第6話 第二のスタート

結局、夢中でご飯を食べてしまいました。


礼儀も作法もなく、ただ普通の食事をした。


そんなのは、前世の時以来だった。


「ご馳走さまでした」


「量は足りただろうか?」


「はい……って、私ってそんなに食べそうに見えます?」


「いや、そうは見えないが……幸せそうな顔で食べていたのでな」


「それは……はぃ」


「なるほど、無意識ということか」


思い出すと、少し恥ずかしい。

王都だったら、間違いなくマナー講師に叱られていただろう。

男性の前、ましてや大勢がいる前で食事に夢中になったなど。


「あっ……すみません、印象悪いですよね?」


「ん? ……ああ、そういう意味か。いや、気にしないでいい。むしろ、皆は好感を持ったようだぞ?」


ふと周りを見ると、人々が温かい視線を向けていた。

どうやら、悪感情は抱かれなかったみたい。


「ほっ、それなら良かったです」


「これなら、うちでもやっていけ……いや」


「ふふ、平気ですよ。ええ、頑張ってみます」


おそらく、軽はずみなことを言わないようにしたのだろう。

私とは仮の婚約者で、いずれは解消するのだから。


「う、うむ……それで、この後の予定なのだが」


「はい、私は何をしたらいいでしょうか?」


「そうだな……まずは生活に慣れてもらうことが最優先だ。逆に、何かしたいことはあるかな?」


「したいこと……ちょっと、すぐには思いつかないですね」


「それもそうか。ならば、まずは都市の中を歩いてみてはどうだろう? 最初の約束通り、自由にしてもらって構わない。俺は束縛は好まないのでな」


「それは是非したいです!」


都市の中を自由に歩く。

そんな当たり前のことも、王都ではできなかった。

護衛は常にいたし、王太子の婚約者ということで目立ったから。


「なんだ、したいことがあるではないか」


「へっ? ……ほんとですね」


「ふむ……まあ、環境の変化もあるから追々考えていけばいい。何かしたいことを思い出したら、俺に言ってくれ。それくらいの便宜は図るつもりだ」


「あ、ありがとうございます」


「では、俺は仕事があるので行くとしよう」


そう言い、颯爽と去っていく。

私もトレイを受付に持っていき、ひとまず部屋へと戻るのだった。

そして、紅茶を飲みつつ優雅な時間を過ごす。


「さて、どうしようかしら? すぐに街に出るのもいいけど……なんだか、変な感じよね」


「いつもなら学校だったり、休みでも習い事や稽古の時間ですからね」


「そうなのよね……こんなにのんびりしてていいのかしら?」


「いいんですよ、お嬢様。今まで頑張りすぎていましたから。さあ、まずは街に出ましょう」


「……ええ、そうね……そうよね!」


過ぎたことは考えても仕方ないので、早速街へと繰り出す。

昨日は日が暮れて暗かったし、店も閉まっていた。

しかし今は明るく、店も開いていて活気がある。


「昨日も思ったけど、道幅があっていいわね」


「ええ、そうですね。これならぶつかることもないし、道を歩きやすいです。そもそも、住民の数が王都とは違いますから」


「それはそうね。この一帯を収める街だけど、五千人くらいしかいないとか」


「お嬢様、五千人って多いですからね? 王都がその何十倍もいるだけで」


「そ、そうなのよね……」


そして両脇にある出店を見ると、気になるものが目に入る。

それは屋台で、お肉の焼けるいい匂いがしてくる。


「あっ……美味しそう」


「お嬢様? さっき食べたばかりですが?」


「うっ……そうだけど」


「まあ、良いですかね。それじゃあ、私がご馳走します」


「いや、私が……そういえば、私お金を持ってないわ」


「仕方ありませんよ、お嬢様は公爵令嬢ですから」


王都にいた頃はお金など払わなくてよかった。

出かけ先ではツケだったし、あっちからうちまで来てくれたから。

……あの王太子のことを笑えないわ。

私もいつの間にか、感覚が狂ってたみたい。


「エリゼ、私のしたいことがわかったわ」


「へっ? ……それはなんですか?」


「普通の……普通の生活がしたいわ」


そうだ、前世の頃からの私の願いだった。

贅沢は言わない。

ただ自分の責任範囲内で、自由に好きなように生きたかった。

前世は貧困、今世は富裕……今世に限っては言えば贅沢な悩みなのはわかってる。

でも、もう頑張ったからいいよね?

ここからが、私の本当の第二の人生のスタートだ。






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