八、感情を食べられた少女




 花びらのような薄紫色のドレスに身を包み、花嫁がゆっくりと歩んでいく。

 なんて綺麗なんだろう。スポットライトの輝きがこぼれてきて、目に染みる。ほんの少し涙が出たのを、誰にも見とがめられないよう、指の端でそっとぬぐった。

「葵、綺麗ですね」

「はい、とっても」

 右隣に座った赤居凛子さんが、しみじみという風に返してくる。

 披露宴の席で隣になった彼女は、葵の幼なじみだという。遠い親戚なのだそうだ。

「葵がよく話してたので、実際に会えて嬉しいです。あの子、あんまり友だちがいないから……山田さん、今日は来てくれてありがとう」

 新婦側の友人は、私と赤居さんの二人だけだった。

 確かに、葵は友だちが少ない。でもそれは、仕方ないことかなと思う。

「葵は、ちょっと人と違うところがありますからね……」

「そうですね、「感情食」。私も一回だけ、食べてもらったことがあるんです」

 小学生の時に、飼い犬が死んでしまって、しばらく立ち直れなかったという。

「おかげで元気になれて、そこから仲良くなったかな。遠い親戚と言っても、同じ地域に住んでる同い年の子ってだけだったから」

「へぇ~、貴重なお話」

 幼い二人が並んでいる姿が脳裏に浮かぶ。きっと可愛かっただろうな、と頬が緩む。私もそこにいられたらな、なんて考えは、なかったことにした。

「それでですね、悲しい気持ちを食べてもらった時に言われたことが面白くて、今でもよく覚えてて」

 もしかして。

「悲しみは、ハイカロリー」

 声が二つ重なる。私と赤居さんは顔を見合わせて、しばし見つめ合った。

 遅れて咲いた笑い声も二つ。

「あはは、完璧にハモりましたね」

「ねー。そっか、葵、山田さんにも同じこと言ってたんですね」

「ハイカロリーってなに? と思いましたよ。そもそも感情を食べるっていうのがよくわからなかったし」

「それはそう」

 赤居さんが笑う。

 しゃべり方がゆっくりで、おっとりした印象の彼女が笑うと、口元に八重歯がのぞく。それがけっこうワイルドで、ギャップを感じる。そういえば笑い声も、葵に似て豪快だった。

 ことん。久しぶりに、鼓動が一つ、大きく鳴った。

「そろそろ葵に挨拶に行こうかな。山田さんも一緒に行きませんか?」

「はい、ぜひ」

 立ち上がりながら考える。「凛子さんって呼んでもいいですか?」「連絡先、交換しませんか?」どっちから聞くべきだろう。どっちも、この場にはそぐわないだろうか。でも、葵と友だちになれた時のように、この機会を逃したくないと強く思った。




 感情を食べる少女がいた。今は会場の中心で幸せいっぱいに笑っている。

 葵がぺろりと食べて、からっぽになったお皿。そこに再び悲しみが乗ることはなかった。残されていた恋の欠片も、気づけばもうなんにも残っていない。

 葵のところへ行ったら、おめでとうの次に、ありがとうと言おう。あなたが悲しみを食べてくれたから、私はいまこうして笑っているよ。

 前を歩く赤居さんの、さらりと揺れた髪が綺麗だった。

 まっさらでからっぽだったお皿に、新しい色が差し始めていた。

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悲しみは、ハイカロリー @tryk

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