慈悲の飴玉 下

 

 あくる日、少年はお店を休みました。

 またそのあくる日も、少年はお店を休みました。


 開店を楽しみにしていたお客さんたちは、はじめこそ何かあったのかと心配をしたものの、そのうちには少年のことを悪く言うようになりました。


「親戚の人のお土産にするつもりだったのに」

「長らく休むのなら理由を教えてもらわないと」

「子どもに商売がつとまる訳がない」


 少年は、窓辺で眠っておりましたので、町の人たちの悪気ない言葉をよく聞いておりました。さらに時が流れると、飴玉屋はすっかり忘れ去られたのか、誰も、何も言わなくなりました。白い飴玉を舐めたこともさることながら、町の人々の悪口にきずつけられた少年は、なかなか飴玉屋を再開できずにいました。


 やがて再び、あの日と同じ三日月の夜がやってきました。

 ガラスを擦れば消えてしまいそうなほど儚い月が、憂いがちな少年を心配そうに見つめています。当の少年は、月の心情など知る由もありません。

 しかしながらその夜は、いつもと勝手が違いました。

 少年のお家の、ドアノッカーを叩く者がいるのです。


 コンコンコン、コンコンコン。

 ドンドンドン、ドンドンドン。


 少年は居留守を使っておりましたが、その訪問者があまりにもしつこいので、布団から這い出て、扉を開けることにいたしました。

 そこには、少年よりもすこしだけ大人びてみえる少女がいました。

 少年は、首を傾げます。見覚えがないのです。

 少女は、少年の反応など微塵も気にする素振りを見せずに、口を開きました。


「お店に忘れ物をしたから、探させてちょうだい」

 少女は、どうやら飴玉屋のお客さんのようです。


 ですが、少年は、営業時間の終わりには必ず掃除をしておりましたので、忘れ物を見落とす筈はありません。あったら真っ先に、少年が見つけているはずなのです。

 と、そのように答えても、少女はぜったいここにあるはずだ、と言い放ち、頑として主張を譲りません。少年は渋々、家の中に招き入れることにいたしました。


「どんな色?」

 と少年は尋ねました。

「色はないの」

 と少女が答えました。

「どんな形?」

 と少年は尋ねました。

「形はないの」

 と少女が答えました。


 少年と少女は、ランプを手に提げて、お店の中と、居間の中をぐるっと見て周りましたが、少女が言うような探し物は、やはりどこにもありません。そもそも、探し出せるような特徴もないのです。


 ところが突然、少女は足を止めたかと思うと「ここにあるかもしれない!」と声を張り上げました。


 少女が指をさしたその先には、壁一面を埋め尽くす、白い飴玉の入った籠がありました。少年はあきれながら答えました。


「これは、白い飴玉だよ。悲しい感情の飴玉なんだ。ここに、君の探し物はないよ」


 ですが、少年が言い終わるか言い終わらないかのうちに、少女はカゴの中の飴玉を一つつまんでは、その小さな口にぽんっと放り込んでしまいました。


 少年は慌てて駆け寄りましたが、時はすでに遅く、少女は顔をくしゃくしゃにして、ボロボロと泣き始めてしまいました。少年は気の毒に思って、その背中をさすりますが、泣き止む気配はおろか、少女は、二つ目の飴玉に手を伸ばそうとしているではありませんか。少年がたじろぐ間に、少女は泣きながらも、三つめ、四つめと、休むことなく飴玉を食していきます。それはまるですべての飴玉を食いつくさんばかりの勢いです。店主として申し訳なくなった少年は、これは付き合わざるを得ないと、白い飴玉を口に放り込みました。

 そして二人はえんえんと、一緒に泣きました。

 この世界の明るさに埋められてしまった哀しみの慟哭が、大地をとどろかせるかのようでした。


 ふたりの涙がすべて出切ってしまうと、安心したのでしょうか、窓ガラスに映っていた三日月の姿はもう見えません。

 そこには月の、ほほ笑みの余韻があるだけです。


「なんてことするんだよ」


 ランプにオイルを足しながら少年が諌めると、少女はこう言いました。


「あたし、お腹が空いてたの」


 ほおに涙の跡を浮かべて笑う少女を前に、少年は、なんとも言いがたい、温かい気持ちで心が満たされていくことに気づきました。


「ねえさいごに、赤い飴玉が食べたいわ」


 少女の物言いはどこまでも高飛車でしたが、少年はその棘のなかに優しさがあることを知っています。


 そうしてふたりは最後に、赤い飴玉をたべたのでした。



 翌日、少年はお店を開きました。

 通行人たちが、幽霊でも見るような顔つきで、店の前を通過していきます。

 少年は苦笑いをしました。客足はずいぶんと遠のきましたが、これから先、ゆっくりと軌道を戻せばいいでしょう。


「そういえば、失くしものは見つかったの?」


 昼休憩のさなか、少年が尋ねると、少女はなにやら自信満々の笑みを浮かべて言いました。

 「ええ。思ったところにあったのよ」と。


 さて、少年が営む飴玉屋には、従業員が増えました。

 芯がつよく、笑顔の愛らしい女の子です。

 飴玉は、もう一つ種類が増えました。

 赤と白を混ぜた、桃色の飴玉です。


 「愛」と「悲しみ」が混ざり合って生まれたその飴玉は、ひとくちなめるとやさしいこころが芽生えて、表に出るものも内に秘めたものも悪い感情はぱったりと無くなり、泣いている人を見るとみずから寄り添わずにはおれず、笑っているひとを見かけると思わず微笑みが零れてしまうというな、だれもが慈しみの感情を持つ魔法の飴玉となりました。


 町の人たちはそれを、「慈悲の飴玉」と呼んでは、家族でたくさん食べたり、愛する人に差し上げたりして、人を思いやる心を育んだのでした。


 さて、少年の商売が、もとの勢いをとり戻した頃であります。

 朝露で地面が濡れる早朝に、少年は店前で一羽の鳥を見つけました。


 鳥は、少年のあどけない表情をじっと見つめますと、クルルっと一鳴きし、目を和らげ笑いました。そうして少年があ、っと言う間もなく、羽ばたいて空の彼方へと飛んでいってしまったのです。



〈おしまい〉

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慈悲の飴玉 われもこう @ksun

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