第24話

 そんな説明会が終了し、改めてお茶が置かれて、

「結切自在はククリの占有技能ではなかったのかのぉ? それでゆ~きのあれは……」

 アガタは、おもむろに切り出した。

「お前がさっき未果に言ってたじゃないか、人は誰でも縁を結び切る力を持つことができると」


 説明会の最中、話題の集中砲火を予見し、空いた湯呑をかき集めて、そそくさと店の奥へエスケープした由亀を追った緑子。

 店内には未果とアガタの二人。間を持たせるものはない。湯呑もお茶請けももうほとんどなくなっていた。そこで、

「いろいろ失礼しました。暴言やら絶叫やら……」

 気が引けながらも陳謝した。素性が分らなかったとはいえ、感情に任せて言いたい放題をしてしまったことが今になっていたたまれない。

「そんなの気にしてたら……まあいいか。受け取っておこう」

「私は、羨ましかったのかもしれません」

「羨ましい?」

「アガタさんみたいに振る舞えるのが」

「他人頼みではなく、正直に素直になれ。どこかにあるのではなく、その心の動きをつぶさに感知し、その思いを馳せる相手に手を伸ばせ。

 ゆ~きだけでない。現代(いま)の人はどこかに答えを求めすぎている。どこかの誰かの何かによって救われようとしている。縁切り祈願だって同じ。自らは断ちきれない思いを呪いにかけて某かに仕上げてもらおうとしている。

 だから、ゆ~きが恐らく抱いているだろう『他人の糸が見えて自分のは見えなくて不安になるけれど、俺は自分の力で結んでみせる』という気持ちを、考えを皆が持てるようになるといいのだがな。その手段も機会もかつてよりも多いだろうに。昔の人はそれがないから祈願するしかなかった。今はあるのだから。そうなるように人は様々なものを生み出してきたはずだから。誰しもミディウムになれるだろうに。

 縁結びも縁切りも、ひそやかに行うものだった。今や大々的になりすぎて、運気アップするくらいになっている。カブラが利用したようにな」

「アガタさん……」

 アガタにしては、珍しく神妙な感じで話すものだから、未果も感心しているのに、

「んで、その後は性交し(ヤッ)ちまえば、既成事実完成だ」

 嬉々としてぶっこんできた。良い話が文末で台無しだった。

「ヤ……!」

 一応は理解しているのか、未果の顔が朝焼け色になった。


 なんてことがあったのは筒抜けだったらしい。

「聞いていたのか。それにしてはゆ~きが力を発揮した時期と、ククリがゆ~きと出会った時期とのズレが気になるが」

「私はよく知らん」

「そういうことにしておこう。どうせ調べておくとか言っておいて、その気もないんだろぉ?」

「あ、そうか」

 アガタが嫌味っぽく言ってもまるでお構いなしに、ふいに緑子が顔を挙げた。

 緑子は一枚のルーズリーフに綴った。

 瓜生由亀

 燦空未果

 二人の名前だった。

「そういえば、そうだな」

 唐突な緑子の行動に驚きもなく、アガタには合点がいったようだ。

「三子持亀甲瓜花」

 緑子はバンダナの上から自分の額に指先を触れた。カブラ暴走時、緑子の額に浮かんだ図象の名称だった。

「ちょっといじれば二人の名になると言いたいんだろ。これも縁かのぉ」

 こじつけとも言えなくもないが、愛染明王がお墨付きを与えてしまった。言いだしっぺは縁の神様。由亀が聞いたとしても、逆らうにはもっと根源的に反証材料がいるようだ。むしろ、由亀に縛りがどうのとか言い出しかねない。

「その間を取り持った私の力よ」

 地上に降りた女神様は自画自賛である。

「で、それよりもだ、ククリ。ゆ~きのどこが気に入ったんだ?」

「頑固なとこかな。頭が固いけれど、私の話を聞いて、質問も来る素直さもある。泣いて、笑って、そんなコロコロと変わる表情が愛おしくてな。私は随分余計なことばかりしてきたのではかと思うようになってな。お前も同じだと思ったんだがな」

「ああ。手取り足取りしてやりたくなるほどな。というより手ほどきはしてやったらどうだ? ゆ~きの手元を見ていたが、あれは完全に我流だ。下手したら、赤い糸を傷つ……おいおい、まさかとは思うが、だから教えないのか?」

「お前も言っただろ。人が縁をどう扱うかだと。まあ、今後は教えなくちゃならんこともありそうだがな。それより今日は。場を和やかにして、お膳立てしてやったんだから、決めろよな」

 カレンダーにダーツの矢を飛ばした。

 二月十四日。この日曜日の日に。

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