第4話

「ああああああああああ!!!! どうしよどうしよどうしよ!! もうヤダ! ヤダヤダヤダ、ヤダぁ……」

「まあまあ、落ち着いて……」

「落ち着けるわけないでしょ!」


 そう言って下倉部長はクッションを顔に押し付けた。

 かれこれ十分は、こんな風に叫んだり悶えたりを部長は繰り返している。


「えっと、私、まだ状況がよくわかってないのですが……」


 そうましろが尋ねる。常田先輩を見ると、仕方ないね、とうなずいてくれたので答えることにする。


「紅星ゆきのは、常田先輩じゃなくて、下倉部長だったんだ」


 部長がクッションの上から自分の顔をどんどんと叩く。


「で、たぶんだけど、常田先輩は原稿のチェックを担当しているんじゃないかな。あんな嘘をついた理由は、ましろ、あなただよ」

「わ、私ですか……?」

「うん。ましろは原稿をチェックする常田先輩の声を聞いて、先輩を紅星ゆきのだと思い込んでしまった。先輩視点で考えてみて。それは部長が小説の執筆を妹に隠しているということを意味するでしょ? だから先輩が部長のことを隠しつつ、あの場を切り抜けるにはああ言うしかなかった。ですよね、先輩?」

「うん。そのとおりだよ。まさか黙っているとは思ってなかったからびっくりした」

「だって!!」と部長はクッションから顔を上げて叫んだ。「言えるわけないでしょ! ことと私を書いてるんだから!」


 口を滑らせてしまった下倉部長は、はっとしてさらに顔を赤くした。

 もう既にこれ以上はないだろうと思えるほどに真っ赤だったのに。


「もうほんとにヤダ! サイアク! 消えてしまいたい……。そうだ、切腹する! 今からここで切腹する!」

「部長がしたのは切腹じゃなくて、接吻、でしょ?」


 自棄になって立ち上がりかけていた部長はその言葉を聞くと、キッと私を睨んだけれど、それで残った全部の気力を使い果たしたのか、崩れ落ちるように座り込んでしまった。


「ということは……」とましろが常田先輩に話しかける。「『わたりこ』の主人公って先輩とお姉ちゃん、なんですか……?」

「正確にはあかねが主人公、私が恋人のモデルだね」

「えと、じゃあ、お二人も……?」

「そうだよ。付き合ってる」

「へ、へぇあぁぁっっ!!」


 言葉にならない奇声を上げて、ましろももともとリンゴみたいな顔を真っ赤にした。


「さ、さーちゃんは驚かないんですね……?」

「私は途中でなんとなくわかっちゃったからね~」

「そうなんですか……?」


 そうだ、と先輩が口をはさむ。


「それについては気遣いをありがとう。正直、ほっとしたよ。私は、今でもそれが一番だと思っているんだけど」

「異論はないです」

「ありがとう。例の記事を見せてもらえるかな」


 記事を表示したスマホを私が差し出すと、常田先輩は微笑んで受け取った。


「さーて、どれどれ……」


 そう呟きながら画面に目をやった先輩は、けれど次の瞬間に噴き出してしまった。


「はははは! 棚橋さん、君はこれを一面に載せるつもりだったの? 最高にユニークだよ。でもそうだね、あかねの気持ちもわかるかな」


 彼女は部長のところまで行くと、優しく肩を揺らした。


「あかね、ちょっと聞いて」

「なに……」

「今回の件は、私が悪い。妹さんにバレたのと、棚橋さんに気付かれたの、どっちも私のへまだ。だから迷惑をかけた三人にお詫びをしたい」

「……どうするの」

「君にお願いがある。君は他の人にバレたくない、二人は自分たちの記事を載せたい。どちらも満たす方法は一つしかないと思う」


 そう言って、部長に私のスマホを見せる。


「これを載せてあげよう。誰にとっても楽しく、がモットーの君が反対した理由もわかるよ。でも無関係な私が読んでも笑えたし、楽しかった。一面に載せる価値はあると思う」


 部長は常田先輩を見つめ、それからじっと記事を眺めていたけれど、不意に口を開いた。


「いいわよ」

「本当ですか!?」

「でもそれにはいくつか条件がある。まず私たちのことは黙っていること、二人で文章を読みやすくすること、それから────」


 部長の目がぎらりと光った。

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