第2話 父と国王陛下

部屋に戻った私は、鏡を眺めてこれまでのことを思う。


「……ほんと、似ても似つかないわ」


目の前には、長くて痛みのない雪のような髪色の美少女がいる。

出るところは出て、引っ込んでるところは引っ込んでるスタイル。

切れ長で多少きつめの印象を与える顔だが、間違いなく整っている。


「もうこの顔になって長いんだけど、未だに慣れないわね」


私は元日本人の転生者だ。

そこでは高卒のOLとして、三十歳まで生きていた。

施設出身で身寄りがない私はいつもギリギリの生活で、やばいブラック会社に就職してしまった。

そしてある時、倒れ……そこから記憶がない。

多分、死んでしまったのだと思う。


「まあ、苦しんで死ぬよりはマシだけど」


ただ、転生先がややこしかった。

ガイア王国にあるカサンドラ公爵家、そこの長女アリスとして生を受けた。

この国において、王族の次に偉いとされる家柄だ。


「貧乏暮らしで親なしだったから、暮らしには憧れていたから喜んだんだけど」


ただ、普通ではなかった。

幼少期に婚約者が決まり、朝から晩までお稽古や舞踏会に参加したり。

公爵家の者として、王太子の婚約者として、しっかりしないといけなかった。

もちろん、自分の時間なんてない。


「まあ、自分の責任もあるけど。お父様は優しいし、死んだお母様も優しかったから私が嫌と言えば聞いてくれたかもしれない」


ただ前世で両親のいなかった私は、嫌われたくなかったから頑張ってしまった。

やりたいことも我慢して、自分を押し殺してきた。

その責任は前世の親と私であって、間違っても今世の両親のせいではない。


「それにしても……はぁ、思わず殴っちゃったわ。ほんと、人の苦労も知らないで」


あの王子ってば、王太子であることをいいことに遊んでばかりだし。

何より、平民を見下しているのが気にくわない。

そのおかげで、我々貴族は生きているというのに。

それであれこれ注意したら、酷い女とか生意気だとか言われる始末。

……まあ、根っからの悪人ってわけじゃないけど。


「アリス、入っていいかい?」


「あっ、お父様。ええ、平気ですわ」


すると、部屋の中にお父様であるヨハンが入ってくる。

四十半ばだけどスタイルもいいし、ロマンスグレーの格好いいおじ様って感じだ。

ちなみに、国王陛下の幼馴染にして右腕でもある。


「話には聞いたぞ?」


「ごめんなさい、お父様の顔に泥を塗る真似を……」


「いや、いいさ。どう考えても王太子が悪い……そうだろう?」


すると、扉の後ろから恰幅のいいおじさんが入ってくる。

地味な格好をしているけど、どこか気品のある……って!?


「うむ、間違いない」


「こ、国王陛下!? えっと……その、すみません」


「気にするでない、彼奴にも良い薬になっただろう。こちらこそ愚息がすまなかった」


「い、いえいえ! 頭をあげてください!」


相手は国王で、私などに頭を下げていい方ではない。

そもそも元庶民の私である、あんまり頭を下げられることは未だに慣れない。


「いや、今はただの父親としてきているのだ。こちらから婚約を頼んでおいて、このようなことになりすまない」


「セインおじさん……」


「懐かしい呼び名だな。君はますます、聡明なエレナに似てくる。それに比べてうちのは……いや、これも私の責任か。最悪、第二王子に継がせることも考えるか」


「いえ、国王陛下はお忙しい身ですから。それに、私が我慢すれば良かったのですが……」


小さい頃から知ってるとはいえ、流石に愛想が尽きてきた。

私は王妃となるために、自分の時間を費やして幼い頃から頑張ってきたのに。

あの男ときたら、あの始末である。


「いや、十分に我慢してくれた。それと、これに関しては君に罰が行くことはないと約束しよう。何かあれば、すぐに私にいうといい」


「それは助かります。お父様にご迷惑をかけるのは嫌なので」


「むしろ、そうしないと私がヨハンに怒られてしまう」


「当たり前だ。私の可愛い娘に向かってあの小僧め……」


「「はは……」」


私と国王陛下は顔を見合わせて苦笑いをする。


我が父ながら、娘を溺愛しているし。


……まあ、嬉しいんだけど。


ただ、これからどうしようかな?


流石に王太子を殴ったから王都には居づらいし。


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