第5話
「そういえば、さーちゃんの記事って何なんですかっ」
先輩の部屋からの帰り道、ましろは振り返ってそう言った。
「私、ずっと気になってるんです」
「あ、もしかしてのけ者みたいだって思ってた?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「……私ね、誰かの心を動かしたくて文章を書いてるんだ。だからこういうのはできる限り秘密にしておきたくってさ。特にましろは、私の一番の誰かなんだし。でも……、どうぞ。今日はありがと」
そう言って私はスマホを差し出す。
「これが私の虎の子にして、私たちの友情の結しょ────」
「わあ!! つまり超弩級のネタってことですよね!」
ぽかんとする私から、ましろは素早くスマホを受け取った。
「……え? あれ?」
「どうしたんですか、さーちゃん! 私、ずっと、読みたくてたまらなかったんです! このフォルダの一番上のファイルですね、わかりました、早速読みます! …………え?」
話しながらましろはスマホをタップしていたのだけれど、そう言ったきり目を丸くして固まってしまった。
私は気を取り直して尋ねる。
「どう、私の記事」
「……えっと。もう一度聞くんですけど、このフォルダの一番上ですよね……? 間違ってませんよね!?」
「うん」
「『英語の小テストにおける最後の一問と中庭で甲羅干しする亀の数の関係についての観察とその研究』、ですか……?」
「衝撃の事実でしょ」
ところがましろは何も答えずに、私の記事をところどころ読み上げ始めた。
「『──高校一年生の英語の小テストは、出題にある程度の傾向があるのだが、最後の一問に関しては毎回バラバラで、サイコロを振っているのではないかと噂になるくらいであった。──唯一の手掛かりは、件の一問の単語帳における掲載位置で、(出題範囲における前からのページ数)≧(上からの個数)であることであり、──筆者はこの三か月間、月曜日の朝の牧岡先生の様子を記録、分析し、──中庭の池で甲羅干しをしている亀の数がページ数、その中のアカミミガメの数が上からの個数であることを突き止めた。』」
「うんうん」
我ながら素晴らしい記事だ。
高校一年生しか直接的な恩恵を得られないという欠点はあるけれど、ネタの意外性や記事を読む面白さに溢れている。
部長も最初から冷静に読んでいれば、きっとこの記事の価値がわかったはずだ。
「さーちゃん」
「うん?」
見ると、ましろはぷるぷると小さく震えている。
「わ、私……、私は……」
「私は?」
「……私は、亀の甲羅干しのために土下座したんですか!!??」
私は目を丸くした。
「えっ!? あ、うん。そうだ、あれに関してはありがと、すごく助か────」
「そうじゃないです! 土下座ですよ!? 私、亀の甲羅干しで常田先輩に土下座しちゃったんですよ!? ああああああ、どうしましょう! 思い出すと恥ずかしくなってきました……。もうお姉ちゃんと二人でお出かけとかできません……」
「ま、まあ細部はともかく、ちゃんと意義のある記事だから大丈夫だって。それに、ましろの名前も一緒に一面に載るわけだから、そう肩を落とさずに、ね?」
最後の言葉がトドメになったようだった。ゆっくりと振り返ったましろは、今まで見たこともないような顔をしていた。
思わず私は目を逸らしてしまう。
「あの、ましろさん? ちょっと怖いんだけど、もしかして記事を手伝わない、なんて言わないよね……?」
「言いませんよ、そんなこと」
「じゃあ早く──」
ほっとして、けれど怯えながら戻って来た私の視線を、ましろの目が捉えた。
「でもその前にやることがあります」
「一体何を──」
「お説教です、お説教! さーちゃんは一度周りのことを考え直す必要があります」
「えっと、記事の後じゃ、駄目?」
「そういうところがお説教だって言ってるんです!!」
こうしてお説教の後に書き直された私とましろの記事は、無事に校内新聞の一面を飾ったのだけれど、その記者の名と内容から通称『棚橋と亀』と呼ばれ、少ししてから更新された『わたりこ』で、このパロディが載ったこともあり、その後数か月に渡って学内の至るところで笑い話のタネになってしまったのは、言うまでもない。
(完)
棚橋と亀 まがた しおみ @shiomimimi3
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