っている。
そしてその隙間からは、笑みがこぼれていた。
「くははっ!」
「シグルド様? その……わらいすぎでは?」
「す、すまんすまん……いや、久しく愉快な気持ちになった」
「愉快って……むぅ、別に良いですけど」
悔しいが笑うと少し可愛い。
私のタイプはどっちかというと、イケオジなんだけど。
「いや、公爵令嬢から出るセリフとは思えなくてな。さて、冒険者か……目的はなんだろうか?」
「自分でお金を稼ぐことをしたいなと。あと、単純に興味があります」
「なるほど……護衛のメイドの実力は問題なしか。わかった、許可しよう。ただし、先に魔法の検査をすること。それと、まずは俺と狩りに行くことだ……いいかな?」
「適性などを試すってことですね……はい、わかりました」
「決まりだな。では、行くとしよう」
「あれ? お仕事はいいのですか?」
「ああ、午後は元々休むつもりだった。何より、婚約者との時間は大切だ」
「そ、そうですか」
……いけないいけない、これはただのフリ。
全く、私の方が勘違いをしちゃダメよね。
それにしても魔法……本当はずっと習いたかった。
だって、せっかく異世界に来たんだもの。
……使えるといいなぁ。
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