第21話
由亀は、店を出てすぐに、悪寒に襲われた。店の前の横断歩道が赤だったからだけではない。午前中の晴れはすでにどんよりとした空になり、その発生源が、神社の境内にあるのは、由亀にはすぐに感知できた。野焼きをして匂いは四散するが、煙をたどればどこから湧いているのか、一目瞭然のように。
由亀の力は縁を結び、そして切る、その両方ができるのだ、カツやタテ曰く人間の分際で。その前提として赤い糸を見る、あるいは感じることができる。その力が由亀の意識に知らせていた。赤い糸に関わる尋常ならざる現象が起きていると。それに、なぜか加速化していく焦燥感。
青信号に変わると、由亀はダッシュで横断歩道を駆け抜けて行った。
その神社で唯一の朱色の鳥居を抜けてところで、由亀は立ち止まらざるを得なかった。
「ゆうき、ちょうどいい。手伝え」
由亀の前にすっとカツが現れた。急ぐ時に限って現れる。あふろで~て同様邪魔だ。
「お前達のやることに協力はしねえって言ってんだろ」
「俺だけじゃねえんだな、お前を勧誘しようとしているのは」
指を向け、由亀が振り返ってみると、タテが鳥居の向こうにいた。
袖から和鋏を取り出し、旋回させ巨大化させる。
それを前方に突き出し、両手で柄を握り一裁断する動作をした。
バチンッ。
何もない空間のはずだが、張り詰めた物が切れる音がした。それこそ鋏で太い糸状の物を断ち切ったような。
和鋏を元に戻して袖にしまって軽やかに近づいて来る。
「面倒くせえな、んなことしねえと入って来れねえのかよ」
「一応、不在であろうが張られているのでな。ユウキ、手を貸せ」
「お前もカツもなんなんだよ。一体……いや、待て。タテ、今なんつった? 不在って何がだ?」
「この神社の主だ」
タテの言葉にさすがの由亀もあっけにとられて、
「主? 神主か?」
真剣に答えたつもりが、
「違えよ。この社におわするはずの御方がいねえんだよ」
カツにツッコまれるほどボケをかましてしまったらしい。
「マジかよ。神さん不在って」
本気で驚いている由亀に、
「神主達も分かっていないのだろう。通常の神主の仕事で敷地の浄化くらいはできているようだがな」
タテがだめ押しする。祭神がいなくても、このアクマが入って来られなかったのを見れば、人の領分で、崇め奉るために清浄に保つくらいのことはできているようだ。
「いない神様拝んで、賽銭やらお守りやらに金払ってたのか。ぼったくりだな」
それを知っていて、いまさら群類二人がシリアスに協力を求めることはないだろう。ということは、やはり並大抵でないことが発生しているのだろう。
「お前でも社主の存在は分からんのか。ほんと、赤い糸に特化した力だな。んで、お前も血相かいて来たってことは、ヤバ気だと思ったからだろ?」
「やっぱりそうなのか? いったい何が起こってるんだ?」
カツに言われるまでもない。しかもこの二人が顔には出していないが、焦っているのが分かる。つまりは、由亀の予感が間違いではないということだ。赤い糸で尋常でないことが起きている。
「とにかく、本殿の方に行くしかない。そこが発生源だからな」
言って一足先にタテが駆けて行った。
「ま、覚悟すんだな」
由亀の肩に手をかけてカツが言った。
「覚悟?」
「ああ。お前の信条がどうのなんて言っていられない事態に対処しなければならないということだ」
「お前の言うことが正しいかしれんが、まずはどうなっているのか確かめないと」
「ホント言うことがひねくれてるよな、お前」
由亀とカツも参道を駆け出した。
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