セカイは今日で寿命を迎えます
嘘屋ムト
第1話
「ありがとうセカイ!」
私は大きく両手を広げ、感謝を叫ぶ。
音の無い静寂に優しく包まれた世界に、私の声が響いた。
声は颯爽と、大地を駆け抜け。海を駆け抜け。空を駆け抜け。星々を駆け抜け。多次元宇宙達を駆け抜け。次々とセカイを包む静寂のベールを剝がしていく。やがて、セカイ全体に響き渡った。
「空気が無い宇宙空間には音は伝わらないんだっけか」
そんな設定だったような気がする。
このセカイの創造主であり神様な私は、理の一つや二つ──どころではなく全て破れるのだが、今回ぐらいはここに従ってやろうじゃないか。
今日はとても、特別な一日なんだから。
「──今日はこの子の命日なんだから」
そう、今日はこの子の命日。数えきれないほどの年月を生き、数多の生物。数多の星々。数多の宇宙を見守って来た、我が子が天寿を全うする日。
「天寿と言っても、私は寿命なんて設定しなかったはずよ。まあ、何事にもイレギュラーは存在するから、納得はできるけど......」
顎に手を当て、少しだけ考えてみる。そして十数秒後、妙案を思いつく。
「もしかしたら、私より高次な存在がいて、そいつが勝手に我が子に寿命なんて設定したのかもしれないね」
そんなどうでもいい憶測を口にした瞬間。ゴゴゴゴと、轟音が鳴り響いた。
音をした方向へ体を向けると、真っ黒な宇宙空間に大きなヒビが入っているのを視認できた。
「あー、こんなことしてる場合じゃないみたい。相当キテルよ、これ」
残り時間およそ三十分ぐらい。なにより、もう残り少ないのは確かだ。急がないといけない。私は独りごとを言うために遥々やって来たわけではないのだから。
私の目的は観光。終わりゆくこのセカイをしっかりと目に焼き付けたい。そんな考えから。
「とは言ったものの」
終わりかけのセカイに見ていて面白いものなど存在しない。空っぽの空間があるだけ。
だから私は──
「想像。するよ」
そっと、目を閉じた。視界が暗闇に飲み込まれる。
そして、想像するのだ。
ギラギラと燃え盛る太陽。ぐるぐる輪っかの土星。緑溢れる地球。その他大勢の星々。その誕生から、終わりを。
ああ、輝いている。目を逸らしたくなるぐらい。
そんなの当たり前。だって、数に表せないぐらいの沢山の一等星たちの光を、一斉に受けたんだもの、私。
ああ、身体が焼け落ちる。ドロドロに溶けて無くなってしまいそうなぐらい
そんなの当たり前。だって、数に表せないぐらいの超新星爆発を、モロに食らったんだもの、私。
ああ、私は泣いている。川が出来てしまうぐらい。
そんなの当たり前。だって、数に表せないぐらいのモノたちが、終わっていく光景を見届けたんだもの、私。
「ありがとうセカイ」
私はあなたに感謝の言葉を投げかけることしか出来ないけれど──どうか、安らかに。
◆
完全に消滅した世界を思いながら、新たなセカイを創造していく。
綺麗も、汚いも、美しいも、悲しいも、楽しいも、面白いも、全部ぶち込んで、色とりどりに。
新しいセカイはどう生きて、成長していくんだろう。ふと、そんなことを思った。
出来るだけ、長生きしてくれると、私的には嬉しい。
「よし。完成っと」
まだ始まってはいないが準備は終えられた。
「……どうしよう。途端、暇になってしまった」
セカイが始まるまで、数億年。暇だ。
「まあ、テキトーなことでも考えとくか」
そんな感じで、一億年。
「ああ! そうだ。」
私はとある閃きを得た。
「もし、私より高次な存在がいたら、って話なんだけど」
私は独り言を興奮気味で続ける。
「もし、私より高次な存在がいたら、私がやったみたいに、私が終わりそうだったら、私を見に来てくれるのかな」
私に終わりがあるかさえも、私より高次な存在がいるかさえも、分からないけど。
そうだったら嬉しいなって、私は思う。
セカイは今日で寿命を迎えます 嘘屋ムト @himajinn_hima
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