第4話 辺境に到着

 それからは忙しない日々が過ぎて行く。


 お世話になった方々に挨拶をしたり、引っ越しの準備をしたり……。


 王太子の噂やらフランさんのことなど耳に入らないくらいに。


 まあ、どうでも良いから良いんだけど。


 そして、こっそりと王都を出て辺境の地に向かう。


 ついてきたのは、小さい頃から私の世話をしていたメイドであるエリゼだけだ。


 他にも護衛はいるけど、彼らは送り届けたら帰る予定だ。


「ごめんね、エリゼ。わざわざついてきてもらって」


「何を言うのですかお嬢様、私は何処へでもついてまいります。それが、私の願いですから」


「ありがとう、正直言って助かるわ。これからも、よろしくね?」


「はい、お任せください」


 すると、その頭についた耳がピコピコと揺れた。

 エリゼはネコ科の獣人族で、頭に耳とお尻には尻尾がある。

 黒髪で日本人に近い容姿で、私としては親近感を覚える。

素早い動きとしなやかな身体といい、黒豹って感じかも。

 奴隷として売られていたところを、私が買い取った。


「さてさて、どうなることかしら」


「何かしたいことはあるのですか?」


「うーん……とりあえず、羽を伸ばしたいわね。ここ数年、肩肘ばかり張っていたから」


「そうですね、学園生活は大変でしたでしょうし。王太子の婚約者としての振る舞い、学業や踊りの稽古、マナーやルールを守って……だというのに、あの王子ときたら……! あの場に私がいたらぶん殴ってやったのに」


「いやいや、それは困るわ。流石に貴方が殴ったら問題になるし。ただ、その気持ちは嬉しいわ」


「お嬢様……かわいいです!」


 そう言い、いつものように抱きついてくる。

 普段はクールなんだけど感極まるとこんな感じになってしまう。

 なので、可愛いとはエリゼの方なんだけどね。

 前世を含めて、私は可愛いなんて言われたことないし。


 ◇


 そして村々を経由して、一週間が過ぎ……ようやく辺境の地にたどり着く。

 そこは大きな森と山に囲まれた、自然豊かな場所だった。

 王都とは違い、周りには大きな建物はなく見渡しが良い。


「わぁ……! 綺麗だわ!」


「私にとっては懐かしいですね」


「本当に良かったの? ここからなら、国に帰れるわよ?」


 獣人は奴隷として人族に捕らえられた時代があったとか。

今も数は少ないが、そういうことがある。

エリゼもそうやって王都で売られていた。

 日本人に容姿が近いことで、他人事とは思えなくて引き取ったのよね。



「それはそうですけど、もう大丈夫です。私は自分の意思でお嬢様のお側にいるので」


「そう、ならいいわ。それにしても、この先に違う国があるのね」


 この大陸は大まかに四つの国に分かれている。

 大陸の東を治める人族の国デュランダル、北西にある山々に住む竜人の国ドラグーン、西の大地にある獣人の国ガイア、南西にある森に住むエルフの国ユグドラ。

 その三つの国境付近を治めるのが、バルムンク辺境伯ってわけだ。

 一応、我が国と三国は不可侵条約を結んでいる。


「あっ、都市が見えてきたわ」


「それに、誰かが来ますね」


「流石はエリゼね。私には何も見えないわ」


 獣人の特徴はその身体能力にある。

 特に目と耳に特化した種族だ。

 しばらくすると、私の目にも見えてきた。

 夕日の中、輝く銀髪のイケメンが馬で駆けてくる。


「……シグルド様!?」


「アリス殿、遠いところよく来てくれた」


「い、いえ、わざわざお出迎えにこなくても……」


「いや、大事な婚約者を迎えに来るのは当然だ。それにもう日か暮れている。夜になると魔物や魔獣が活発になるからな……心配だろう」


 すると、周りのメイドや護衛から歓声が上がる。

 同士に、シグルド様から目配せがきた。

 ……はいはい、わかってますよ。


「ありがとうございます。その、私も会えて嬉しいです」


「ああ、俺もだ。さあ、完全に暗くなる前に行こう」


 私達はシグルド様の案内のもと移動を続け、都市の中へと入っていく。

 中は道幅も広く、王都と違って建物がゴテゴテしていない。

  開放的な良い風景だと思った。

 ただ一つ不満があるとすれば……。


「この時間帯なのに暑いですね……」


「それに関してはすまない。こっちは暑いとは伝えていたが……予想以上だったか?」


「ええ、少しですが……ただ、約束は守ります」


「それは良かった」


 この大陸は基本的に一年を通して気温が高く、辺境は特に暑いことで有名であまり人気がある場所とは言えない。

 王都が二十度前後だとしたら、こちらは三十度近い。

 前の世界でも場所によって気温の違いはあるからおかしなことではない。


「とりあえず、生活に慣れるしかないですね」


「ああ、それは必要だろう。ひとまず、屋敷に着けば平気なはずだ……あそこが領主の館だ」


 都市の中の十字路の先に、一際目立つ大きな建物。

 少し古い洋館風で落ち着いた外観で、個人的には好きかも。

 中に入ってみても、質素というか無駄がなくて良い。

 あんまりゴテゴテしたりキラキラしたのは苦手だし。


「確かに中に入ると涼しいですね?」


「ここは水の魔石と風の魔石を使って風を通している。故に、外よりは涼しいはずだ」


「なるほど……王都ではない発想ですね」


「ここと向こうでは気温の差があるからな」


「ええ、本当に……あっ」


 頭がクラクラして立ちくらみがする。

 すると、シグルド様に優しく身体を支えられた。


「す、すいません。多分、長旅で疲れてしまったので……」


「いや、無理もない。今日のところは部屋でゆっくりしてくれ。詳しい話は、明日以降にしよう」


「ありがとうございます」


 すぐに案内のメイドさんがきて、部屋へと案内される。


 着替えを済ませた私は、ベッドに横たわり……。


 安心したからか、すぐに眠りに落ちていく。

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